22.アナリスの悩み
「おっ買いものー!」
「なんで買い物でそこまでテンション高いんだ?」
「え? 普通だけど?」
無自覚か。
俺たちは昇級審査をすんなり終わらせ、その後は世間話を楽しんだ。
クーランたちは先にギルドホームに戻っている。
俺とアナリスは夕飯の買い出しで街の商店に向かっていた。
「アナリスってそんなに買い物が好きだったか?」
「うーん、普通かな」
「その割に楽しそうだぞ」
「それは一人じゃなくて、ライカが一緒だからだよ!」
「俺?」
アナリスは花が咲いたように笑う。
彼女は俺より数歩先に進み、クルリと回転して俺と向き合う。
「こうしてるとさ? 昔に戻ったみたいだね!」
「――ああ、そうだな」
十年前、勇者パーティーとして世界を駆け巡った若き日の思い出が過る。
「あの頃はのんびりできなかったな」
「うん! 平和になったね!」
「ああ」
俺とアナリスは周囲を見渡す。
綺麗な街並みに、仕事帰りで疲れた人、俺たちのように買い出しで歩いている人もいる。
誰も怯えたり、恐怖していない。
単なる日常の光景……これを守るために、俺たちは戦ったんだ。
「私ね、旅をしながらずっと思ってたんだ」
アナリスは語り出す。
ゆっくり歩きながら、俺もその後に続いて。
「魔王を倒した後も、みんなと一緒に……今度は平和になった街で、こんな風にのんびり過ごせたら、きっと幸せなんだろうって」
「……それ、俺も思ってたよ」
「本当!?」
「ああ。きっと……」
クーランたちも同じことを思っていたはずだ。
輝かしい一年間。
俺たちの青春。
色あせず、永遠に続いてほしいとさえ願っていた。
けれど現実は甘くはない。
俺たちの旅路は、あの日……終わった。
「だから今、すっごく楽しくて幸せなんだ! みんな一緒にいるから!」
「そうだな」
だから今、俺たちの時間は再び動き出した。
新しい旅路は、平和になった世界でのんびりと過ごせる。
使命はもうないんだ。
「でもねぇ、ちょっと悩みもあるんだよ」
「悩み? アナリスに?」
「うん」
「意外だな」
「あ、失礼だよ! 私だって悩み事くらいあるんだからね!」
「いや、そういう意味じゃないんだが」
アナリスの性格上、悩みがあればすぐ俺たちの誰かに打ち明け相談すると思っていた。
これまでもそうだったから。
悩んでいる素振りも見せず、こうして言葉にされるまで気づかないなんて珍しい。
「何に悩んでるんだ?」
「うーん……内緒」
「気になるな」
「また今度教えるよ! そんなに大したことじゃないから!」
余計に気になる言い回しだ。
彼女が何に悩んでいるのか、知りたくて仕方がない。
買い物中に何度も聞いたけど、その度にはぐらかされてしまった。
結局、帰り道まで教えてもらえず、悶々とした気分だ。
その後に夕食を食べる。
食事を作るのは基本的に俺の役目だ。
勇者パーティー時代もそうだった。
俺は彼らのように突出した才能を持たない。
強敵を相手にする時、いつも彼らが前に出て戦う。
そのことを後ろめたく思っていたから、戦い以外で必要なことは、なるべく俺が一人でやれるようにしていた。
彼らが戦いに集中できるように。
戦闘中だけではなく、私生活でもサポートすることを心掛けた。
あの頃の癖が、今でもいくつか残っている。
「なんかライカの料理食ってると安心するよな」
「あんたが言うと気持ち悪いわよ」
「なんだと? 料理すれば全部丸焦げになる不器用女!」
「昔の話よ! 今はちょっとマシになったんだから!」
シルフィーは料理が壊滅的に苦手だった。
この中でまともに料理ができるのは、俺とクーランだけだ。
意外かもしれないが、クーランはあれで料理が上手い。
俺が忙しいときなんかは、代わりにクーランが食事の準備をしてくれていた。
「マシになったつっても焦がさなくなっただけだろ? せめて俺より上手くなってから言って貰わねーとよ」
「くっ……男のくせに」
「女のくせに?」
「くぅ~ 見てなさいよ! 私の料理じゃないと食べられない身体にしてやるわ!」
「おうおう。期待してるぜ。何年後になるやら」
「すぐよすぐ!」
今のシルフィーのセリフって……。
「ほとんどプロポーズだったねぇ」
眠そうに欠伸をしながら、プラトが俺の考えたことを代弁してくれた。
幸い二人は言い合っていて聞こえていない。
なんとなくだけど、この二人は何年経ってもこんなやり取りを繰り広げていそうだ。
そろそろアナリスが、二人とも仲良しだね、なんてことを言い出しそうだが……。
「アナリス?」
「え、何?」
「いや、ぼーっとしてたけど大丈夫か?」
「うん! なんともないよ!」
「そうか」
珍しく二人のやり取りにも興味を示さなかった。
そんな日もあるだろう、と思いつつ、少し心配になる。
同日の夜。
俺たちはそれぞれの部屋で就寝する。
アナリスの様子や、彼女が抱える悩みについて考えていたら寝つきが悪くなってしまった。
「……喉渇いた」
ベッドから起き、眠れないので水でも飲むことにした。
俺はリビングを抜けてキッチンへ向かう。
途中、物音が聞こえた。
誰かが玄関の扉を開けた音だ。
「誰だ?」
シェアリングには副次効果として、周囲に誰がいるのかを感知する力がある。
俺はスキルを発動させて誰がいるのか調べた。
入ってきたわけじゃない。
どうやら出て行ったらしい。
玄関を開けていたのは……。
「アナリス?」
間違いない。
クーランたちは部屋にいるが、アナリスだけいない。
扉を開けてどこかに走り去っていくのがわかる。
こんな夜遅くにどこへ?
不安になった俺は、こっそり後をつけることにした。






