片腕を失った少女
【討伐アカデミー専属病院】
そう書かれた看板が俺の目に入りながらも流すように受付の中に入って行った。受付の机の前に立てば医療従事者が俺の方へやって来る。名前と行き先を伝えれば外用の笑顔で案内してくれた。歩いている途中で現在の状態を聞けば快く答えてくれる。
「意識は既に回復しています。しかしまだ万全な体調というわけではありません。幸い失ったのは利き腕では無かったので今のところは少しのサポートで過ごせています」
「……食事は食べれているか?」
「はい。問題ありませんよ」
「なら良いんだ」
「きっと先生が来てくれて喜ばれると思います。同じクラスの生徒さんはちょくちょく顔を出しているみたいですが…」
「あいつらは俺よりも団結力が強いからな」
「アカデミーの皆さんは仲良しですね」
昨日の一件を見てからだとアカデミーの生徒全員が仲良しだと頷くことは出来ない。きっとカナトとあの3人の生徒の関係はこれから悪化していくだろう。そう思った俺は医療従事者の言葉に返事を返さずに病院内を歩いて行った。
綺麗な内装は清潔感があって、茶菓子がこれでもかと詰め込まれているアカデミーの医務室とは大違いだ。まぁ、あの部屋は簡単な治療だけを受け持つので、そこまで綺麗さを気にしなくても良いのか。
現にセンリとリコン学長のお茶会の部屋と化している医務室は書庫、Aクラス、そして職員室の次によく行く場所に俺もなっていた。
「こちらの病室です。個室となっていますが、あまり大声は出さないようにお願いします」
「ああ。…それとこれを。センリからお前達に差し入れだそうだ」
「センリさんから!ありがとうございます。確かに受け取りました。よろしくお伝えください」
「わかった」
「それだは失礼します」
俺があらかじめ持ってきていた紙袋を渡すと嬉しそうに受け取ってくれる。そして案内してくれた医療従事者は来た道を引き返して帰って行った。
俺はこれから行く先の境界である扉を前にして深呼吸をする。2、3週間会ってないだけでこんなにも緊張してしまうものなのか。震えはしないが、恐怖で心臓が速くなっている。
もし俺に会って拒絶されたらどうしよう。俺の顔を見ることによってあの時のトラウマがまた芽生えてしまったらどうしよう。医療従事者は喜ぶなんて言っているけど、俺は怖かった。
自分の胸の部分を強く握りしめていれば少しだけ服に皺が付く。それでも何かを握りしめて耐えたくて俯いたまま扉に手をかけられない。
「……先生」
「えっ」
幻聴かと思ってしまったが、反射的に顔を上げると俺が歩いてきた方向からミロクニがやって来る。腰には特刀を下げているので任務帰りだろうか。ミロクニは俺の元へ来ると小さな声で問いかける。
「…開けないの?」
「いや、その」
「…こっち来て」
「ミロクニ?」
流石に扉の前では話しづらいと思ったのかミロクニは手招きして少し離れた長椅子に座った。隣を軽く叩くのはきっと俺も座れと言うことなのだろう。それに従い俺はが椅子に座るとミロクニは腰に下げていた特刀を自分の膝の上に置いた。
「ヒマワリ…会いたがっていた」
「俺に?」
「うん」
「そうか」
「……レオンはよくヒマワリのお見舞いに来る。あの人、ヒマワリを自分の妹みたいに思ってるから」
「確かにヒマワリへの執着は他よりも強い気がする。そう思っているのなら納得だ」
「レオンが来るたびに先生のこと聞いているらしい。…前にレオンが言っていた」
「レオンは俺のことをなんて?」
「……わからない。でもあの時よりは怒ってない気がする」
ミロクニが言うあの時を俺は思い出す。面と向かって低い声で言われた言葉。
それからはカナトのこともあってあまりレオンとは話せてなかった。例え話すと言っても業務連絡や鍛錬の指導についてだ。
俺からは話しかけづらいし、レオンは自分から話さない。よって距離が他の生徒よりも空いている。でもミロクニはレオンは少し怒りが収まっていると言っているらしい。それでも俺が話しかけに行くのは困難な事だった。
「…行けないの?」
「……」
「ヒマワリは怒ってない」
「それはわかる。きっとあいつの性格なら笑って俺を出迎えるだろう」
「なら…」
「でも色んなことを考えてしまう。あの時の恐怖や、悲鳴。もしもなんて考えて足が止まって…情けない」
次第に俺の声はミロクニのように小さくなっていき弱々しくなる。こんなにも恐怖に怖気付くなんてここに到着した時の俺では考えられなかった。
実際に目の前に立ってようやくわかる怖さはとてつもなく大きい。この2、3週間で少しだけ自分の心が治ったと思ったのに簡単に逆戻りしてしまった。
これ以上の言葉が見つからずに俺とミロクニの間では静粛が訪れる。しかしそんな静粛はヒマワリの病室からの大きな音で破られた。
「「ヒマワリ!?」」
ミロクニと目を合わせた俺は居ても立っても居られずに病室へ向かう。あれほど扉を開けるのを躊躇していたのに大きな音によっての不安が俺を動かして、勢いよく扉を開ける。そんな俺の視界に入ったのはベッドの側面に座って何やら慌てているヒマワリだった。
「…ヒマワリ」
「あっ、先生!やっぱり居たんだ!」
「ヒマワリ、今の音は……?」
「ミロクニちゃん!帰ったんじゃなかったの?」
「先生が来たから少し話していた…。大丈夫?」
「そっか!大丈夫!実は先生に会いたくてベッドを降りようとしたら小さいテーブルに足が当たってお菓子が落ちちゃったの。へへへ…」




