穴埋め生徒
一晩時が経ったからと言って全ての後悔が無くなることはあり得ない。それは俺の中でもわかっていた。
朝起きて、ハルサキが置いていってくれた男子会で残った食事を摘んで外の景色を見る。相変わらず空は曇っていてまるで俺の心を表しているようだった。
そのまま時間のかからない身支度を終えて男性寮から出て行く。もう迷うことなくアカデミーの校舎内に行けるようになったのは成長と言っていいだろう。向かう先はAクラスの教室なのだが、どうにも足が重い。
教室に入ってもヒマワリの元気の良い声は聞こえないのに加えてレオンは冷ややかな眼差しで俺を見てくるはずだ。まぁ、その時は他の生徒に助けを求めれば良い。
「…生徒に頼るなんて馬鹿げてるか?」
ボソッと呟いた声は俺の顔を俯かせてる。そのせいでちゃんと前を見ていなくて誰かとぶつかってしまった。
「イッテ」
「イタッ…すまない。前を見てなかった」
「良いっすよ。僕もスマホ眺めてたし」
「ならお互い様だな。それじゃあ」
「ちょっと待った。あんたAクラスのシンリンさん?」
「その通りだが…どこかで会ったか?」
「会ってないっす。でも知ってます。僕これからAクラスに用事があるんすよ。一緒に行きませんか?」
「構わない」
「あざっす」
ぶつかったのは青色の髪の毛をした人間。身長は俺よりも低くてヒマワリくらいの歳だろうか。……ああ、またヒマワリの事を考えてしまう。俺は頭を掻きむしって前を見た。
「名前は?」
「宵宮叶斗っす。気軽にカナトって呼んでください」
「わかった。シンリンだ」
「よろしくっす」
「お前、珍しい名前をしているな」
「そうっすか?普通に日本人の名前ですけど?宵宮が姓で叶斗が名っす」
「姓名?Aクラスの奴らもあるのか…?」
「シンリンって苗字ですか?」
「苗字でも名前でも無い。カムイ王都は前説は付けないのだ。確か異国ではそういう文化があると聞いたが…」
「噂通り変わった人っすね」
「噂だと?」
カナトは青い髪を靡かせながら振り返って俺を見ると何かを企んだような笑顔になる。それがレオンの不気味な笑顔とそっくりに見えてしまって俺は眉を顰めた。
「まぁ変人同士仲良くしましょう」
「答えになってないぞ」
「まぁまぁ。置いていきますよ〜」
「おい」
こいつ自分の事しか考えない性格か?噂の答えを言わずに俺の前を進んで行く。それを追いかけるように俺は早歩きでカナトの後ろを追って行った。
ーーーーーー
「ここがAクラスの教室だ」
「知ってます。滅多に近付きませんでしたけど」
Aクラスの教室前に着いた俺とカナト。相変わらず生意気な返事を返してくる。教室の中は既に生徒達が入っていて、来れる奴は全員来ているみたいだ。俺が扉に手をかけようと伸ばしたら横からカナトが割り込んできて先に中に入ってしまった。
「あっお前…」
「はじめまして〜!Aクラスの生徒さん!僕は元Kクラスの生徒宵宮叶斗っす!この度欠員の穴埋めとしてAクラスに派遣されました!以後よろしくっす!」
「「「「……………」」」」
「あんまり歓迎されていない感じっすね」
「お前は一体何を言っている?」
「お前じゃなくてカナトっす。シンリンさんは何も聞いてないんすか?仮にも教師なのに伝達が遅いんですね」
今までの流れと同じく簡単には教えてくれないカナトは馬鹿にするような笑顔を俺に向けると、ズカズカと教室の中央へ行くと空いている席に座る。
「この机低っ」
そして椅子を後ろに傾けながら足を机に乗せてふんぞり返った。俺はカナトの行動に怒りを覚えて彼が座る机に向かう。他の生徒達も困惑しており何も言葉は一切話さなかった。
「カナト」
「何すか?」
「その机に座るな。そして足を退けろ」
「でもこの席空白でしょ?この体勢は僕にとって1番楽な格好なんすよ」
「ここはヒマワリの席だ。お前の席が欲しければ別で用意する」
「さっきも言った通り、僕はそのヒマワリちゃんの穴埋めでここに来たんす。だから実質僕の席ですよね?」
「もう一度言う。座るな」
「………」
「………」
俺はカナトを睨みつけ、カナトは俺を余裕そうな目で見つめていた。お互いに譲らずに相手が動くことを待っているとカナトの後ろから手が伸びて彼の肩に触れた。
「その席は予約済みなのですわ」
「……誰?」
「はじめまして。生意気な派遣生徒さん。レオンと申しますわ」
「はじめまして。君は確か女装好きの変人っすよね?Kクラスでもたまに話題になりますよ」
「それは光栄ですわ。早くお退きになって?」
「理解が遅いようだけど僕は…」
「貴方はヒマワリの代役ではありませんわ。紛れもなく1人のAクラスの生徒。良ければ訓練室で授業する前に職員室によって机を注文してきませんこと?付き合いますわ」
「………フッ、OK。でも付き合わなくて良いっす。俺1人で出来るんで。そうだ。どうせなら席は貴方の隣が良いな」
「わ、私ですか?」
「アサガイちゃんだよね?Aクラスでもまとも中のまともだ。僕は君に興味がある。席を奪わない代わりに良いっすよね?シンリンさん」
「……アサガイ委員長が良いならな」
「私は構いません」
少し不審がるアサガイ委員長が頷けばカナトは口角を上げて笑顔になる。やっと足を机から下ろして席を立った。
それにしても俺は全くカナトの件を聞いていない。後でセンリか学長に問い詰めるしかないな。そう思いながら横目でレオンの方を見ればあいつは自分の手を力強く握りしめながらも貼り付けた笑顔を保っていた。
その笑顔の奥に怒りが混ざっている。俺の怒りが全て持っていかれたような感じがしてレオンが気が気でならなかった。




