風を吹かせろ 【レオンとカムラ班】
小さく口を動かすカムラはカゲルのトリックに気付いていた。あの時に全身でぶつかったからこそわかったこと。
それは静電気のようなものがカゲル達には流れていて、近づけば反射的に避けることが出来るということだった。これが間違っていなければアカデミー側の大きな鍵となる。
「お前ら聞いてたな?水をかけるんだ。池にはありったけの水がある」
「でも水って電気を通しにくいんじゃ…」
「それは純水の場合だ。たぶん池の水は水道水と同じだろう」
「バケツかホースがあれば良かったのに…!」
中庭の大きな池は大量の水が溜めてある。でもそれを掬い出す物がなかった。サポート役の生徒達は一瞬動きを止めるが、すぐさま思いついた考えが一致し池に向かって走り出す。
「お前は治療だ。すぐに連れて行くからな!」
「俺も、やる…」
「正気か!?頭から血が出てるし、さっきまで気を失っていただろ!」
「止血だけ、頼む」
「………ああもう!」
カムラを医療班へ届けようとしていたサポート役の生徒は嫌がりながらも降ろして小さなカバンから包帯を取り出す。
「そんな強い目で言われたら誰だって怯むだろ」
「すまない。でも、俺は戦いたいんだ…」
「わかったから落ち着け。ったく気を失ったと思ったらすぐに目を覚ますなんて。どれだけ強いんだよAクラス」
「フッ、俺よりも強い奴は他にもわんさかいるさ。勿論あいつもな」
おでこに包帯を巻き付けられながらカムラが見つめる方向には避ける戦いで時間を稼ぐレオンの姿がいた。
レオンは他のクラスの人間をAクラスの誰よりも嫌っていたのに、それを打ち破って頼ったのだ。苦手な人に頼ることなんてそうそうできない。
「かっこいいだろ?まるで、母のようだ」
巻き終わったカムラはサポートの生徒の肩を軽く叩いてお礼を言う。
「これを預かっててくれないか?約束なんだ」
「特刀?お前二刀流だかは必要じゃないか」
「ピンチの時は一刀流なんだ」
生徒はカムラから1本の特刀を預かると丁寧に握る。
「火村仁参る!」
飛び出して行くカムラはまるで炎を纏う風のようだった。刀を預かった生徒だけでなく、誰もがそう思うだろう。
「お前もかっこよすぎだ……」
ボソッと呟いた声はカゲルの鳴き声で掻き消されてしまう。生徒はカムラの特刀を背中に背負い中庭の池に向かう。
「次は、俺達が!」
ーーーーーー
「水!?ちょっと貴方達、逃げなさいって言いましたわよね!?」
「これは私達の意志なの!」
「お前だけに戦わせてたまるか!」
「こいつの弱点は水だ!一緒に浴びないように注意しろよ!」
池の方からバシャリと水が飛んできてレオンは驚きながらも口角を上げる。口では否定しているけど頼って良かったと思えた。
水をかける他クラスの生徒達は特刀の側面や束縛用の縄で水飛沫を上げる。レオンはその水がかかるように絶妙な位置でカゲルと戦い始めた。
「奴らには静電気が流れているらしい!この水で隙が出来るはずだ!」
「なるほどね。感謝しますわ」
一緒に戦うのはお互いに初めて。それでも討伐するという意思が通じ合って大きな力となる。
「先生はワタクシを頼って、自分の弱さに気付き、そして克服した。本当に不思議ですわ。貴方の真似をしただけで止んでいた風が吹き出した」
水浸しになりつつあるカゲルは鳴き声を上げながら途中途中ぐらつく。感電している証拠だろう。
「そろそろ終演ですわ!貴方達とワタクシの気持ちが同じなら、この山崎麗音と共に抜刀してくださいまし!」
尋ねなくてもここに居る者達の気持ちは同じだった。先程まで構えようともしなかったサポート役の生徒達は池から這い上がってカゲル向けて特刀を振るう。
討伐アカデミー所属というのもあって刀の扱いは慣れている。彼らに足りなかったのは戦おうとする決意だけだったのだ。戦力としては十分でレオンが引き寄せたカゲルの体を次々と両断していく。
「仕上げよ!!」
持ち前の脚力を活かしてレオンは近くの屋根に飛び上がり、その上から特刀束縛でカゲルを1つにまとめた。水が染み込む体に静電気が走ってカゲル達は強く感電する。体が斬り裂かれているせいで身動きすら取れない。
「…来ると思ってましたわ。カムラ!」
そんなカゲルへと特刀を振るったのは風と炎を宿した一刀流。力で押し込んだ特刀は4体同時に首を跳ねさせた。
「終わったのか…?」
「勝った、勝ったの!?」
「っしゃぁーー!」
「すげぇよ!お前ら本当すげぇよ!」
虚空へと消えて行くカゲルの体。レオンは束縛用の縄を収納してカムラと他クラスの生徒達の元へ降りてきた。
「レオン族」
「カムラ」
「「お疲れ様」」
パチンと2人の手は交わって音を鳴らす。しかしすぐさま顔を歪めてしまった。
「痛っ…。少し無理しすぎましたわね」
「ああ。俺もだ」
「大丈夫か!?」
座り込む2人を心配した生徒は救急箱を取り出して簡単な治療に取り掛かる。前線を張ったレオンとカムラの体はダメージが大きかった。
「ありがとう。助かりますわ」
「これくらいのことはさせてくれ。それと…頼ってくれてサンキューな」
「ふふっ」
Aクラスと他クラスの生徒の溝が埋まる瞬間、中庭にいた生徒達の耳にはとある声が聞こえていた。
『助けてくれなかった。皇子なのに』
『目を逸らした。皇子なのに』
『見つけてくれなかった。皇子なのに』
『皇子、失格』
男女の声が混ざり合う。周りを見渡しても敵は誰1人居ない。しかし何かに嘆く言葉は確かに耳に入った。
「まだ戦いは終わってないぞ」
「ええ、応急処置したらすぐに他の部隊と合流しましょう」
そしてシンリンを助ける。レオンとカムラにはまだやることが残っていた。




