追放されたスパイス聖女には逃亡生活の果てに初めての自由が待っていました
「よく聞けエリーティア、お前はもう我が国の聖女ではない!」
王宮内では今まさに一人の少女が謂れのない罪で弾劾が開始される最中にあった。
この国の王子であるルパラスが隣に妙齢の美女を侍らせ、鋭い口調で端を発する……はずだったが。
「こちらにいるカレン嬢こそが真のせ――」
「待ってください聞いてませんよそんな話私こそが真の聖女であってそちらの見るからに胡散臭い女性はたぶんきっとおそらく絶対に確実に当然のように偽の聖女であってお馬鹿なルパラス王子は騙されているんですというかそうでないと困ります!」
「ええいうるさい! 話を聞くのはお前の方だ! あとどさくさに紛れて俺の悪口を言うんじゃない、王族に対する不敬罪で処刑されたいのか⁉」
「うぺらっ⁉」
処刑の一言に青ざめた彼女は慌てて口を噤む。
ただしその代わり、今度は手足がバタバタと忙しなく動いてなんとも落ち着きがない。
祈りの奇跡で護国に携わる聖女ではあるものの、エリーティアはただ黙っていることのできないアホの娘だった。
「……こほん。いいか、こちらにいるカレン嬢こそが真のせ――」
「真の聖女はカレン某であって私は偽の聖女だからもう必要ないと⁉ ただしこれまで役に立っていた実績も考慮して多額の手切れ金とともに国外追放で勘弁してやるというのですか⁉ 酷いです!」
「今度は勝手に話の続きを代弁するな! あとなにしれっと良い条件を継ぎ足しているんだ! 仕事に対する給料はきちんと滞りなく払っていただろう、そのくせ手切れ金まで要求してくるとはどれだけ金にがめついのだお前は、守銭奴か⁉」
「えへへぇ、守銭奴だなんてそれほどでもぉー」
「褒めてるんじゃない貶してるんだ! 守銭奴扱いされて喜んでる奴なんて初めて見たぞ⁉」
話題の中心にいるのは自分のはずだが、目の前で繰り広げられるやりとりに手持ち無沙汰なカレン。
どうにかならないの? とエリーティアの後ろで控えているお付きの青年に目で合図を送るが、無言の笑顔で返される。つまりどうにもならないと。
「まあいい、とにかくお前の予想通り偽の聖女などもはや手元に置いておく必要もない! これからはカレン嬢が聖女の任を負う。よってエリーティア、お前は俺の婚約者としての権利を剥奪した上で国外追放処分とする! 当然手切れ金も無しだ! 今は来たるべき事態に向けて少しでも金を浪費するわけにはいかんからな!」
ようやく口を挟まれず言い切ったことで、その実ルパラスの顔はどこか満足げだ。
しかしそれとてエリーティアが黙っていたわずかばかりのこと。
「そんなあんまりです、婚約破棄は全然構いませんがそれなら慰謝料をください! もしくは側室でもいいので私を王宮に囲ってください、まだこの国で仕事を続けたいんです! というか聖女追放は困ります、だって私はスパイスですから!」
「私は香辛料ですから、ってなんだよ⁉ とにかくもう決定したことだ、お前も投獄されたくなければ大人しく従え! もちろん慰謝料も払わん!」
「ルパラス王子がケチなのは十分分かりましたが、それなら私に最後のチャンスをください! それと慰謝料すら払えない王子なんてダサ過ぎますよ!」
「婚約破棄に対する慰謝料制度を取り入れていない我が国の法律にあくまで従ったまでだがとりあえず言ってみろ」
正直このちょっと色々と足りない少女への応対が面倒なのでこれまでの不敬を理由にさっさと牢屋にぶち込んだ方が楽な気はするものの、一応申し開きの機会を設けてやるのもせめてもの慈悲か。
まあどうせろくでもないことだろうがな、だってこいつアホだしとはルパラス。
「では遠慮なく。真の聖女の座をかけてカレン某と血で顔を洗う聖女バトルをさせてください! 祈りの波動を撃ちまくってぶっ倒してやりますよ!」
「却下だ馬鹿。今日中に荷物まとめてとっととこの国から出ていけ」
「ふんぎぃぃぃぃぃいぃぃ!」
散々喚いて暴れたのでしぶしぶルパラス立ち会いの下、血で血を洗う聖女バトルが執り行われた。
結果は見るまでもなく圧勝に終わった。もちろんエリーティアがボコボコにされた。彼女は泣いた。
◆
「あっはっはっはっ! いやぁさっきのあれは傑作だったぞエリー」
腹を抱えて大笑いする付き人の姿にエリーティアはジトっと恨みがましい視線を送る。
頭が良い癖に口も挟まず、外野から見ていただけで助けてくれなかったことを非難しているのだ。
「ちょっと、笑い事じゃありませんよ! そもそもあの時は調子が悪かったんです、私の必殺技『超絶獄門☆祈り殺し』さえ決まってれば……!」
「いやどう考えても無理だろ、祈りの質そのものが違っててまるで相手になってなかったじゃないか。さすがは真の聖女様、こちらにおわす掃き溜め育ちの偽聖女様じゃ百回逆立ちしても勝てそうにない」
「んもう、あなたはどっちの味方なんですか意地悪ライオット……」
「は? そんなの決まってるだろ。いつだって俺はお前だけの味方だよ、エリー」
ライオットと呼ばれた付き人の青年は臆面もなくそう言ってのける。
あまりに堂々としていて、そんな歯の浮くような台詞を口にした本人ではなく言われたエリーティアの方が照れを感じてしまうほどだ。
ゆえに頭を振ってそれをごまかす。
「ううー、お、弟分のくせにお姉ちゃんをからかうとか生意気です……!」
「今の発言のどこにからかう要素あったんだよ」
夜闇をそのまま透過したかのような黒髪に生まれつき褐色の肌を持つライオットと、絹糸を梳いたらこうなるであろう艷やかな銀髪に煌めくシャンパンゴールドの瞳を持つエリーティアには、見た目でも分かるようにもちろん血のつながりはない。
だが幼い頃からずっと家族同然に育った二人は、本当の姉弟のように強い絆で結ばれていた。
年は二歳ほど離れているが頭一つ分は違う身長差と立ち振舞いからか、初対面の人間にはどうしてもエリーティアの方が年下に間違われたりすることが目下彼女の悩みの種でもある。
かつての彼は泣き虫で自分の後ろをついて回っていたというのに、いつの間にこんなにたくましく、それでいてカッコよく育ってしまったのだろう。
昔は女の娘みたいであんなに可愛かったのになぁとエリーティアは内心ため息をつく。
そうとも、彼女はショタコンなのだった。
「ああもう、そんなことより困りました。私聖女をクビになっちゃいましたし、このままだと諜報活動大失敗で故郷にも帰ることができませんよ!」
エリーティアのことだから、いずれうっかり口を滑らせる時がくるだろうと彼女にはスパイのことをスパイスとして覚えさせてあった。
案の定このアホ娘は期待を裏切らずにルパラスの前でやらかしてくれたが、それまで培ってきたアレな言動のおかげで正体がバレることはなく。
良い意味でも悪い意味でも日頃の信頼が大事だと分かる事案である。
「くくっ、それどころかこれからは口封じで俺達に暗殺者が向けられるかもなぁ。もう今後一生表舞台を歩くことはできなそうだ」
「ひょええぇっ! 悪いのはあのアンポンタン王子なのにそんな仕打ちはあんまりですうぅぅう!」
憤慨したり赤面したり嘆いたりとコロコロ変わるエリーティアの表情を見ている分には飽きないが、これは流石にやりすぎたか。
「……悪い、脅かし過ぎた。安心しろ、あんな年端もいかない孤児奴隷のガキ二人を諜報員としてこき使う腐れ故郷のクソ野郎共にもまだ任務失敗の情報が届いていないし、こっちの王子だって俺達を処分するつもりならわざわざ国外追放しなくてもとっくにやってるさ。カレンより力は劣ってもお前の聖女としての力も本物だからな。下手に抵抗されるより穏便に出ていってもらった方が万が一がなくて済むってことだろう」
「ぐすっ、でも私が先にカレン某にケンカを売った上にあっさりフルボッコされましたよ? 最悪そのまま殺されてしまっていたかもしれないのでは?」
「ふっこんなこともあろうかと事前にあの連中にはエリーティアはアホだから追い詰められるとなにをしでかすか分からない、最悪周囲もろとも自爆するかもと忠告しておいたからな、向こうもあいつならやりかねないと簡単に信じてくれたよ。最後は手を抜いてくれて助かったな」
「わぁい信じる者は救われるぅ⁉ 救われたのは私なんですけどね!」
良い笑顔で裏工作を告白するライオットには複雑な想いを抱かずにはいられないが、こちらの暴走も織り込み済みで先手を打ってくれていた彼に悔しいが感謝せざるを得ない。
「……でもこれからどうしましょうか。行く宛てもありませんし、自慢しますがこの国を出てからどうやって生活していけばいいのかも分かりません」
「いや自慢するなよ少しは無知を恥じろ。つーか、なんのために俺が付いていると思っているんだ? 当然こういった事態も起こり得るだろうと想定し、聖女の従者という立場を利用して前々から逃亡生活の準備を進めていたに決まってるだろ」
「おおっ、ライオットはやればできる子だと思ってましたよ私! いやー、持つべきものはホント優秀な弟分ですね!」
「そりゃお前だと野垂れ死にが怖くて任せられないからな、俺がやるしかないさ」
既に当面の亡命先は決まっている。
自分やエリーティアが聖女の仕事で得ていた給料もすべて他国で使える通貨に換金してあるし、周辺諸国の主要言語や地理などは王宮内の蔵書庫に入り浸って必要な分だけ頭の中に必死で叩き込んだ。
元々記憶力には自信がある方だったが、それでもやはりエリーティアの付き人をこなしながら少ない時間で覚えるのは相当骨が折れた。
だがそれもこれもすべては惚れた女の為と思えば苦にならなかった。
「さて、そろそろここを出るぞエリー。お前は大船に乗ったつもりで俺についてくればいい。ただお前の衣食住は守ってやるけど、お前も俺のことを聖女の祈りで守ってくれよ? 外の世界には野盗もいるからな」
「わあなんでしょう、めちゃくちゃ頼もしいことを言われている気がするのに、なんだかライオットのことがすっごくカッコ悪く思えますよ! ……でもそうですね、確かに協力は大事ですし。こういうのなんて言うんでしたっけ? 一円ちくしょー?」
「一蓮托生な。地面に落ちてた一番価値の低い硬貨拾った時に発したお前の心からの叫びじゃねーか。……まあいい、これからもよろしくな、エリー」
「こちらこそ! 私にはライオットが必要ですからたとえ嫌だと言っても無理やり天国の底まで付いていきますよ!」
「……そうだな、俺達はこれまでずっと地獄の底を這いつくばって生きてきたんだ、いい加減天国の底にたどり着くくらいの幸せは夢見てもいいよな?」
「ふえ? 私はライオットと一緒だったからずっと幸せでしたよ? あなたは違ったんですか?」
不意打ちだった。
先ほどの意趣返しかと思って向こうの顔を覗くときょとんとした表情で、どうやら今の彼女の言葉は本心から言ってるようだった。
そもそもこのアホには人にやり返せるような器用なマネができるわけもなく。
そのことに気がついた途端ライオットは顔から火が出るほど恥ずかしくなって、
「ーっ、からかうなよ、バカ」
「今の発言のどこにからかう要素あったんですか」
「……バーカ!」
「あー二度言った! 確かに私はアホだけど、バカじゃないですー!」
「う、うるさい、ほらもう行くぞ! 早く出ないと野営する場所も見つけられないからな!」
「もうっ待ってください! 私へのバカって発言の鉄拳を要求します! 弟分に馬鹿にされたままではお姉ちゃんとしてのブラインドが許せません!」
「撤回にプライドだ! やっぱりお前は最高にアホすぎて、俺が側にいてやらないと駄目だな!」
どちらからともなく手を差し出し、お互いに離れないようギュッと固く握り合って二人は未知の世界へ飛び出していく。
エリーティアはともかくライオットとてこれから先の生活に一抹の不安がないわけではない。
だがこの底抜けに明るく一挙手一投足が見ていて楽しいアホと一緒なら、なんでもやれる気がした。
(とりあえず今はまだ弟分の扱いでもいいさ。だが隣でいつか必ず俺を異性として意識させてみせる。――だからアンタも上手くやれよ、真の聖女さん)
今回の逃亡劇を実現するにあたり利害の一致から密かに協力関係を築いていた女性の姿を最後に思い出し、ライオットは人知れず彼女の成功を祈った。
聖女のものとは違うから、はたして自分の祈りに意味があるのかと口元に自嘲の笑みを浮かべて。
◆
のちにルパラス王子率いるダリルの軍隊が豊富な鉱物資源と肥沃な土地を狙って、隣国であるセリアランドに侵略戦争を開始した。
聖女であるカレンの尽力もあって最初こそ侵攻が優位に進められていたが、実はダリルの属国であるラルラトスのスパイであった彼女の裏切りにより、最終的には敗戦を喫することになる。
終戦後、その全責任を押し付けられたルパラスは断頭台にて公開処刑され、カレンもまた衆人環視の中、自らの命と引き換えにダリルからの祖国解放を訴えて毒杯を呷ったという。
(了)
最後までお読みくださりありがとうございます。
当初の構想予定ではライオットがエリーティアに片思いをするきっかけになった過去のエピソードやカレンと内通するまでの経緯、エリーティアたちの逃亡生活のその後までを書く予定でしたが、かなり長くなってしまうのと、孤児奴隷時代は暗くて重い展開が続くので、ひとまずは見送ることにして完結を優先させました。
読者様からの需要があればいつか書きたいなぁと思いつつ、エリーティアとライオットのこれからの希望を感じさせるこっちのエンディングも実は作者は好きだったりします。
少しでも本作を気に入っていただけたら、作者のモチベーションにも繋がりますのでブックマークや感想、すぐ↓にある評価してもらえますと幸いです。