三男の事実
「あの男の子が言った通りだね。煙が強くなってる。マスクとゴーグルしてなかったらヒマワリダメだったよ」
「そうだな。しかしこの黒煙、普通じゃない」
「何が?」
「周りに火が出ているようには見えないのに黒煙が上がっているのだ。それに本拠地を隠すように包み込んでる。臭いや効果は黒煙そのものだが……不思議だ」
マスクとやらで鼻が塞がれているので今はわからないが、若干混じる異臭も気になる。軍服のような俺の服は黒で統一されているので灰が舞っているのかも確認できない。するとまた俺の頭の中で声が響き渡る。
『我々は信じています。王が成したことに間違いないと』
『シンリン様、どうかその意思をお引き継ぎください』
『シンリン。さぁこちらへ』
『お前はまたカムイ王都を再建するのだ。先程私に刃を向けたのはこ奴らに洗脳されていたのだろう?』
カムイ王都の民だけでなく、父上と母上の声までしっかりと聞こえるようになってしまう。ヒマワリを心配させまいと堪えるが油断すれば叫び声を上げてしまいそうだった。
気を紛らわそうと周囲の黒煙を特刀で強く振り払う。今どの辺を歩いているのかもわからない俺達の唯一の情報源が視界だけだ。
「ヒマワリ、着いてきているか?」
「うん!」
「よし」
ここで離れてしまったら元も子もない。ヒマワリの返事が聞こえて安心した。そしてまた右足を庇いながらゆっくりゆっくり歩く。
人の声は聞こえるのに、何処から聞こえるのかも判断できない状況ではとりあえず歩くしかない。
「先生、なんか」
「ん?どうした」
「踏んだ」
「踏んだ?」
後ろを歩くヒマワリが急にそう言うので一旦止まった俺は振り返り彼女の足元を見る。するとヒマワリの片足は誰かの手を踏んでいるようだった。
それを伝えればヒマワリは大きな声で謝りながら足を離す。俺は痛みを我慢してしゃがみ、その手の持ち主の体を探した。
「おい!大丈夫か!」
「せっ、先生…!」
「えっ?」
手探りで伸ばした手が何かに掴まれた瞬間、ヒマワリは怯えた声を出す。気の抜けた問いの答えが返ってくることなく俺は勢いよく地面に打ち付けられた。
「ぐあっ!」
「シンリン」
「誰だ!?…クソッ」
うつ伏せの状態で背中を潰すように押される俺。その時に隣を見れば千切られた1本の腕が転がっている。
黒煙で見えなかったけど、もう遅い状態の腕をヒマワリは踏んでいたらしい。そして今俺を殺そうとしている奴……カゲルは上からジッと俺を見つめ名前を呼んでいた。
「シンリン」
自分の名前を呼ばれてこれほど気持ち悪かったことはない。まるでシンリンの名に纏わりつく呼び声は俺の思考を黒に塗り替えて極度の恐怖に浸された。
「先生!先生!」
特刀を持たないヒマワリは俺が無事かを確認するしか出来ない。「逃げろ」そう言いたいのに声が出なくなってしまった俺はカゲルの姿に目が張り付いてただただ見ているだけだった。
するとカゲルは急に笑い出してまるで人間のように感情を表す。次の瞬間、カゲルが遠吠えを出すと黒煙が強くなった。
「ヒマワ…リ…」
やっと小さな声が出たが俺の言葉はヒマワリには届かない。その代わり、俺に手をかけるカゲルの姿がくっきりと見えて禍々しい容態が瞳に映る。今までのカゲルとは違う。誰が見てもそう思えるほどにこいつは怖かった。
「シンリン」
「やめろ呼ぶな!」
「我が兄」
「!?」
兄。
そう呼ばれて俺は鳥肌が一気に立つ。俺には兄弟なんて存在は居なかった。それなのに俺は何故かこいつが自分の弟だと錯覚してしまう。
いや、これは錯覚なのだろうか。こいつは俺の弟。確信に近い勘は余計に俺を惑わせる。
「有益な情報を教えよう我が兄よ」
「やめろ…やめてくれ」
「お前達が呼ぶカゲルという存在は全てカムイ王都の民や宮殿の人間が成した姿だ。お前が先程無口な少女と戦ったカゲルの正体。それは我が父と我が兄の母だ」
薄々勘付いていたことが正解だと教えられてしまう。まずカゲルが喋るだけでも恐ろしいのに、やはり自分が父上と母上を手にかけたことが何よりも恐ろしい。
力なく首を振って地面に顔を擦らせる。俺の考察は間違いだと言って欲しかった。
「そして気になるのは我が兄の目の前にいるカゲルの情報だろう。私は貴方の弟にあたる。腹違いのな」
情報なんて要らない。俺にとっては無益だ。でもそれさえ言えなくて一方的にカゲルに喋らせる。
俺の腹違いの弟。その事実が俺の中で妙に納得してしまうのは、こいつが言うことが本当だからだ。
「我が兄の父でありカムイ王都の王は私以外に他の女で3人の子を成した。次男、三男、長女。私はその三男に属する」
「………」
「哀れだ。何も喋らない。私が望む我が兄はそんな貧弱ではないのだ」
「………」
「刀を構えよ。そして従えさせよ。私達兄弟もそうしてきた。我が父にも知らない母にも、カムイ王都の民にも全てに命令した。我が兄シンリンを殺せと」
「俺を、殺して、何の意味がある…?」
「兄弟にはやらなければならないことがあるのだ。それは次男から口止めされているから言えないがな」
「けれど俺はもう死んでいる。カムイ王都で殺され…」
「我が兄は生きている。この日本という地で、心の臓を動かしている」




