反社会政府
「し、シンリン先生大丈夫ですか?」
「なーんか真っ白くなってんぞ」
「雪に埋もれてるみたいだー!」
Aクラスの教室はいつものように騒がしい。静かになる時はきっと座学の時だけだと思う。それ以外は猿の楽園のようにうるさい。
いつもなら「黙れ」や「静かにしろ」と声を出す俺だが、ここ2日間の出来事によって話す気力も無くなっていた。
「センリ族の新人指導とやらが効いたのだろう」
「まさかカゲルを相手してへばっちゃったわけではないですわよね?」
「……センリ先生、ツヤツヤしてた」
「貴方一体何をされたんだ?」
思い出したくもない。けれどもセンリの顔が頭にあるだけで自然に光景が現れる。
特刀に慣れるためのカゲル討伐までは良かった。数えきれないほどのカゲルの群れへ突っ込んでいき束縛と斬撃を繰り出す姿は自分でも惚れ惚れしたくらいだ。
討伐の最中には日本の民が襲われている場面もあり、助ければ何度もお礼を言われた。カムイ王都でも皇子として平伏するために頭を何度も下げられたが感謝として下げられるのとは全く違う感情が芽生えてくる。
しかし俺の気分が最高潮になった時、悪夢が顔の覗かせた。
「……新人指導のお礼に言うことを聞けと言われた。俺はやるなんて返事をしていないのに勝手にあいつが始めたんだ…」
「何をですか?」
「俺の服を脱がせたと思えば次々に露出の高い服を持ってきて…まるで着せ替え人形のように扱われた…」
「「「……………」」」
Aクラスの教室は俺の言葉と共に静かになる。誰も何も言えないようだった。俺は力を無くしたかのように教卓へ倒れ込む。上半身だけ倒れたその姿は惨めに思えた。
「先生族よ。その、なんだ。ご愁傷様だな」
「ああ」
「アハハハ……センリ先生ってたまにそう言う時あるよなぁ。うん!まぁドンマイ!」
「ああ」
「えっと、それよりもシンリン先生!とても素敵な服になりましたね!なんだか私達の制服とも似ていて団結力が高まりそうです!」
「俺は嫌われるために過ごしているんだ…。団結したって…」
虫のような声で喋る俺に生徒達もどう対応して良いのかわからないようだった。もしこれで嫌われてくれるのであれば全然受け入れよう。するとAクラスの扉が静かに開いて、落ち着いた声が俺達の耳に入った。
「失礼するわ」
「「「学長!」」」
「何の用だ?」
「シンリンの装備が揃ったと聞いて見にきたのよ。それと同時に私から直々にAクラス生徒とシンリンへ任務を与えます」
話の後半になると真剣な声になるリコン学長はいつもの着物姿で姿勢よく立っている。俺は顔だけをリコン学長に向けて任務について聞く。
「俺もか?」
「ええ、今回は生徒だけでは心細いの。教師である貴方が立ち会ってくれるのなら安心して送れるわ。…それより顔がげっそりしてるわね」
「気にするな。で?任務内容は?」
「あら断られると思った。何で俺が行かなくてはならない?俺は指導者だぞ?って」
「少し体を動かして脳内の記憶を無くしたいんだ」
「学長モノマネ上手過ぎ!」
「シンリンは比較的モノマネしやすいのよ。リンガネも挑戦してみたら?」
「OK!後でやってみる!」
「それで学長。私達は何をすれば良いのですか?」
「カゲル討伐はいつも通り。しかし今回は面倒なことがあるの」
「面倒だと?」
「場所がカゲルに人間を捧げる集団の派閥のアジトね」
「……反社会政府」
「何だそれは」
初めて聞く単語が出てきて俺は上半身を起こす。リコン学長は俺がそのことについ知らないとわかると、教卓の後ろにある黒板に何かを書き始めた。
『反社会政府』と書かれた文字の下に線を引っ張って数個の丸を書く。
「反社会政府っていうのはカゲルを神の使いと信じた者達の集まりの名称。いわゆる宗教団体ね。その者達はカゲルを活性化させるために生きている人間を餌として捧げるの。カゲルを討伐する私達とは真逆に育てていると認識してちょうだい」
「その数個の丸の意味は?」
「これは反社会政府の派閥。本当はこれよりも沢山の数がある。今日Aクラスのみんなに行ってもらうのは派閥のアジト。位置の情報を掴んだのよ」
「任務というのはアジトに乗り込んでカゲルを討伐か」
「その通り。それともし生きている人がいたら保護してあげて。カゲルに苦しめられている人々を助けるのもアカデミーが行動する意味よ」
リコン学長は黒板消しで書いた図を消して行く。その行動がこれからの未来を表しているように思えた。俺は立ち上がると側に置いておいた特刀を腰に携える。
「行くか。座っていてもあのババアの顔が浮かぶだけだ」
「はい!リコン学長、目的の場所は?」
「車は手配済みよ。少しわかりづらい場所だから近くまで連れて行ってくれるわ」
「ヒマワリ、先生の隣に座る!」
「好きにしろ」
「しゃぁ!気合い入ってきた!派閥ボコってやろうぜ!」
「ふふっ。リンガネ、今回くらい冷静に余裕をもってみては?きっと素敵な討伐になりますわ」
「貴方も参加するなら心強い」
「先生族の実践しかとこの目に焼き付けよう」
「………うん」
俺が立ち上がったことによって謎の活気がAクラスの生徒に伝わったようだ。いつにも増して盛り上がっている。そんな生徒達を見て、俺は何だかむず痒い感情になった。
「ご武運を祈ってるわ。あと服、似合ってるわね」
「……ああ」




