14.俺が求めたもの
勇者パーティーの魔法使い、プラト。
パーティーで一番の火力であり、広範囲の殲滅を得意とし、回復系の魔法も使える。
戦闘でも治療でも、彼女の存在はかかせない。
小柄で可愛らしい容姿とは裏腹に、悪魔たちからは戦場で恐れられていた。
そんな彼女だが、純粋な人間ではなく、夢魔との混血だ。
故に外見と年齢は一致せず、一番小さく子供っぽいけど、年齢はすでに二百歳を超えている。
夢魔にはそもそも年齢の概念がないため、混血ではあるが同じく老衰はない。
人が生き続ける限り、誰かが夢を見る限り、彼女は生き続ける。
だから容姿も、出会ったころから何一つ変わっていない。
中身は年上の大先輩だけど、小動物みたいな見た目で眠そうな顔をしていると、どうにも保護欲が沸き上がって困る。
こうして近くにいるだけで、頭を撫でたくなる。
「十年間お疲れ様、プラト」
「うん。大変だった。夢の中でアナリスの相手をするのが一番」
「えぇ! 私はとっても楽しかったのに!」
「アナリス……夢の中でも元気すぎて、休めない」
「ははは、想像できるな」
彼女は夢魔だ。
夢魔は夢を司る悪魔であり、第一スキルは特有のスキル、『夢渡り』だ。
彼女は他人の夢の中に入り込むことができる。
そうして夢魔は存在するための栄養を摂取している。
彼女はこのスキルと魔法を駆使して、呪いに侵されたアナリスを封印していた。
呪いの進行が少しでも収まるように。
その間は一緒にいないといけないから、同じ部屋で一日の大半を眠って過ごすことになる。
元々彼女は寝るのが大好きで、隙あらば寝ていたから、それ自体は苦じゃなかったようだけど。
俺たちからすれば、ずっと寝ていないといけないのは苦痛でしかない。
本当にお疲れ様と、心から思うよ。
「みんなで来たってことは、また何かするの?」
「そう! ギルドを作ろうと思ってるんだ!」
「ギルド? 冒険者?」
「そうだよ! また一緒に冒険をしようよ! 楽しい冒険、いろんなところを旅しよう!」
アナリスが両腕を広げてアピールする。
のんびりしたプラトの反応は薄く、代わりにクーランとシスティーに視線を向ける。
「二人も?」
「おう」
「そのために来たのよ」
二人の意思を確認してから、ゆっくりと、今度は俺に視線を向ける。
俺の胸に顔をくっつけたまま、首を回すようにして見上げて、視線が合う。
「ライカも?」
「プラト、俺たちと一緒に、また冒険をしよう。お前も一緒にいてくれると、俺は助かるんだけどな」
「――そっかぁ、じゃあ仕方ないね」
彼女は俺の胸から離れて、ベッドから降りる。
ちょこんと地面に立ち、改めて俺たちと顔を合わせた。
「まだ寝ていたいとか言わねーんだな」
「うん。本当は眠いけど……でも、眠るならみんなの傍がいい。一番いい」
「そうかよ。特等席が空いてるぜ」
「おっと!」
クーランは俺の両肩を掴み、くるっと身体を回してプラトに背中を向けさせる。
何を意味しているのかすぐにわかって、俺は少し腰を下げる。
「来てくれるか?」
「うん」
彼女は俺の背中にもたれかかる。
そのまま背中に頬をつけ、俺に全身を預けてくれた。
「ここが一番……よく眠れるんだよね」
「かっは! 懐かしい光景じゃねーか!」
「あーずるい! 羨ましいなぁ」
「羨ましがるアナリスもセットね」
「だな。アナリス、前が空いてるから抱きかかえてもらえばいいんじゃねーか?」
「確かに!」
「おい、俺の腕は二本なんだよ」
私も抱っこしてと我儘をいうアナリスと、それを煽って面白がるクーランたち。
この光景は、魔王と戦うための旅路で見てきた日常だ。
ようやく五人が揃った。
十年ぶりに。
ああ、この光景が、ずっと見たかった。
俺が求めていたものは、ここにあったんだな。
◇◇◇
「――というわけなので! 私たちはギルドを作ります!」
「唐突であるな」
「すみません、陛下」
「まぁよい。お前たちが決めたことなら、私から言うことは何もない」
全員集合した俺たちはさっそく、陛下に挨拶と今後について話した。
忙しい陛下が、俺たちのために時間を作ってくれている。
陛下も俺たちと同じく、アナリスの目覚めを心待ちにしていた一人だ。
陛下は俺たち五人を見つめて、優しい表情を見せる。
「感慨深いものだな。こうしてまた、お前たちが揃った姿を見られるとは」
「なーにしみじみしてんですか、陛下」
「そうですよ。もう見られないと思っていましたか?」
「ふっ、いいや、信じていたさ」
勇者が、アナリスが目覚め、こうして揃う日を。
陛下は笑い、高らかに宣言する。
「これより先は、お前たちの新たな門出だ! 国王として、一人の人間として祝福しよう!」
「ありがとうございます! 王様!」
「うむ。では国王として一つ頼み事をしよう」
「なんでも言って下さい!」
と、話を聞く前にアナリスが了承してしまったので、何を言われても断れなくなった。
やれやれと、残りの面子で首を振る。
けれどまぁ、何でもいいと思っていた。
陛下のお願いならば。
◇◇◇
翌日。
俺たちを乗せた豪華な馬車が、王都の街を練り歩く。
周囲には集まってくれた多くの人々。
注目されているのは俺たちだった。
「勇者様ー!」
「お帰りなさーい!」
「たっだいまー! みんなありがとうー!」
「……」
正直ちょっと恥ずかしい。
陛下のお願いとは、勇者パーティーの新しい門出を祝う催しを開き、パレードに参加することだった。
人々はアナリスが魔王の呪いと戦っていたことを知らない。
不安を煽らぬように隠してきた真実を、彼女が目覚めたことで公表した。
当然、王都中が驚愕し、沸き上がった。
「おいライカ、俺らの後ろに隠れようとするなよ」
「いやだって、俺だけおっさんになったし、普通に恥ずかしい」
「いいじゃない。ダンディーって思われるかもしれないわよ?」
「ライカ、おじさんになったね」
「プラトは素直だな」
俺だけ時間の流れが速いみたいだ。
たぶんパレードを見ている人たちの中には、あのおっさん誰?
とか思ってる人もいるだろう。
「俺だけ不参加にすればよかった……」
「ダメだよ! ライカがいないんじゃ始まらないんだから!」
アナリスは強引に俺の腕を引き、隣に立たされた。
まったくやめてくれ。
変に注目されるのは、昔から慣れていないんだ。
この時俺は気づかなかった。
俺たちを見つめる視線の中に、最近の俺をよく知る者たちがいたことを。
「――は?」
彼の疑問に満ちた声は、パレードに掻き消されていた。






