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1.本日は7月16日土曜日です

「おはようございます、今日は7月16日土曜日です」

 聞き覚えのある優しい声で目を覚まし、霞む視界を目をこすって鮮明に戻す。

「んっ……? ごめんなさい、よく聞き取れなくって、もう一度お願いできる?」

「はい、現在7月16日土曜日、朝の8時です、お名前も必要ですか?」

「それは大丈夫、ありがとう、7月16日……土曜ってことは……」

 あたりをキョロキョロと見渡して現状を把握する、ふかふかの寝具・部屋の間取り・所々に面影らしきものは残ってはいるが、初めて見るものばかりなのに、自分の身体と目の前にいる彼女だけはあの時と変わらない、とりあえず前回からかなり時間が経っていることを実感してため息をついてしまう。


 うなだれている私に彼女は紙とペンと薄い金属板を持ってきて姿勢を低くする。

「もうよろしいでしょうか? こちらにお名前と答えられる範囲で大丈夫ですので確認事項にご記入ください」

 私がペンを走らせている最中彼女はじっとこちらを見つめていた、綺麗な顔から向けられる冷たい視線が痛い。

「これでいい?」

 彼女から受け取ったものを返すと彼女の眼球が左右に何度も動く。

「えっと……一つ聞いてもいい?」

「あっ……はい、なんでしょうか」

 彼女の動きと口から出る言葉が妙にこそばゆい、なにげない質問を投げかけると彼女を少し微笑んであの時と同じ答えを私に返してくれたが、紙に書かれたことを最後まで読み終えたのか、彼女は急にその金属板で顔を隠してどこかに行ってしまった。

「すぐ戻るので少々お待ちください!」

「え? ちょっと!」

 手を伸ばしてみたが特に意味もなく空を切り……落ちていく、あの紙に書いたのは自分の名前・年齢、そして覚えている限りの最後に見た景色、そんなに変なことを書いたつもりはなかったんだけど、何かまずいことでも書いてしまったんじゃと心配になってきた。


「先生っ! 早く来てください、なんでそんなに余裕なんですかっ! 7年ぶりなんですよ?」

「ゆかりちゃん、口調、口調が戻っているよ、それに急いだところで逃げたりしないんだから」

「どさくさに紛れてちゃん付けで呼びましたね!? って今はそんなことどうでもよくてですね」

 突然扉が開いたかと思ったらさっきまでとは打って変わった姿と口調の彼女が誰かを急かしていた。

遠くの方で白衣を着た女性がこちらに近寄ってくる、それに7年……やっぱりそのぐらい経っているんだとわかってはいたが実際に言われると流石に堪えるな。

「お久しぶりですね」

「ほら、やっぱり私の思った通り、理解が早くて助かるよ」

 少し微笑みながら近くにある椅子を引きずって私の目に前に座る白衣の人、ここにいるってことは今日私が目を覚ますこともこの人にはわかっていたみたいだし、相変わらずぶき……不思議な人だ。

「あの口調はどうにも慣れなくて、理由を聞いてもいいですか?」

「あれかい? あれでいて今日までひどかったんだよ、もがっ」

 顔を真っ赤にして会話を遮る彼女にこちらも自然と笑顔になる。

「いつも通りで大丈夫……って言ってもゆかりにとっては7年か」

「確信を得られるまではこうあるべきだと教えられたので、それと現状を把握できていたのならどうしてあんなにテンション低かったんですか?」

 そりゃ……目を覚ましたら姿かたちはそっくりだけど、やけに壁を感じる友人を目にしたらどうしていいのか不安だったのも事実。

「血圧低いからね」

「とても健康体です! どこも悪いところなんてないんですから」

「でも今日は念のため、あんまり無茶はしないで安静にしておいてくれると助かるよ、何か欲しいものがあったら彼女に、それじゃあ私は戻るよ」

「外まで私も、貴方はそこにいて、安静にしてて」


 椅子から立ち上がり手を振りながら部屋から出て行く先生に頭を下げる、部屋に一人だけになり辺りを物色する。

 本棚には漫画や小説がずらりと並び知らない作品ばかりで少し胸が躍る、さっきまで先生が座っていた椅子をもとの位置に戻して机の引き出しを下から順に開けていく、こちらも見たことのない資料や何かの道具が綺麗に整頓されていた、勝手に触るのはよしておこう。

「安静にしていろと言われたけど、この通り健康体だからなぁ」

 大きく伸びをしたりストレッチをしてみたが、身体に違和感はない。筋力も衰えている様子もなくある程度の重量なら苦も無く持ち上げることもできるだろう。


「安静にしてますかー?」

 コンコンとノックの後、彼女が部屋に戻ってきた。腕に抱えた服と冷たいタオルを私に渡すと着替えるように促された。

「色々聞きたいことは山積みなんだけど、とりあえずこの7年間のことを教えて欲しいかな」

「長くなりますよー、あと耐えられますか? 主に羞恥に」

「いつまでこうしていられるか先生が私に伝えなかったってことは、わからないんだよね? そんな顔しないでよ、全部聞くから……それに」

「それに?」

「こうしてまたお喋りできるだけで楽しいから、ね?」

 こうは言っているが、数時間後、まだ一年間しか起こった出来事を話していないのに、羞恥に悶える私に容赦なく話をし続けるゆかりがいるのだから、もうちょっとぐらい言わなくてもいい話もあるだろうに……言葉の節々に棘を感じる。


「よく正気でいられたね」

「その言葉、そっくりそのままお返しします、それじゃあ次の話をしましょうか」

「あとは資料で確認するから大丈夫……どうせ全部書いているんでしょ?」

「はい、貴方の文字と私の文字で書かれた日記が、隣の部屋に全部保管されています、今から全部読むより私が伝え聞かせた方が半分ぐらいの時間で終わりますけど」

「大丈夫」

「さっきいつまでこうしていられるかご心配だったはずでは? 時間を有効に使いたがってましたよね?」

「どんどん口調が最初に戻ってる戻ってる、あと顔が近い」


 こうしてまた、二人の生活が始まっていく、どこか懐かしくもありましょう、真新しいことばかりでもありましょう、最後までごゆっくりお楽しみくださいませ。

更新頻度は期待しないでください。

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