13.お目覚めはいかが?
「長かったわね。本当に」
「そうだな。十年ぶりに、全員の顔が拝めるって思うと、やっぱ嬉しいもんだな」
「ごめんね? 私がもっと早く起きられたらよかったのに」
「アナリスは十分に頑張ったよ。魔王の呪いをたった十年で抑え込み、普通に生活できるまでにしたんだ。お前じゃなきゃきっと耐えられなかったよ」
彼女は俺たちを庇って魔王の呪いを一身に受けた。
もしも他の誰かが同じことしていたら、確実に数日で呪い殺されていただろう。
魔王の最後っ屁。
強すぎる呪いを、勇者である彼女が受けることで、俺たちは守られた。
「ありがとな。俺たちを守ってくれて」
「えへへ。ライカにそう言われると照れるね! でも当然だよ! みんなが私を勇者にしてくれた。なら私が、お返しにみんなを守らなきゃ!」
「さすが勇者様、格好いいこと言いやがる」
「本当にね。今の若い子たちに聞かせてあげたいわ。きっと大興奮するわよ」
「そうなの? 私って人気者なんだ!」
ニコニコと無邪気にアナリスは笑う。
勇者は人気者だよ。
世界を救った大英雄、特に若者にとっては憧れの存在で、自分もそうなりたいという遠い目標だ。
「でもこうやって街を歩いても声をかけられないよ?」
「十年経ったからな。顔は忘れられてるんじゃねーか?」
「ライカは特に老けたわね」
「それを言わないでほしいな。気にしてるんだから」
エルフのシルフィーはともかく、同じ人間で男のクーランも歳より若く見える。
俺だけが、見た目おっさんになった。
「なんつーかあれだな。昔以上に保護者感が増したな」
「そうね。ここにあの子が加わったら余計そうなるわよ」
「ちがいねーな」
「こら二人とも! ライカをイジメちゃだめだよ! 私はいいと思うよ? 今のライカも、昔のライカも格好いい!」
「――そ、そうか。ならよかった」
アナリスはストレートに褒めてくれる。
いきなり褒められると、俺でも少し驚き戸惑う。
恥ずかしいな。
クーランが俺の脇を肘でつつく。
「なーに照れてんだよ」
「う、うるさいな」
「ははっ! 歳とってもそういうとこはかわんねーな」
「お前なぁ」
変わらない、か。
そう言って貰えることが、俺には嬉しかった。
十年の月日は長く、見た目も歳をとった俺だけど、少しだけあの頃に戻れた気分になれる。
「さて、いい加減迎えに行くか」
「そうだね! お城に行こう!」
「陛下に挨拶しときてーな」
「そうね」
俺たちは急ぎ足で、街の中心にある王城へと向かう。
貴族でも王族でもない。
王城で働いているわけでもない俺たちが、普通は入ることを許されない場所。
だけど俺たちは特別だ。
門番の騎士たちも、俺たちに敬礼し笑顔を向けてくる。
門を通り過ぎて、クーランが呟く。
「門番十年前と変わってねーんだな」
「そうみたいね。どうりで見たことある人だと思ったわ」
「結構多いみたいだよ! あの頃から働いている人たち! 私が目を覚ました時、たくさんの人たちが挨拶にきてくれたから」
「へぇー、さっすが人気者!」
「えへへ~ でもね? 本当はみんなの顔を一番に見たかったんだよ!」
アナリスはちょっぴりむくれながら、笑顔でそう言ってくれた。
俺たちは申し訳なさを感じる。
いつ目覚めるかわからないし、傍にいても何もできない。
そんなやるせなさもあって、俺たちは王城を離れた。
十年で目覚めるとわかっていたら、俺たちはきっとこの地で彼女の目覚めを待っただろう。
「王城にはいないって言われたから、急いで会いに行ったんだ!」
「あん? お前一人でか? よく迷わなかったな」
「迷ってたみたいだぞ。ドラゴンに追いかけられたおかげで偶然たどり着いただけで」
「ドラゴン……相変わらず巻き込まれ体質ね、アナリスは」
二人とも話を聞いて呆れていた。
彼女の方向音痴と巻き込まれ体質は昔からで、ここにいる全員が苦労させられた過去を持つ。
もっとも、誰一人嫌だとは思っていない。
そんなことを思っていたら、一緒に冒険しようなんてするものか。
なんだかんだ彼女の無茶に巻き込まれるのが、俺たちは好きだったのだろう。
「確かここだよ!」
アナリスが立ち止まり、一つの部屋の前に到着する。
ここに、彼女が眠っている。
十年間で一番の功労者が。
許可は必要ない。
どうせ外から呼びかけても目覚めないから。
「入るぞ」
扉を開ける。
天井付きのベッドが一つあって、彼女は丸まって眠っていた。
青く澄んだ髪、白く柔らかそうな肌。
小さな身体を余計小さく丸めていて、まるで人形が眠っているような幻想を感じる。
スゥーと、気持ちよさそうに寝息が聞こえた。
「ぐっすりね」
「こりゃ俺たちじゃ起きねーな。頼んだぜ、目覚まし担当」
「変な名前を付けるなよ」
やれやれと首を振り、任されたので前に出る。
ベッドの横に立ち、顔を近づける。
彼女を起こす場合、身体をゆすったり、大きな声をかけても目覚めない。
酷い時は爆発音がしてもぐっすりだ。
十年間の疲れを考えると、仮にこの城が崩壊しても眠ったままな気がする。
だけど一つだけ、彼女を目覚めさせる魔法の言葉がある。
ちょっと恥ずかしいけど、彼女と早く話をしたいから、俺は彼女の耳元で囁く。
「起きてくれ、プラト。起きないと悪戯しちゃうぞ?」
「――どんな悪戯、してくれるの?」
たった一言で、彼女は目を開ける。
瑠璃色の瞳が俺の視線と重なって、彼女は穏やかに笑う。
「起きたなら必要ないな」
「えー、残念」
彼女はゆっくりと起き上がり、俺の胸に倒れ込むように顔をうずめる。
「会いたかったよ。ライカ」
「俺もだよ、プラト。よく眠れたか?」
「うん。みんなも、来てくれたんだね?」
プラトは俺の胸にもたれながら、顔を向けて三人と視線を合わせる。
「久しぶりだな!」
「相変わらず眠そうね」
「みんなを連れてきたよ! プラト!」
「うん。おかげで目覚めは最高にいいよ」