21.集まる視線
街ではとある噂が囁かれていた。
「おい聞いたか? あの噂」
「あれだろ? 伝説の勇者パーティーが復活したって」
「ああ、しかも俺たちと同じ冒険者になったんだぜ? しかもこの街でギルドまで作ってさ」
「俺もこの間見たけど、もうギルドホーム持ってたんだよ」
勇者パーティーは若い冒険者にとって憧れの対象だった。
十年前の大冒険。
誰かが語り継ぎ、勝手に本にまでなっているほど。
多くの若者が安定な職業を捨ててまで、冒険者の道を目指す理由がそこにあった。
英雄のように凛々しく、自分たちも伝説を残したい。
そう、伝説だ。
これまで本や噂の中で登場していた人物たちが……。
「すげぇよな。全員たった二日でB級まで昇格したんだってよ」
「いやいや、そもそも最初からS級だろ。組合も融通利かねーよな」
「やっぱり憧れるよなぁ」
今、彼らの眼前にいる。
手を伸ばせば届く距離、声をかければ足を止めるような位置。
噂の元が冒険者組合の建物に集まり、今日もクエストボードを眺めていた。
向けられる視線は憧れだった。
しかし一点、彼らは疑問を抱いている。
「なんであのおっさんが一緒にいるんだろうな」
「あのおっさんあれだろ? 組合の勧めかなんかで、新人サポートしてたっていう」
「勇者パーティーにも新人サポート? 必要なさすぎだろ」
「言われてるぞ? おっさん」
「うるさいな」
クーランがニヤっと笑みを浮かべてからかってきた。
この距離感だ。
周囲の噂話も、俺に対する疑問の声も聞こえている。
若い冒険者の多くは勇者パーティーを生で見る機会がなかったから、俺たちがそうであると聞かされなければ気づかないだろう。
特に俺は歳をとって、見た目もさえないおっさんだ。
元々地味だの言われていたけど、今は特にパッとしない。
彼らからすれば、神々しい宝石の中に一つだけ、ただの石が紛れ込んでいるように見えるはずだ。
「ひどいよみんな! ライカがいたから魔王だって倒せたのにさ!」
「別に気にしてない。今さらだからな」
怒ってくれるのは嬉しいけど、とアナリスをなだめる。
彼らは十年間の俺を知っている。
万年B級冒険者で、若い世代のサポートをして、いらなくなったら邪魔だと捨てられるような。
旬の時期が過ぎたようなおっさんが、彼女たちと並び立っていることには、自分でも不自然さを少し感じるほどだ。
こんな俺が彼女たちのギルドマスターか……。
「やっぱり荷が重いな」
「おいおい、シャキッとしろよ!」
「痛っ!」
クーランが俺の背中を豪快に叩いた。
たぶん背中を見ればくっくり手の平の痕が残っているだろう。
ヒリヒリする。
「お前が俺らのトップなんだぜ?」
「そうよ。もっと堂々としてればいいのよ」
「ライカがんばれー」
「大丈夫! 私たちは知ってるから! ライカが凄い人だって!」
「……そうか」
なら、大丈夫なのだろう。
彼らが期待してくれる。
認めてくれている。
それだけで十分で、これ以上の評価はいらない。
たとえ周囲から馬鹿にされようと、仲間たちが知ってくれているだけでいい。
「さて! 午前中にさくっとクエスト終わらせて、午後からは昇級審査だ」
「うん! 頑張ろう!」
俺たちは適当にB級相当のクエストを複数受けて、宣言通り午前中のうちに全てのクエストを達成。
組合に帰還し報告、その後しばらく待ってからディレンさんに応接室へ呼ばれた。
B級からA級に昇級するためには、組合職員との面談がある。
本来なら、一般職員数名と話すのだけど、俺たちは少々特別に扱ってくれるらしい。
「おめでとうございます。皆様、本日よりA級へと昇級です」
「え、もういいのかよ」
「まだ何も話していないわよ」
クーランとシルフィーがキョトンと首を傾げる。
そんな二人にニコリと微笑み、ディレンさんは続けて説明する。
「面談で確認すべきは、本人たちの人間性と意思です。皆様は確認するまでありません。あとは意思ですが、これもここへ来た時点で決まっているはずです」
「じゃあ面談の必要なかったのか」
「そうみたいね。わざわざ時間を取らなくてもよかったわよ」
「はは、そうおっしゃらないでください。私もこうして皆様とお話する機会が楽しみなのですよ」
ディレンさんは穏やかに笑う。
どうやら面談とは名ばかりで、世間話でもしたかったみたいだ。
「皆様、ここでの生活には慣れましたでしょうか」
「ぼちぼちだな」
「そうね。全部そろっているし、エルフの里より快適よ」
「ベッドがあればボクはいいですよー」
俺たちがこの街に帰還してから、今日で一週間が経過していた。
みんな適応力は高いから、環境に慣れるのも普通の人間よりずっと早いはずだ。
街の道もすでに記憶している。
約一名を除いて。
「アナリスはよく迷子になってるけどな」
「うっ、も、もう覚えたよ!」
「本当か? じゃあ今晩の買い出しはお前一人で行って貰おうぜ」
「いいよ! 私に任せて!」
トンと彼女は自分の胸を叩く。
クーランは面白半分で提案しているが、アナリスは本気で真に受けている。
俺はため息をこぼし、クーランに言う。
「やめろ。また探しに行かなきゃならなくなる」
「ちょっ、ライカまで! ひどいよ!」
「かっはっはっ! ある意味信用されてんじゃねーか! んじゃまぁ、買い出しは二人で行ってくればいいだろ」
「二人? ライカと? それならいいよ!」
「元からそのつもりだよ」
ニコニコになるアナリス。
買い出しがそんなに楽しみなのだろうか?
いつもやっていることなんだけど。