23.秘密の特訓?
アナリスは一人、夜の街を歩いている。
俺は背後を気づかれないように追いかけた。
どこに向かっているんだ?
このまま進めば街の外に出る。
そしてさらに進めば、よくクエストで入っている森がある。
まさかと思うが、今から森に入る気か?
何のために?
それが彼女の抱えている悩みに関係しているのだろうか?
「とりあえず、危険なことをしてるなら止めないとな」
今の彼女は昔ほどの強さがない。
呪いの影響でステータスは大幅に減少している。
俺の余剰経験値を全て上げ、クーランたちの分も彼女に回したが、それでもかつての強さには遠く及ばない。
森にいる程度のモンスターに負けることはないだろうけど、もしものことがあっては大変だ。
アナリスは森に入っていく。
夜の森は危険だ。
モンスターも活発になるし、何より暗くて迷いやすい。
方向音痴の彼女にとって、夜の森ほど怖いものはない。
迷ったら出られなくなるから。
「この辺りでいいかな」
彼女は開けた場所にたどり着く。
そこで立ち止まり、徐に聖剣を取り出す。
周りにモンスターはいない。
誰かと戦うわけでもないのに、どうして?
「まずは千回!」
と、疑問に思っていたら、彼女は素振りを始めた。
もしかして……。
「このために一人で?」
気が抜ける。
注意していたはずだけど、足元にあった小枝を踏んでしまった。
パキっと音が鳴る。
夜の森ではよく響いて、彼女にも気づかれた。
「誰!?」
「――俺だ。アナリス」
「え? ライカ! なんでここに?」
彼女は酷く驚いていた。
俺は申し訳ないと思いながら、木陰から出て彼女にいい訳をする。
「いや、お前が一人で家を出て行くのがわかって、心配になって後をつけた」
「そうだったんだ。全然気が付かなかったよ」
俺はアナリスの前に立つ。
「こんな場所で何をしてるのかと思ったら、剣の特訓か?」
「うん。そんな感じだよ」
「なんでわざわざ?」
剣術の稽古なら、クエストの前や終わった後にしている。
訓練がしたいだけなら屋敷にちょっとした庭もある。
激しい動きはできないけど、素振りくらいなら余裕でやれる空間だ。
森の中、しかも夜中に出歩いてまですることじゃない。
少なくとも俺はそう思った。
「内緒にしたかった、からかな?」
「なんで?」
「だって私、昔より弱くなってるでしょ? みんなと冒険して戦うことが増えて、余計に感じちゃってるんだ」
「……それが、お前の抱えている悩みか?」
彼女は小さく頷く。
「今はいいけど、この先もし、もっと強い相手と戦うことになったら、私はきっと足手まといになるよ。そんなの嫌だ」
「だから隠れて特訓か」
「うん」
彼女には第二スキルの『限界突破』で、レベルがカンストしても経験値を獲得することでステータスが向上する。
モンスターを倒すよりも少ないが、日々の訓練でも経験値は得られる。
一人隠れて特訓し、経験値を得て弱体化した分のステータスを補おうとしていたらしい。
「言ってくれたら手伝ったのに」
「ダメだよ! これは私の問題なんだから。みんなの時間を使わせたくないんだ」
「違うだろ? 俺たちの問題だ」
「ライカ……」
彼女の気持ちも理解できる。
けれど、彼女が弱体化したのは魔王の呪いの影響だ。
その呪いは本来、俺たちも受けていた死の宣告。
彼女は呪いを一身に受けることで、俺たちの命を守った。
弱体化は命を救ったことへの対価だ。
ならば、俺たちが無関係であるわけがない。
「みんなにも相談しよう。俺と同じことを言うはずだぞ」
「……そうだね。でもやっぱり、迷惑はかけたくないかな」
「アナリス、迷惑だなんて思わないぞ」
「わかってる。それでもだよ」
彼女は昔から頑固なところがある。
一度決めたことは曲げないし、最後までやり遂げる。
十年経っても、その性格は変わらないらしい。
俺は小さくため息をこぼし、諦める。
「わかった。じゃあ俺だけでいいな」
「え?」
「俺は付き合うよ。知っちゃった以上、何もしないなんて俺にはできないからな」
「ライカ……」
「お前一人じゃ心配だ。帰り道がわからなくなって。朝まで森の中を彷徨ってるんじゃないかって」
「そ、そこまでひどくないよ! たぶん……」
自信なさげなアナリスに、俺は思わず呆れて笑ってしまう。
「夜に特訓する時は俺にも声をかけてくれ。二人でやれば経験値も二倍だ。手っ取り早いだろ?」
「うん、そうだね」
そう言いながら、アナリスは前へと身体を倒し、頭を俺の胸にトンと当てる。
「アナリス?」
「優しいね、ライカは」
「別に、他のみんなもそうしたと思うぞ?」
「うん、みんなも優しい。でも、一番優しいのはライカだよ」
彼女はそのまま俺を見上げる。
夜の森で二人きり、照らすのは月明かりの淡い光のみ。
そんな雰囲気も相まって、なんだか変な気分になる。
「いいんだよね? 頼っても」
「もちろん。俺たちは仲間なんだ」
「仲間……うん、そうだね。今は……」
「アナリス?」
数秒の沈黙を挟み、彼女は俺の胸から離れる。
「よーし! それじゃ一緒に特訓だ!」
「おい声が大きい! 夜の森でそんな叫んだらモンスターが……」
「あ、ごめんなさい。来ちゃったみたい」
「……はぁ」
彼女の元気いっぱいな声に誘われて、森のモンスターが集まってくる。
やれやれと首を振り、二人して武器を取る。
これも一種の特訓、だと思おう。
こうして、俺は毎晩彼女と二人、夜の特訓をする約束を交わした。