34.おっちゃんでいいです
朝食を終えていざ次の目的地へ出発。
というのが本来の予定だったが、出発は昼過ぎにずらすことにした。
理由は一つ、予定外のことがあったから。
そう、双子姉妹が仲間になったことだ。
二人ともレベルは30だったが、盗賊との戦いで経験値を得て、俺たちが得た分を彼女たちにも振り分けたから、一気に35まで上がっている。
それでも全然足りていない。
このまま一緒に行動しても、確実に足手まといになる。
だから先に、今後の動きについてレクチャーしておくことにした。
「おほんっ! 二人にはこのまま俺たちの旅に同行してもらう」
「おう!」
「よ、よろしくお願いします!」
「ああ。この旅の目的は、最近頻発している失踪事件と、悪魔の関係性を調査することだ。つまり、予想通りなら俺たちは悪魔と対峙することになる。ハッキリ言うが、君たち二人じゃ戦いに参加できない」
悪魔と人間では同じレベルでも、ステータスに大きな差がある。
特に魔法系の数値は倍近く差があることも珍しくない。
魔王軍の幹部ともなれば、同じ100レベルでも一対一では勝機が薄いほどだ。
十年前の旅でも、幹部との戦いは熾烈さを極めた。
俺たちは何度も傷つき、倒れかけ、絶望の淵に片足を突っ込みながらも折れずに戦った。
十回戦って十回勝利できる戦闘なんて一度もなかった。
いつだって奇跡的で、それぞれが最善を尽くし、戦いの中で成長することで勝利を収めた。
要するにギリギリの戦闘に、足手まとい二人を参戦させるのは自殺行為だということ。
「一つ、約束してほしい。俺が逃げろと言ったら迷わずに逃げろ。たとえ何があろうとも、振り返らず逃げるんだ。いいな?」
「お、おう……」
「……はい」
厳しいことを言っている自覚はある。
しかしこれが一番大事だ。
確実に勝てない相手に戦いを挑んでも、待っているのは死という終着点。
俺たち勇者パーティーは、勝てるから戦うんじゃなく、勝たなきゃいけないから戦ったけれど、子供たちまでそんな無理を強いるつもりはない。
「な、なぁそれってさ? おっちゃんたちがピンチでもってこと……だよな?」
「そうだ」
「死んじゃいそうでも?」
「ああ、俺たちのことは考えなくていい。自分が生き残ることだけを考えて、走れ」
「――!」
「……」
二人とも、優しい子たちだな。
悩んでいるのがわかる。
本気でその場面になった時、きっと二人は躊躇するだろう。
もしもそうなったら、たとえ嫌われても構わない。
怒鳴ってでも逃がすつもりだ。
「大丈夫だよ! 私たちは負けないから!」
「アナリス」
二人に指導をしているとアナリスが俺の横に歩み寄ってくる。
途中から話を聞かれていたようだ。
「大丈夫って、悪魔ってすごい強いんだろ?」
「うん、とっても強いよ。でも負けない!」
「なんでそんなこと言いきれるんだ?」
「うーん、なんでだろうね」
相変わらず勢い任せにしゃべりだし、中身を考えていなかったアナリスだった。
エレンが呆れている横で、俺も少し呆れてため息をこぼす。
根拠もなしに大丈夫っていうのは昔からだな。
でも、不思議と俺はその言葉に安心してしまう。
彼女が大丈夫だという時は、決まって何とかなる時だから。
「なぁおっちゃん、あたしらじゃなくて、アナリス姉ちゃんのほう指導したほうがいいんじゃねーの?」
「なんだとー!」
「それは個別にしておくよ」
「ちょっと、ライカまで! 私はこれでも――ん? エレンちゃん今、私のことアナリス姉ちゃんって呼んだの?」
そういえば、呼んでいたな。
自然に会話の中で聞こえたからまったく気にならなかったけど。
アナリスは気づいて目を輝かせる。
「ん? そうだけどダメだったのか?」
「ううん! もっかい呼んで!」
「アナリス姉ちゃん」
「んん~!」
何かがアナリスの心にヒットしたらしい。
悶えそうになりながら彼女はエリンへと視線を向ける。
エリンはビクッと身体を震わせた。
期待の視線に気づいたエリンは、おろおろしながら小声で呟く。
「えっと……アナリスお姉さん?」
「――! まずいよライカ! この二人可愛すぎる!」
「おわっ!」
アナリスは勢いで二人を両脇に抱きかかえる。
「もう正式採用決定だね!」
「勝手に決めるな。というかどんな基準だよ」
「ええー! ライカだって可愛いと思うでしょ? でしょ?」
「……」
まぁ、可愛いとは思うよ。
顔つきは同じなのに性格は真逆で、活発な姉と控えめな妹。
何がというか、バランスがいいんだよな。
見ていてなごむし、二人とも素直だし。
「……というか、なんでアナリスはお姉ちゃんなのに、俺だけおっちゃんなんだ?」
「え、だってライカのおっちゃんは……おっちゃんだろ?」
「……ちなみにクーランは?」
「クーラン兄ちゃん」
「シルフィーは」
「シルフィー姉ちゃん」
「プラトは?」
「プラちゃん!」
最後だけ妙に可愛いな。
というか女性陣はわかるとして、クーランだけ兄ちゃん呼び?
確かに見た目は俺のほうがおっさんぽいし、実際年上だけどさ……。
「エレンちゃん、試しに呼んでみたら?」
「え、なんて?」
「――」
アナリスがエレンの耳元で何かを囁いている。
余計なことを吹き込んでいないだろうか?
少し心配になり、アナリスが得意げな表情を俺に向ける。
そして……。
「ライカお兄ちゃん」
「――!」
それはもう破壊力抜群だった。
いろんな意味で。
一回り以上年下の女の子に、兄妹でもない相手に、お兄ちゃん呼びをさせる。
赤の他人が見たらどう思うだろうか?
「おっちゃんでいいです」
変態だと思われるのは勘弁だからな……。






