指示役の交代
反社会政府討伐作戦まで残り4日。Aクラスの生徒達も気合が入っているようで暇さえあれば自分の体を鍛えているようだった。
しかし訓練室は他のクラスも使う共有型なので、使えない時間帯は教室で筋力の訓練をするなどとあいつらなりに工夫している。俺も生徒達に付き合うようにして、自身の身体能力を高めていた。
そして現在、教室にて討伐作戦の詳しい内容を生徒達と確認している。普段教卓に立たない俺だが今回ばかりは座学の指導者のように黒板に文字を書きながら話していた。
「意外と字綺麗なんだな」
「リンガネよりは綺麗な自覚はある」
「喧嘩売ってんのかぁ!?」
「以前答案用紙を見させてもらった。あれは古代文字か?」
「先生辛辣ですわね」
「爆走リンガネ族は殴り書きが多い。もう少し落ち着いて書けばきっと綺麗な字になるはずだ」
「おいカムラ。なんかあたしのあだ名パワーアップしてないか?」
字が落ち着いていれば心も落ち着く。カムイ王都に居た頃にそう教えられた俺の字は汚くはないだろう。黒板に役割を書いていった俺は生徒達の方を見て確認をする。
「簡単に言えばAクラスは前線を走る。主にカゲルの討伐に力を入れろとセンリが言っていた。なるべくは集団行動を心がけろ。…特にカナト」
「わかってるっすよ」
「なら良い」
「……本部捕まえるのは?」
「それは他のクラスの役目だ。あくまでAクラスは戦闘員。ただ、時と場合によっては頭を柔軟に使って何を優先すべきかで動け」
「む。承知した」
「貴方も俺達と一緒に行動か?」
「ああ。ただ今回、ある人の我儘が通ってしまって1人追加で俺達と行動することになった」
「センリ先生かぁ?」
「リコン学長だ」
「ぶはっ!!」
カナトは盛大に吹き出して肩を震わせる。きっとハルサキの事を考えているのだろう。本人は至って普通にしているが、きっと内心は荒れているはずだ。
俺もリコン学長本人から申し出された時は当然却下した。アカデミーを統べるあの人が前線に出て、もしもの状況になってしまったらどうすると言うのだ。
しかしそんな俺の心配を無視してリコン学長は言葉は大人でもまるで子供のように駄々をこね始めて、勢いに負けてうっかり了承してしまったのだった。でもあの時のリコン学長の目は本気の目をしていて、俺が断ったとしてもきっと強引に着いてきたと思う。
「あの人はあの人で行動させる。ただ班が一緒なだけだと思ってくれ」
「リコン学長って戦えるのね。意外ですわ」
「センリに聞いた話だと相当な攻撃力を持っているらしい」
「学長の戦いが見れるなんてレアだぜ!」
「燃えてきたな」
「変なのに巻き込まれないよう注意っすね」
「……楽しみ」
リコン学長の参戦を知った生徒達は一段と気合が入ったようだ。それなら有難い。俺は咳払いをして盛り上がった場を静めると次の説明に移る。
「そして、今回の作戦での指示係を担当するのはハルサキだ」
「「「えっ」」」
「集団行動故にその役割は必須だろう」
「いや、確かにそうだけどよ。委員長じゃねぇのかよ」
「ああ。今回はハルサキに頼みたい」
「俺は構わないが……アサガイ委員長はそれで良いのか?」
「…はい。大丈夫です。ハルサキさんの頭脳ならきっと良い戦術が思いつくとわかっているので」
「そうか…」
ずっと喋ってなかったアサガイ委員長が口を開けば明らかに悪い意味で心に響いている声をしていた。そんな深刻そうにさせてしまって申し訳ないとは思っている。
しかし今のアサガイ委員長の状態ではこの役目は務まらない。反社会政府討伐の作戦は、絶対に失敗出来ないのだ。俺は持っていた黒板用の書物を置いて手に付いた粉を払い落とす。
「この後座学がある。その時に他の指導者が反社会政府本部の地図を持ってくるはずだ。ちゃんと確認しておくように」
「「「はい」」」
「そしてアサガイ委員長」
「何ですか?」
「お前はサボりだ」
「さ、サボり?何を…」
俺は教卓から離れて教室の中央にあるアサガイ委員長の席に近づく。すると隣に机を置くカナトは勘付いたように怪しい笑みを浮かべた。
「んじゃあ僕から先生に言っておくっす」
「頼む」
「シンリン先生、一体…」
「サボりというよりも俺の時間外授業だと思え」
アサガイ委員長の腕を掴むとそのまま引っ張って強引に立たせる。そして俺は腕を離さずにアサガイ委員長を連れて教室を出て行った。
「シンリン先生!?」
「訓練室は別のクラスが使っている時間だな。書庫という気分でもない。ならば…」
「あの!私これから座学が!」
「だからお前は休みだ」
「ええ!?」
先程までずっと大人しかったのに俺に連れ出されたことによって慌て出す。それでも俺の手を振り払う気は無いようで、口では反抗しながらも足は俺に着いてきていた。
アサガイ委員長の成績なら1回休んだところで変わりはしないだろう。リンガネやヒマワリのように勉強でも元気過ぎる奴にはやらない方法だ。
それにしてもアサガイ委員長の腕が細くて心配になる。この腕であの特刀を十分に振るえるのだろうか。心配になってくるが今からどうこうしたってどうにもならない。
もう俺に何を言っても無駄だと理解したアサガイ委員長は黙って俺に連れ去られていく。目的の場所までの道のりであの生徒達に会わなければ良いなと心の中で願いながら俺は細い腕を確かめるように握っていた。




