37.似た者同士
見張りにエリンが加わる。
彼女は焚火の前で、俺と一緒に炎を見つめている。
「座ったら?」
「はい。じゃあ、失礼します」
二人分くらい距離を開けて、彼女はちょこんと腰を下ろす。
別に真横に来てほしいとか思わないけど、この絶妙な距離感が、自分たちの心の距離を表しているようで、何となく気まずい。
エレンは人懐っこくて明るい性格だから、ここ数日で話す機会も多く、随分すんなり打ち解けた。
対照的にエリンは人付き合いが苦手なのだろう。
いつもエレンの後ろに隠れているようで、ちゃんと話した回数は少ない。
こうして二人だけの時間は初めてだ。
若い子相手に何を話せばいいのか、少し悩む。
「二人はいつ頃に故郷を出たんだ?」
「えっと、三か月くらい前です」
「割と最近だな。料理とか野宿の手順とか、結構慣れてる感じだったし、もっと前だと思っていたよ」
「練習しました。家を出る前に必要だからって、エレンちゃんが」
「エレンが言ったのか?」
「は、はい」
少し意外だ。
彼女の性格的に、行き当たりばったりで準備とかしなくても大丈夫!
みたいに考えているのかと。
アナリス辺りはそういう考え方が強く、俺たちはよく振り回されていた。
「真面目なんだな」
「そうですね」
「君もだぞ?」
「わ、私は……エレンちゃんに言われたことをするしか……できないだけです」
エリンは顔を下げながらそう呟いた。
今度は彼女のほうから話を続け、会話を繋げる。
「冒険者になろうって言ったのも、エレンちゃんです。私は怖くて、そんなこと考えられなくて……でも、エレンちゃんが、私たちなら大丈夫だって言ってくれたから、一緒に家を出ることになって」
「両親を探す、だったか」
二人が幼い頃に両親が失踪している。
いなくなった両親を見つけて再会し、捨てたことに対して糾弾して、仲直りするのだと。
以前にエレンは語ってくれた。
「エリンは思わなかったのか? 両親に会いたいって」
「思いましたけど……エレンちゃんみたいに、自分で探そうなんて、考えられませんでした。エレンちゃんがいなかったら、私は今も……村にいたと思います」
「それも間違っていないよ。外は危険だし、子供だけで生き残れるほど甘くはない。特に冒険者なんて、危険と隣り合わせだ」
「……はい。だから、エレンちゃんは凄いんです。一度決めたら、迷わない」
彼女はそういう性格だと、俺も短い期間で感じている。
とにかく前を向いて生きている。
そういうところも、勇者として俺たちを引っ張ってくれたアナリスに似ていた。
「盗賊に捕まった時だって、エレンちゃん一人なら、きっと逃げられたはずです。私が……どんくさくて、捕まったりしなかったら」
「エリン……君は……」
何となく感じていた。
彼女は姉に、エレンに劣等感を抱いているのだろう。
「私は足を引っ張ってばっかりです。モンスターに襲われた時も、怖くて動けなくて、エレンちゃんが守ってくれていました」
「誰だって最初はそうだよ。俺だって、冒険者になりたての頃はそうだった」
「ライカさんも、ですか?」
「ああ。怖くて足が震えて、先輩冒険者に助けてもらったよ」
情けない話だが事実だ。
俺がまだ勇者パーティーに加入する前の、冒険者になったばかりの頃。
まだまだ新人で、戦いに慣れているわけでもなくて。
若かった俺は自分を過信していた。
モンスターと戦うのは初めてでも、弱い相手なら簡単に倒せると思っていた。
けど、実際は違った。
自分よりちょっと大きい程度のモンスター相手に、俺は何もできなかった。
「情けないよなぁ。あの時俺は思ったんだ。俺は特別なんかじゃない。ただの凡人でしかないって」
そんな俺が、何の間違いか勇者パーティーに選ばれてしまった。
意味がわからなかった。
俺なんかが戦ったって足手まといになるだけだと思った。
けれど、運命は動き出し、仲間たちは俺のことを信じてくれた。
期待してくれた。
応えなきゃって思ったんだ。
少しでもいいから、彼らの支えになりたいと。
凡人の俺に出来ることは、愚直に努力し、彼らの歩幅についていくことだけだった。
「エリンは俺と似てるよ。周囲との差を自覚して、置いていかれないように必死なんだ」
「……はい」
「でも、君には揺るがない才能がある。そこが一番俺とは違う」
「ライカさんも、強いじゃないですか」
「いいや、俺は一人じゃ何もできない。仲間がいるからこそ戦えるだけだ。俺の持っている力はそういうものなんだよ」
どれだけ努力しようと、俺は所詮凡人だ。
英雄たちと肩を並べることはできない。
彼らの力を借りてようやく、一人前の戦士になれる。
そのお返しに、俺の僅かばかりの力を彼らに託している。
「君の力は、君にしかできないことだ。俺は一人じゃ何もできないけど、君は一人でも誰かを救える。もっと胸を張るといい」
「……自信が持てない、です」
「今はそれでいい。時間をかけて成長すればいいんだ。幸い、今は平和だからね」
あの頃とは違う。
強くならなきゃいけなかった時代は、もう終わった。
今の子供たちは選べる自由がある。
それを守るのも、俺たち大人の役割だろう。
「一つずつでいい。自分にやれることを精一杯頑張ろう。俺もそうしてきたから」
「……はい」
劣等感は簡単にはぬぐえない。
俺がそうだったように、姉妹なら余計に強いだろう。
「さて、そろそろ朝食の準備でも始めるか」
「わ、私も手伝います!」
「助かるよ。ありがとう」
「いえ、今の私にやれることは……これくらいなので」