12.王都への帰還
「また出て行ってしまうのか? シルフィーよ」
「ごめんなさい、お爺ちゃん。これが私の、やりたいことなの」
「……そうか」
シルフィーは里長である自身の祖父に、冒険者として活動するため、里を出て行く話をした。
過保護なお爺さんは悲しそうに目を伏せる。
「お前が決めたことだ。もう子供でもない。好きにしなさい」
「ありがとう! お爺ちゃん」
「うむ。だが偶には顔を出してくれ。ワシも皆も、お前に会えないのは寂しい」
「ええ、そのつもりよ」
里長のお爺さんはクーランに視線を向け、彼もそれに気づく。
「君も一緒に行くのだな?」
「おう。もちろんだ」
「そうか。君にも世話になった。里の護衛を君に任せてから、周囲のモンスターも随分とおとなしくなった。感謝しているよ」
「こっちこそ感謝してる。人間の俺を十年も居候させてくれて、本当にありがとうございました!」
クーランは深く頭を下げる。
乱暴でがさつっぽく見えるクーランだが、本当は礼儀正しかったりする。
本人曰く、敬語は苦手らしいけど。
「シルフィーのこと、頼んだよ。君が、いいや、君たちが一緒なら安心できる」
里長はクーランから俺とアナリスに視線を向けて、優しく微笑む。
アナリスが先に気付き、胸を張って元気よく宣言する。
「任されたよ! 私たちなら大丈夫!」
「むしろこっちが、シルフィーに助けられることが多そうですけどね」
「ふっ、それもいい。皆、どうかよい旅を」
「はい」
エルフの寿命は七百年前後。
里長であるお爺さんは、すでに八百歳も後半で、そろそろ九百が見えてきたと聞く。
人生の大先輩からの祝福は、何よりもご利益がありそうだ。
こうして俺とアナリスに、クーランとシルフィーが加わり、四人となった。
エルフの里を出発し、今度こそ目指すは――
「王都だね!」
「ああ」
「ってことはあいつか? 残りのメンツ的によ」
「あの子大丈夫かしら? 十年間、アナリスに魔法をかけ続けていたんでしょ?」
「疲れたって言ってすぐ寝ちゃったよ!」
「その程度で済むのね。さすがだわ」
シルフィーが呆れている。
残る最後の一人は、勇者パーティの火力担当。
おそらく俺たちが知る中で、魔王に次ぐ魔法の実力を持った人物。
呪いに侵されたアナリスを、彼女は自身の魔法とスキルで眠らせ、肉体を封印し続けていた。
アナリスが目覚めた今、彼女は十年ぶりにその役割から解放されたわけだが……。
「ちゃんと起きるか?」
「お前次第だろ?」
「そうね。昔から深い眠りに入ると、あなたの声でしか起きなかったわけだし」
「頑張って! ライカ! 私たちの未来は君に託された!」
「なんか微妙な気分だな……」
◇◇◇
俺たちはエルフの里を出発し、街道へと戻って王都を目指す。
道中いくつか街に立ち寄った。
急いではいない。
彼女も疲れて眠っているだろうから、少しでも長く休ませてあげたいという気持ちもある。
それ以上に、早く会って話がしたいと思う。
アナリスに魔法をかけている間、彼女自身も休眠状態で、会話もできなかった。
顔は何度か合わせているけど、言葉を交わすのはアナリスと同じく十年ぶりになる。
「どうせ会うなら連れてくればよかったのに」
「だってすっごく眠そうだったんだよ? あんな顔見せられたらさ? 誰でもおふとんかけちゃうよ」
「かけんなよ。ただでさえ起きないのによぉ」
「まぁいいじゃないか。十年間、アナリスが目覚める一番の功労者は彼女なんだから」
もしも彼女がいなければ、アナリスは呪いを解く時間が足りず、そのまま命を落としていた。
そうなっていれば、俺たちの未来に希望はなかっただろう。
いつ目覚めるかわからない。
それでも、いつか彼女が目覚めると信じていたから、俺たちは今日も生きている。
俺たちは皆、彼女に感謝しかしていない。
「十年分、盛大に甘やかしてやれよ」
「そうだな」
彼女の願いはなるべく聞いてあげよう。
元々そんなに欲のない性格の彼女だから、何も望まないかもしれないけれど。
何かしてあげたい。
俺たちの分も、アナリスの命を守ってくれたことに、少しでも。
そうして街を出発してから約三週間後。
俺たちはついに、懐かしき場所へとやってきた。
いいや、戻ってきた。
「王都か」
アルザード王国、その王城を構える街。
世界最大の国家であり、この王都こそ、世界で最も大きな街とされている。
巨大な塀と深い堀で囲まれ、大きな城を中心に、段を作るように街並みが広がる。
「懐かしいな。あの日以来か」
「クーランたちもか?」
「おう。ここで別れて、それっきり戻ってきてねーよ」
「俺も同じだ」
十年前、戦いを終えた俺たちは王都に帰還した。
俺たちの旅はここから始まり、そして終わった。
アナリスが眠り、俺たちはそれぞれの道を、役割を担うためにバラバラの方向へと歩き出した。