19.エッチなことされてるみたい?
クエスト一発目は、文字通り一発で決着した。
その後も順調にクエストをこなしていく。
残るは二つ。
正午を過ぎたところで、半数を終えて、予定よりも早く終わりそうな雰囲気があった。
なんてことのない相手ばかりだから、疲労も特にない。
俺たちは休憩もせず、次のモンスターを探して歩く。
「クーランたちもそろそろ合流するかな?」
「かもな。あっちは採取があるし、それで時間が取られそうだけど」
「シルフィーが一緒だから、そうでもないと思うよー」
「ああ、それもそうか」
採取のクエストなんて、クーラン一人で任せたら絶対終わらない。
「それより二人とも、休憩せずに平気か?」
「私は平気!」
「ボクは眠い。おんぶして」
「それはいつもだろ。まったく」
両手を可愛らしく広げたプラトに背中を向ける。
軽い彼女を背負うと、そのまま気持ちよさそうに寝息を立て始める。
「すぐ起こすぞ?」
「いいよー」
「むぅー、ライカって昔からプラトにばっかり甘くない?」
「そうか? なんか放っておけないんだよな」
「私は? 放っておけるの?」
アナリスが俺の服の袖を引っ張る。
上目づかいで少し瞳を潤ませ、何かを求めるように。
思わずドキッとする。
「まぁ、アナリスも放っておいたら迷子になるからな」
「じゃあはぐれないように手を繋いで!」
「ここで?」
「うん! おんぶがいいなら手くらい平気でしょ?」
「まぁそうだな」
俺は右手を差し出し、アナリスが手を握る。
なぜだか妙に緊張する。
十年前はよくこうして、彼女が迷子にならないように手を引いていた。
あの頃は慣れていたはずなのに、どうしてだろうか。
「ライカの手、硬くて男の人って感じがするね」
「今さらじゃないか?」
「うん。でも、この手が安心するんだ」
「そうか」
あの頃と変わらぬ容姿、変わらぬ声。
俺だけが歳をとって、おっさんになって……。
こうして手を握ることすら、許されることなのかと疑ってしまう。
俺たちは仲間だ。
この関係は永遠に続くのだろうか。
それとも、形の違う何かに変わっていくのだろうか。
「ねぇライカ、私――!」
甘い空気が漂う。
しかし、そんな空気は異様な気配に阻まれた。
俺たちは同時に気配を察し、眠ったばかりのプラトも目を開く。
「何か来るよ!」
「ああ。プラト」
「うん、降りるね」
森の奥から何かが近づいてきている。
モンスターの気配にしては少々毛色が違っていた。
ほんの少し、少しだけ……奴の存在感に似ていた。
森の木々をなぎ倒し、俺たちの前に異形の怪物が姿を現す。
ネズミのような胴体は透明で、液体ではなくスライム状に近いだろう。
手足は触手のようにうねっている。
「何これ? モンスター?」
「だと思うが、こんな形状のモンスターは見たことないな。プラトは?」
「ボクも知らないよ。でも……魔力は悪魔に似てる」
「悪魔!?」
その言葉に、俺たちは反応せずにはいられない。
魔界の住人たち。
魔王と共に戦った人類と敵対する最強の種族。
十年前の戦いで、悪魔のほとんどは魔王軍と一緒に壊滅し、魔界の各地に散ったはずだ。
人間界で暗躍していた悪魔たちは、俺たち勇者パーティーが全て追い出したはず。
まさか、いるのか?
こちら側の領域に、悪魔が?
「二人とも下がって!」
「「――!」」
俺は思考に気を取られ、プラトも身体能力は高くない。
二人して気づけなかったが、アナリスは気づいた。
すでにモンスターは攻撃を仕掛けていたことに。
俺たちの足元から触手が伸び、捕えようとする。
間一髪、アナリスが俺たちを後ろに押し出したことで、俺とプラトは無事だった。
「アナリス!」
代わりにアナリスが捕らえられてしまう。
触手が手足を拘束し、体中を這いまわる。
「うぅ、ヌルヌルして気持ち悪いよぉ」
ねっとりとした粘液まみれの触手が絡みつく様子はいささが刺激的で……。
「エッチなことされてるみたいー」
「暢気なこと言ってる場合か?」
アナリスが捕まったのにマイペースなプラトだった。
もっとも俺も、彼女がこの程度でやられるとは微塵も思っていないが。
「アナリス! 聖剣を抜いて脱出するんだ!」
「抜けないんだよ。なんだか力が入らなく、んっ!」
「粘液に麻痺効果があるのか」
万全の彼女なら効果はなかっただろう。
呪いの影響で大幅に弱体化しているからこそ、モンスターの効果を受けてしまっている。
「プラト!」
「はーい。準備しとく」
意思を通じ合わせ、俺は剣を抜いて飛び出す。
このタイミングならスキルでステータスを変えるより、俺が彼女を助けたほうが早い。
剣で触手を斬り裂いて、落下する彼女を抱きかかえる。
「平気か?」
「うん。ありがとう、ライカ」
「無事でよか――!」
服が粘液で若干透けているのがわかって、俺は咄嗟に目を逸らす。
「どうしたの?」
「いや、とりあえず前を隠したほうがいいな」
「え? あ……うん」
アナリスも気づいて頬を赤くしている。
この状況で何をしているのかと、誰かに見られていたら笑われそうだ。
だが、もう決着はついている。
「プラト!」
「準備出来てるよー」
存在は特殊だが、特別強いというわけじゃない。
性質もスライムに似ている。
ならば弱点は炎。
プラトはすでに魔法の詠唱を終えていた。
足元に展開された魔法陣。
彼女は右手をモンスターにかざす。
「灰は塵と化す」
モンスターの足元から炎の柱が立ち上る。
プラトは周囲の木々に燃え移らぬよう、炎を完璧にコントロールし、モンスターだけを焼却して見せた。
「さすがプラト」
「ご褒美に帰り道はおんぶしてねー」
「それくらいでいいならお安い御用だ」
「むぅ、また甘い。じゃあ私も手を繋いだままだからね!」
プラトに張り合うアナリスは、プンプンとご機嫌斜めだった。
とりあえずアナリスも元気そうで何よりだ。
その後は特にアクシデントもなく、終わり掛けにクーランたちと合流し、この日はクエストを全て完了した。