11.まだ気づかないんですか?
ライカ達が街を出発した一週間後。
ダインズたちは幾度となくクエストに挑み、悉く失敗し続けていた。
未だに自身の弱体化を理解せず、一時的に調子が悪いだけだと思い込む。
冒険者カードを見ることもない。
自分が弱くなっているなど、思いたくないから避けていた。
しかし、連続でのクエスト失敗。
ギルド内でも不安の声が上がり、徐々に会話も少なくなる。
いつもなら賑やかで楽しい酒場の時間も、今日はやけに静かだった。
中にはこんなことを言い出す者もいた。
「あのおっさん、実はすごい役に立ってたんじゃ……」
「呼び戻したほうがいいんじゃないか?」
弱気なセリフを口にする者たちに、ダインズは鋭い眼光を向けて黙らせる。
「そんなわけないだろ……」
ダインズは認めたくなかった。
彼の中にも、同じような感情が芽生えつつある。
ライカを追放した直後から、様子がおかしくなったように勝てなくなった。
昨日まで当たり前のように戦えていた相手に、全員で挑んで苦戦し、あげく敗戦する。
ライカが不在になってから調子が悪い。
ここでダインズの脳裏には、ずれた思考が生まれてしまう。
「そうか! あのおっさん、最後に何かしていきやがったんだ!」
「何かって?」
「そんなもん知るか! 何かやばい魔導具でも隠し持ってて、追放された腹いせで俺たちに使ったんだ。そのせいで勝てないんだ!」
「そ、そうなのか?」
「いや、確かにタイミングはそうだけど……」
周囲から疑問視する声も上がっている。
だが、ダインズには届いていない。
彼はすでに思いこんでいた。
そうだと思うことで、自尊心を守ろうと必死だった。
突然ダインズは席を立ち、酒場を飛び出す。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
「決まってんだろ? あのおっさんを探すんだよ! 今ならまだ組合がやってる時間だろ」
そう言って彼は走り出し、仲間たちも慌てて会計を済ませて彼についていく。
向かった先は冒険者組合の建物だった。
もうすぐ閉まる時間だったため、建物内に冒険者はほとんど残っていない。
ライカはよく遅い時間まで残り、クエストを確認したり、翌日のプランを考えるために組合に顔を出すことがあった。
何をしているかは知らないが、ダインズは彼がこの時間にいることは知っていた。
「くそっ、いない」
しかし、そこにライカの姿はない。
苛立ちを見せるダインズ。
ちょうどそこへ、彼に近づく足音が一つ。
「おや、珍しいですね? 君たちがこの時間にいるのは」
「――! 支部長さん……」
「こんばんは、ダインズ君。皆さんも」
「こ、こんばんは」
にこっりと笑顔で声をかけた支部長のディレン。
ダインズはバツが悪そうな表情を見せる。
当たり前だが、彼らは顔見知りである。
ライカの存在を教え、指導役として参加することを勧めたのは、何を隠そうディレンなのだから。
そのディレンが紹介したライカを、自分たちの判断で追放した。
ダインズはこの話をディレンにしていない。
故に、できれば顔を合わせたくないと考えていた。
「何かお探しですか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃありません」
「そうですか? 私はてっきり、ライカ君を探しているのかと思いましたよ」
「――!」
この一言で理解する。
ディレンはすでに、ライカを追放した事実を知っていると。
ダインズは動揺しつつも平静を装い、ディレンからライカの居場所を聞き出そうと試みる。
「別にそういうわけじゃないですよ。でも、あの人今頃どこで何をしているのか、ちょっと心配ですけどね」
「ふふっ、心配は必要ありません。彼は君たちよりもずっと優秀な冒険者です。私には君たちのほうが心配ですよ。失敗続きのようですね」
彼は冒険者組合のトップである。
クエストは組合が提供しているもの。
当然、その成否についての情報も残っており、ディレンは目を通していた。
「……ちょっと調子が悪いだけですよ」
「そうですか? 彼が抜けた穴は大きいでしょう」
「別に……」
「よく実感してください。彼が君たちにもたらしていた功績を。今、こうして生きていられるのも、彼が支え育てたからこそでしょう」
頑なに認めようとしないダインズに、ディレンは優しい口調で諭すように伝える。
決して怒っている様子は見せない。
ただし、彼らに非があると、暗に伝えていた。
逆にそのことが、ダインズの自尊心を刺激してしまう。
相手は組合の室長にも関わらず、若く心を制御できない彼は反論する。
「功績って、ただ偉そうに指示を出してただけじゃないですか」
「お、おい、ダインズ」
「お前らだってそう思ってただろ?」
「そ、それは……」
「おやおや、その指示も的確だったはずですよ。彼の判断は戦場において、常に最新で正しく、何手も先を予測していますから。事実、彼の指示に従わなければ勝てなかった相手もいたはずです」
彼らは各々に思い返す。
ライカの指示によって、強力なモンスターを討伐した経験は、確かにあった。
まだ彼が加入したての頃は特に、指示どおりに動くだけで、モンスターの動きを封じ、自分たちが戦場をコントロールしているかのような錯覚すら覚えていた。
ライカはスキルにより、戦場を俯瞰的に見ることができる。
彼の視点は一人ではなく全員を捉え、敵味方とわず、数手先の未来を予測していた。
それに気づくことができた者は、残念ながらこの場にはいなかったらしい。
「彼を探していたのなら、残念ながらこの街にはいませんよ」
「――! 出て行ったんですか?」
「いずれ戻るはずです。今頃はそうですね、寄り道をして王都に向かっていますよ」
「王都……」
そう言い残し、ディレンは奥へと消えていく。
ディレンと話したことで、ダインズは余計にライカへの不満が膨れ上がっていた。
まるで自分たちが悪い、そう言われたような気がして。
わかりやすく拗ねたのだ。
「急げば間に合うか」
「おい、まさか……行くつもりか? 王都に」
「さすがにそこまで」
「うるさい! あいつに文句を言ってやる!」
仲間たちの制止も、もはやダインズには届いていなかった。
彼の自尊心は傷つけられ、心は沸騰するほど熱くなっている。
「まってやがれ、あのおっさん!」
彼が真実を知るのも、思い知らされるのも……時間の問題である。






