BL騒動
「悪魔に見えたか?」
「あいつレベルの悪魔じゃないっすよ。でも恐怖が込み上げてきて、気付いたら泣いていた」
「なんかすまない事したな。指導者の立場でありながらムキになってしまった」
「僕が手加減するなって言ったから責任は自分にあるっすよ」
全てを俺に話したことによって、より表情が鮮やかになっているカナト。涙の跡が頬に残っているが目はもう前を見ていた。俺の手の震えも徐々に収まり、手のひらには爪の食い込みがくっきりと残っている。
「シンリンさんに話したら結構スッキリしたっす。授業を終わりにした甲斐がありましたね」
「まさか恐怖で泣いているとは思わなかった。勝手に脇腹の痛みだと…」
「でもあれは強烈っすよ。流石教師です。本当、泣くなんてかっこ悪い」
「絶望して何も感じられなくなるよりは良いだろう」
「えっ」
俺はヒマワリの左腕が千切れた時に泣くことさえ出来なかった。俺が何もしなくても勝手に時が過ぎていき、他の生徒達が勝手にカゲルを討伐してくれたのだ。
一切動けなかった俺と使われなかった特刀。その後悔が頭から離れなくて正直竹刀を持つことすら億劫になっていた。でもカナトと手合わせしてわかってしまう。俺が今刀を握る理由を。
「とりあえず本当に痣が無いか確認させてもらう」
「ちょっ、どういう流れ!?」
立ち上がった俺はカナトが座る長椅子の前に来るとそのまましゃがんで彼の制服に手を伸ばす。慌ててカナトはその手を掴むが俺の方が力では勝っているので片手で退け、もう片手で服を勢いよく捲った。
「少し赤くなってあるが、青痣にはなってないな」
「痣にはなってないって言ったっすよね!?」
「でも確認は必要だ。手を出してしまった俺としては…」
すると急に医務室の扉が開く。それと同時に怒っている声が耳へと痛いほど響いた。
「ま〜〜たお前か!?シンリン!本当に我を困らせる天才じゃな!全く!」
「シンリン先生お待たせしました。ちょうど教室に戻ろうと職員室前を通ったセンリ先生がいらっしゃいましたので連れて来て……え?」
入って来たのはうるさいセンリと心配するアサガイ委員長。そんな2人は俺がカナトの腕を押さえつけて制服を捲っている姿を見て硬直した。カナトは俺の目を合わせると慌てた様子で2人に弁解する。
「これは違くて…!」
「BL!?BLじゃ!ボーイズラブ!!」
「は?何を言ってる?」
「アサガイ!お前は帰っておれ!真面目ちゃんには刺激が強すぎる!」
「えっ、あの、えっ?」
「我は壁じゃ。さぁ続けてくれ」
「何をだ?」
「BLをじゃ」
「さっきから何を興奮している?来てもらって悪いが手当は必要なかったみたいだ。今確認して痣は出来てなかった」
「BL……BL…我は壁…」
「話が通じてないっすよ!」
「びーえる?英語ならハルサキさんあたりなら知ってるかも…?」
カナトの言う通り話が全く通じてない。センリは鼻息を荒げて目が大きく開き俺達を見ている。アサガイ委員長はセンリの言葉を理解しようと首を傾げながら医務室を出て行った。
俺がカナトの服から手を離して興奮するセンリに近づき両頬を最大限伸ばせば、目が覚めたように奇声を出し始める。そんな様子を見たカナトは面白おかしく少年のように笑っていた。
「のびゃすのじゃない!」
「目覚ましだ」
しかしこの後、カナトの机と椅子を持ちながらAクラスの教室に戻れば顔を真っ青にしたハルサキに助けを求められることになる。その隣には真剣にセンリが出した単語について尋ねるアサガイ委員長がいる事を今の俺は知らなかった。




