悪ガキ生徒への指導
訓練室前に着いた俺は耳を立てて中の様子を伺う。先に行ったカナトが何か問題を起こしていないかの確認だ。しかしそこまで騒ぎは無いので特に何も起こらなかったのだろう。
それにしても妙に静かだな。不思議に思いながら訓練室の重い扉を開けると俺の目が開く光景が広がった。
「何をしている!?」
「あっシンリンさん。ちょっとした手合わせっす」
「ちょっとの領域では無いだろう!」
「僕はちょっと体を動かしただけです」
見下すような笑顔で訓練室の中央に立っているカナト。その周りには他の生徒が跪くように蹲っていた。生徒達は竹刀を持っているのできっと模擬戦をやったのだ。
俺がセンリと話していた短時間でカナト以外の生徒は息切れをし、Aクラスで1番強いアサガイ委員長とハルサキの2人でさえ痛みに顔を歪ませている。
「痛ってぇ…」
「カナト族よ、これは訓練だぞ。もう少し手加減を…」
「訓練だから手を抜くのか?生ぬるいこと言ってんじゃねぇよ」
「カナト?」
急に口調が変わったのを見て俺は少し警戒心を持つ。するとカナトは俺に籠から取った1本の竹刀を投げつけてきた。
「シンリンさん。手合わせしてよ」
「……」
飛んできた竹刀を無言で受け取った俺はカナトの顔を見る。笑顔は消えていて、まるで覇気を宿っている顔つきだった。
リンガネのようなただ単純に強くなりたいから戦いたい奴ではない。カナトは命を懸けるくらいの戦い望んでいるのだ。俺はため息をついて竹刀を構える。
「手加減な無し。僕は殺すつもりでシンリンさんに刀を向ける」
「良いだろう。お前達は端に居ろ。手当てが必要な奴はセンリの元へ行け」
「シンリン先生!」
「アサガイ委員長、これはあいつの実力を見るための模擬戦だ。1番最初にお前達もやっただろう?」
「…………カナト強い」
「だから俺も真剣に刀を向けよう」
「そうでなくちゃシンリンさん」
同じようにカナトも構えを取る。残りの生徒達は訓練室の入り口付近に待機していた。起き上がれるくらいならセンリにお世話にならなくても大丈夫なはずだ。
大きな怪我がないことに心底安心した俺は改めてカナトを見た。本当に殺すような目をしている。こいつは一体カゲルにどんな事をされたのか。憎しみを混じったその目はあの時の賊と一致しまうが、俺は刀を強く握った。
「行くよ」
「ああ」
二言交わした俺達は同時に前へと飛び出して行く。バチン!と竹刀特有の音が訓練室に響き渡った。そのまま刀を合わせることなく次の一撃を打ち付ける。
カナトは俺の斬撃を受け止めて弾き返してきた。確かにこの実力はAクラスの生徒よりも上だ。それでも俺の敵では無い。
「ウッ…!」
一瞬の隙を見つけた俺はカナトの脇腹に竹刀をぶつける。痛そうな声を出しながらも倒れることなくまた俺に刀を向けてくるのは何処から来る執念だろうと考えてしまう。しかし脇腹の痛みは徐々に効いているようで次の一撃が俺の竹刀に当たることは無かった。
「…終わりだな」
「……」
「お前は素晴らしい技術を持っている。磨けば更に向上するはずだ」
「……」
「直すべきは殺意がダダ漏れなところか。次にどこに刀が飛んでくるかがわかってしまうぞ」
「……」
「…………先生カナト泣いてる」
「え?」
全然返事をせずに座り俯くカナトにミロクニは俺に教えてくれる。それを聞いた俺はカナトに視線を合わせようとしゃがみ込んだ。でも彼は一向に目を合わせてくれずに下を向く。しかし鼻を啜る音が聞こえたので泣いているのは当たっているようだった。
「ま、まさか!」
「先生どーした?」
「すまない!脇腹の一撃が重かったか!?」
「「「え?」」」
「痣になっている可能性がある。となると冷やさなくてはならない!ああ、クソっ!もう怪我のことでセンリには世話になりたくなかったのにやってしまった!!」
「グスッ、シンリン、さん?」
やっと顔を上げたカナトを見て俺は滝のように冷や汗をかく。目を真っ赤にして泣くほどに斬撃が痛かったらしい。急いでカナトの腰を腕で掴んだ俺は俵担ぎにして訓練室の入り口へ走る。
「アサガイ委員長!医務室に行ってくる!他の生徒は各自体をほぐしておくように!早いが今日の授業は終了だ!!」
「シンリン先生!?まだ結構時間が余ってます!せめて自主練を…」
「お前達も体を休ませろ!」
「委員長族よ。あれはもうどうにもならないだらう」
「ええ!?」
「ああ。それにしてもあの光景は既視感がある」
「………リンガネ」
「やめろ思い出させるな…。結構恥ずかったんだよあれ」
生徒達を掻き分けて訓練室から出れば即座に医務室へと直行する。リンガネの時とは違い、カナトは恐ろしく静かに担がれていた。まだ泣き止んでないのだろう。足をバタつかせないのは俺にとっても楽なので有難い。
「本当にすまない!カナトなら平気だと思ってしまった」
「……平気じゃない僕はお役御免?」
「何を言ってる?もしさっきの一撃が他の生徒だったら最悪気絶していたはずだ」
「……本当に手加減しなかったっすね」
「カナトが言ったのだろう。でもこの事をセンリに言えばきっと面倒臭く説教されるのだな…。まぁ医務室に行かない選択肢は無いが」
「やっぱりシンリンさん変わってる」
「アカデミーの人間は大抵変わってるらしいぞ」
俺がセンリから聞いた言葉をそのまま伝えれば、カナトはフッと笑い声を溢した。震えまじりの声は痛さだけのものなのか。それはまだ俺にはわからなかった。




