英雄誕生 【シンリンとミロクニ班】
それでも4本目の腕はミロクニを離さない。これで移動手段は無くなったが、腕を斬らない限りはミロクニを助けられないのだ。
でもあれほど太い腕を1発で斬れるのか…?俺の腕力と特刀の力を持っても不可能だと言い切れる。
「うっ…グッ」
考えている今も腕によって締め付けられているミロクニは苦しそうに声を出す。骨は折れてないだろうか。意識はちゃんと保てているだろうか。
そんな心配事ばかりを考えてしまってどう動くかなんて作戦が立てられない。無鉄砲に行けば俺も捕えられてしまう。でもここからは時間との勝負だ。
「今行く!!」
俺は背中から生える太い腕に向かって走り出した。カゲルは前に倒れている。だから太い腕が1番斬りやすい位置にあるのだ。それを好機と見て、暴れ出す前に俺は背中へと飛躍する。
「ミロクニ!」
斬り傷を付けるだけでいい。一瞬の痛みにこいつが歪めば隙が出来る。いつも鍛錬で隙だらけの生徒達を相手しているのだ。それを見つけるのは得意になってしまっている。
俺特刀を横にして腕めがけて斬撃を喰らわした。……喰らわしたはずなのに。
「先生!」
特刀は虚空を斬って、俺はカゲルによって穴が空いていない天井に向かって体を打った。
「何で……っ」
背中には辿り着いたはず。でもその直後にカゲルが前にある2本の腕で上へと飛んだ。足が無い分飛んだ距離は短いが、俺を突き飛ばすには十分の力だった。
天井に打ちつけられた俺はそのまま地面へと落ちて再度体を打ちつける。もしかしたら左腕がやられたかもしれない。自由に動いてくれない俺の片腕はしばらく使えそうになかった。
「キュル、キュル」
人間でないとはいえ、もうこいつだって限界に近いだろう。それは俺も同じだ。でもまだここで終わるわけにはいかない。ミロクニ以外にも待っている生徒達はいるのだ。
俺は右に持っている特刀を使って自分の体を起き上がらせると、ミロクニに向かって声を出した。
「ミロクニ!お前がこいつを倒せ!」
「でも…ウグッ」
「今から一瞬の隙を作る。そして頭上に特刀を刺すんだ!」
出るのは苦しそうな声だけ。それでも俺は伝える。カムイ王都皇子のシンリンと、討伐アカデミーAクラス指導者シンリンの名にかけて。言葉に風を宿す。
「ミロクニは俺の英雄となれ!!」
「っ!」
俺は動ける右腕を振りかぶって特刀のカゲルの太い腕に投げつける。鋭い先端は見事腕と手の間に突き刺さった。
「ミロクニ!」
痛みでカゲルは鳴き声を響かせる。次の瞬間、ミロクニは特刀を斬り上げてカゲルから脱出した。彼女の体には特刀束縛の紐が巻かれている。きっとそれで骨に負担がかかるのを軽減させていたのだろう。
紐を即座に収納したミロクニはカゲルの頭上へと駆け出していく。その間にカゲルは体を捻らせながら暴れ出すが、そんなのはミロクニに効くことはなかった。
「いいぞ…!」
彼女はAクラスで1番力が弱いと言ってもいい。でもその弱点を補うのは先読みの力だった。瞬時に体の動きを把握して次の動きに合わせて刀を振るう。
頭脳戦が得意だと言っていいだろう。先読みは頭が良いアサガイやハルサキよりも上だ。それを思う存分今発揮してくれている。
「私は…っ、弥呂国天樹は先生のヒーローに…!」
俺から見えたミロクニの斬撃はとても強くて綺麗だった。鳴き声を上げることなく静かに消滅していったカゲルは天へと昇っていく。
「悪役は死ぬ。……でも私は生きる」
「ミロクニ!」
「…先生」
俺はフラフラとしながらミロクニの元へ行く。しかしその足は途中で止まってしまった。
『母に刀を向けていいと教えた覚えはありません』
『お前はカムイ王都の最高地位である私に刃を下した。その意味がわかるのか?』
何かが聞こえる。この空間には俺とミロクニしか居ないのに。
「母上、父上?」
「先生?」
「………」
冷や汗が止まらない。何故今になって2人の声が聞こえるのだろう。しかも今の俺に問いかけているような言葉。
記憶から来たものではない。段々と気持ち悪くなってしまい俺は座り込む。ミロクニの慌てた声が聞こえるけど全く頭に入らなかった。
「なぜ……?」
視界が白黒になって余計に気持ち悪さを増す。1秒後には俺の意識は途切れてしまった。




