3.少し考えさせてください
そんな時代も確かにあった。
十年前、俺がまだ若かった頃の話だ。
勇者アナリス、槍手クーラン、射手シルフィー、魔法使いプラト、そして……参謀と呼ばれた俺。
俺たち五人は天啓の導きに従い集まり、魔王を倒すための旅に出た。
旅自体は一年間だけで、決して長い期間ではないけれど、俺たちにとってはとても色濃く、長い旅路のように感じた。
あの頃のことは、今でも鮮明に思い出せる。
俺の青春、人生において最も満ち足りていた時期だから。
「ずっと疑問だったのですが、どうしてあなたは素性を語らないのですか?」
ディレンさんが首を傾げて尋ねてきた。
俺は窓から視線を彼に戻す。
「自らの能力についてもです。あなたは基本多くを語らない。伝えていれば、今回のような結果にはならなかったはずです」
「……依存してほしくなかったんですよ」
もしも彼らに素性や能力について詳しく語っていれば、俺への対応も変わっただろう。
勇者パーティーは冒険者にとって憧れだ。
特に若い冒険者が、勇者の伝説を耳にして憧れ、冒険者を目指そうとする者が多い。
そんな伝説のパーティーに所属していたと知れば、きっと目を輝かせるに違いない。
そして頼ろうとするだろう。
安心するだろう。
何があっても大丈夫だと、勘違いをしてしまう。
「あくまで期間限定の指導者ですから。俺のサポート前提で戦いに慣れてほしくなかったんです。俺が役目を終えた後も、自分たちの力で戦えるように」
「そのような考えがあったのですね」
「ええ、一応。ただまぁ、今回みたいなケースになるなら、話したほうがよかったってなりますけど」
あのタイミングで語ったから信じなかったけど、初めて挨拶をした日に全て話していたら、状況は変わっていただろう。
俺のレベルがカンストしていることも、冒険者カードを見れば一発でわかる。
冒険者組合に加入した時に貰える小さなカードには、俺のレベルやステータス、持っているスキルの情報が載っている。
これだけは偽装できない。
「それに、今の俺はさえない中年の冒険者ですからね」
「あなたに出世欲がないからでしょう。昇級審査を受ければ、あなたなら確実にA級以上になれるというのに」
「今の位置がちょうどいいんですよ」
俺がそう言うと、ディレンさんは呆れたように笑う。
実際のところ、出世欲みたいなものは皆無だった。
ただ仕事ができて、毎日普通に食って寝て、生活できるならそれでよかったんだ。
「せっかく仕事を斡旋してもらったのに、最後まで完遂できずすみませんでした」
「謝る必要はありません。彼らが自分で決めたことなら、もう役目を果たしたということです。報酬は一年分お支払いさせていただきます」
「いや、さすがに悪いですよ」
「いいんです。あなたのおかげで、若い冒険者の死亡率が下がっていますからね。組合としても非常に助かっています」
ディレンさんは優しく笑いながらそう言ってくれた。
冒険者の中で最も死亡率が高いのは、なり立て一年未満の若い冒険者たちだ。
レベルの低さも理由だが、経験の浅さが一番の要因だろう。
経験不足で注意や準備を怠り、なんてことなかったクエストで命を落とすこともある。
レベルが低いうちはすぐレベルアップするから、急に強くなったと錯覚する。
そうして自信過剰になり、レベルに見合わないクエストを受けて自滅するパターンも少なくない。
そういう意味じゃダインズたちは少々心配だ。
ちゃんとクエスト前に冒険者カードを確認しただろうか?
レベルやステータスが下がっていることに気付けば、無茶なクエストを受けたりはしないと思うが……。
まぁ、彼らもそこまで馬鹿じゃないだろ。
「ディレンさん、次の依頼をお願いできますか?」
「……また若い冒険者ギルドをお探しですか?」
「ええ、そのつもりでしたが……」
ディレンさんの表情がいつもと違い、少し考え込んでいるようだった。
普段通りならすぐに次のギルドを紹介してくれるのだけど……。
しばらく無言のまま時間が過ぎる。
静寂を破ったのはディレンさんの一言だった。
「ライカ君、そろそろいいじゃないか?」
「え?」
「君は十分貢献してくれている。この十年、君のおかげで成長した若者は大勢いる。もう、十分にやってくれたと私は思う」
「それは……」
そういうことか。
まぁ、仕方がないよな。
「ひょっとして、もうお役御免ということですか?」
「違いますよ。私が言いたいのは、もう後進の育成は十分だから、自分のために時間を使ったらどうかという提案です」
「自分のためって……」
「私は知っていますよ。あなたが酷い扱いを受けながら後進の育成に力を貸してくれるのは、旅の中で多くの命が潰える瞬間を見てきたからでしょう?」
「……」
確かに、俺は多くを見てきた。
たった一年という期間で、何千、何万という命の終わりを目撃した。
それだけじゃない。
仲間たちもたくさん傷ついて、辛い思いもしてきた。
若い夢を持つ者たちに、同じ苦しみを味わってほしくないという気持ちは、確かに存在する。
でも……。
――ライカは教えるのが上手だね!
「別に、他にやることがないだけですよ」
「そんなことはないでしょう。いい機会です。新しいことを始めてはどうですか?」
「新しいこと……ですか」
「そうです。例えばもういっそ、自分のギルドを立ち上げてみるとか?」
「ははっ、そんなことしても誰も入ってくれませんよ。そのまま一人孤独死するだけです」
俺は呆れて笑いながら立ち上がる。
ディレンさんは心配そうな顔で俺を見つめていた。
「ありがとうございます。少し考えてみますよ」
「ええ、そうしてください。手伝えることがあったら、私はいつでも力になります」
「いつもすみません」
「いいのですよ。これも恩返しです。かつて私と、私の家族を救ってくれたあなた方に」
相変わらず義理堅い人だ。
十年も前のことを、未だに恩だと感じてくれているんだから。
そんな彼の優しさに、ずっと甘えていたことを自覚する。