28.右ストレートでぶっ飛んだ
「準備はいいか?」
「バッチリ!」
「おう。いつでも行けるぜ」
「重い荷物は全部クーランが持ってくれるらしいわ」
「助かるー」
「勝手に決めんじゃねーよ!」
これから元魔王軍幹部を探す旅に出るというのに、相変わらず緊張感がないな。
でも、これでいい。
俺たちの旅の始まりは、いつだって唐突に、日常のように巡る。
荷物を担ぎ、俺たちは出発する。
「じゃあ行こう」
旅はいつだって未知に溢れている。
この先に何が待っているのか。
どんな出会いがあるのか。
最初の目的地は、失踪事件が起きている中で一番近いポーランという街付近だ。
ここでは二週間ほど前から行方不明者が増えている。
特にポーラン周辺には小さな村々があり、そこが標的になっているそうだ。
街を襲ったような未確認モンスターこそ見つかっていないが、実験のためにグラーノが関与している可能性がある。
俺たちは急ぎ現場へと向かう。
道中、クーランが俺に尋ねてくる。
「ライカ、グラーノが生きてたとして、目的って何だと思う?」
「そうだな。元魔王軍の幹部という肩書きなら、魔王の敵討ちとかなんだろうけど……」
「グラーノだからなぁ。敵討ちって柄じゃねーだろ」
「ああ。あの悪魔はある意味魔王よりも狂っている。自分の目的のためなら何でもするような悪魔だ。元から魔王に忠誠を誓っていたかどうかも怪しい」
過去、魔王軍として彼は俺たちの前に立ちはだかった。
しかし数回の戦闘で本気を出さず、のらりくらりと本気の交戦を避けていた。
他の幹部たちは魔王の命令で、俺たちを殺すために策をめぐらせていたのに対して、彼は極力戦いを避けて、目的のために行動を優先していた。
グラーノは当時から異質だった。
彼が戦いの中で語ったのは、己の美学であり信念。
完璧を求める。
「奴は完璧な生命を作りたいと言っていた。それが真の目的なら、今も変わらないんじゃないか?」
「完璧ねぇ……そのために人間をモンスターに変えてるってか」
「だと思う。単純な戦力増強って雰囲気でもなかったし」
「胸糞わりーな。俺ら人類のことを実験用の道具だとでも思ってるみたいじゃねーか」
「思ってるんだろうな。たぶん、俺たちのことも」
クーランが苛立ちを見せる。
人間のことを見下す悪魔は多かったけど、グラーノは少し違う。
同じ悪魔の仲間であっても、興味がなければ平然と見捨て、使い捨ての駒にする。
自分が逃げるために部下を俺たちにぶつけるような悪魔だ。
性格的にも、クーランとは特に合わないだろうな。
「見つけたら今度こそぶっ潰してやるよ」
「ああ」
気合を入れなおし、俺たちはさらに歩き進める。
三日が経過し、目的の街周辺にたどり着いた。
このエリアはすでに、失踪者が増えている街道に差し掛かっている。
今、俺たちが歩いている道のもその一つだ。
「さすがに昼間っから襲ってこねーか?」
「あんたみたいなのがいるせいじゃないの?」
「あん?」
「確かに、大人数だし男が混じってると襲いにくいか……」
時間的にはもう少しで夕方になる。
このまま進んでも、どうせ街にはたどり着かないし、今夜も野宿になるだろう。
俺は思考し、安直だが一つの作戦を提案する。
「プラト、お願いできるか?」
「いいよー」
◇◇◇
夕日が西の空に沈んでいく。
明かりのない街道は、太陽が沈めば一気に暗くなる。
周囲の木々が風で揺れる音すら不気味に感じるだろう。
女性だけで歩いていたら、嫌な気配だって感じてしまうかもしれない。
不用心で、襲いやすい対象。
故に、男たちは見逃さないのである。
「こーんな遅くに一人で散歩か?」
「危ないよー。この辺りは悪い盗賊が出るって話だから! そ、俺たちみたいな」
「い、いや! こないで!」
「嫌々無理でしょ。さくっと捕まえて、よさそうなら商品行き。もしくは俺たちの玩具になってもらわないと」
男たちは女性を取り囲む。
逃げられないように退路を塞ぎ、強引に手を引っ張る。
「触らないで!」
「やーだね。これからいっぱい触って……ん? 思ったよりゴツイ腕……」
ようやく気付く。
触れることで偽装は破られ、意図的に姿をさらす。
か弱き女性だと思っていた人物が、筋骨隆々な男だったことに。
「触ってんじゃねーよ」
「――へ?」
◇◇◇
「ぷっはっはっはははははは! 傑作だったわね!」
「笑ってんじゃねーよ!」
大爆笑するシスティーにキレるクーラン。
その隣で俺は、気絶した盗賊たちをロープで拘束し、無力化していた。
プラトとアナリスも手伝ってくれている。
「つーかなんで俺が女役なんだよ! おいプラト!」
「おもしろそーだったから?」
「ふっざけんじゃねーぞ!」
「いいじゃない。実際いい感じに盗賊は捕まえられたんだし、適役だったと思うわよ。ぷっ……」
まだシスティーは笑いを抑えられない様子。
彼女ほどじゃないが、俺も見ていて少し面白かった。
プラトの魔法でクーランをか弱い女性に見えるように偽装し、一人で歩かせる作戦。
俺たちはクーランの姿に見えているが、盗賊たちは違う。
クーランは最初、近寄らせるために少女の演技をしていたわけだが……。
「思った以上に迫真だったな」
「うん。女の子みたいだった! クーランにあんな演技ができるなんて知らなかったよ!」
「舞台に出られるねー」
「出たくねーよ! つーか俺じゃなくてもお前らの誰かでよかっただろうが!」
「それはダメよ。昼間に姿を見られてたらバレちゃうじゃない」
すでに姿を見られていた場合、一人になっても囮だとバレてしまう。
システィーのいう通りだから、偽装するのは確定だった。
たぶん、クーランが言いたいのはそこじゃないだろうけど。
「だから! 俺じゃなくてお前らが変装しろよ!」
「何言ってるのよ。か弱い女性に損な役回りさせる気?」
「どこがか弱いんだ。お前なんかゴリラだ――ぶっ!」
失言したクーランがシスティーのパンチを食らう。
「何しやがる!」
「女性にゴリラは失礼すぎるわよ!」
「事実だろうが!」
「なんですってぇ!」
「二人とも喧嘩するな。夜なんだからモンスターも寄ってくるんだぞ」
やれやれ、緊張感の欠片もない。
もしかしたらグラーノが近くで見ているかもしれないのに。
俺は呆れながら、周囲を確認する。
すると、盗賊が使っていたらしき馬車が茂みの奥に隠してあるのを発見した。
おそらく盗品を保管しているのだろう。
俺は一人、馬車の荷台を開ける。
そこには……。
「んー!」
「――!」
盗品と一緒に、綺麗な黄金の髪をした少女が拘束されていた。
一人は俺を見て怯え、もう一人は怒っている?
盗賊たちは人攫いもしていたのか。
まさかこれもグラーノ関係じゃないだろうな?
俺はさっそく二人の拘束を解いてあげた。
「よし、これで動け――」
「触んじゃねーよ! この変態!」
「え? ごへっ!」
まさかのいきなり右ストレートで吹き飛ばされてしまった。
その衝撃にアナリスたちが気づき驚く。
アナリスが急いで駆け寄ってきてくれた。
「ライカ!? どうしたの!」
「いてて……」
「油断したなマヌケ! あたしを解放したこと後悔させてやる!」
解放した片方、ショートヘアの女の子は男勝りに馬車の上で仁王立ちし、俺を見下してくる。
その隣で怯えていた長い髪の少女が、彼女に隠れるように未だ震えていた。






