R15 あなたと私の出会いと青春

貴方の顔をそっと覗き込むと、そこにはいつもの貴方の寝顔がありました。

そうです。貴方は私のものなのです。

ずっと一緒にいてくれるって言いましたよね？

過去も未来も共に歩もうって。

ふふっ。

未来はともかく、過去はないでしょう？

だって貴方とは出会ってないのですから。

それはともかく、あのときは私の方が惚れていました。

あれは高校二年の時でしたね。

「す、す、好きです！付き合ってください！」

私は必死になって貴方に頭を下げました。

「ん、まぁ、いい、けど。じゃあ、よろしく」

OKを貰った私は頭を上げ、貴方の顔を上目遣いで見上げました。

格好付けたつもりだったのでしょうが、貴方の口元は完全に緩んでいましたよ。

私は見逃しませんでした。

でも付き合いが始まったこの瞬間、私の口元も緩んでいたかもしれません。

貴方は本当に優しくて素敵な人だから。

そして私達は幸せになりました。

今思うと、貴方はとても不思議な人でした。

どうしてそんなにも優しいのか、何が好きで何を嫌いなのか、私にはさっぱり分かりませんでした。

でも貴方の側にいるだけでとても楽しかったのです。

学校に行くときやお昼休みなど、いつでもどこでも一緒だった気がします。

貴方とのデートはとても楽しいものでした。

二人で遊園地に行ったときのことです。

「あれ乗りたいな」

そう言って私が指差したのは地元でも有名な絶叫マシン。

でも貴方は別の方向を指差して、あっちの方が絶対面白いと言って譲りません。

すぐに分かりましたよ。怖いんですよね。

離れているのに貴方の心臓の鼓動が伝わってくるほどの動揺ぶりでしたよ。

でも彼氏さんに強要するのはマナー違反だと思った私は、貴方にご褒美を用意することにしました。

私はできる彼女さんなのです。

「もし、もしなんだけど。もしね、これに一緒に乗ってくれたら。後でここに顔を埋めさせてあげるよ」

そう言ってちらっと胸を指指しました。

さあ貴方の葛藤が始まります。

結論ありきの葛藤ではありますが、貴方の頭の中がフル回転したはずです。

天使と悪魔が囁いていたことでしょう。

「やめなさい、これは罠です」

「これはチャンスだ、行け」

もちろん貴方は欲望を取りました。

男の子ですね。正直でよろしい。

「えへへー。やったぁ」

私は心の中でガッツポーズを決めながら貴方の腕に飛びつきました。

貴方は恥ずかしくて堪らない様子でしたが、私にとっては至福の時間でした。

結論を出したものの、順番待ちをする長い時間の間、あなたはきっと葛藤を続けていたことでしょう。

手から伝わる心拍数があなたのドキドキを表しています。

そしてついにアトラクションの座席に座る順番がきたとき、あなたは勇気を振り絞って演じてくれました。

「どうぞお姫様」

そう言って奥の席へ座らせる貴方の姿は滑稽でした。

だって手が震えてましたよ。

私は笑いながら座席に座りシートベルトをしました。

となりに座った貴方は調子に乗ってこう言いました。

「俺、こういうの余裕だから。怖かったらぎゅって抱きついてもいいんだぜ？」

「あ、うん、ありがとう……」

貴方は諦めたのか、声音は少し嬉しそうな感じでした。

ふふっ。

私達の後ろには誰もいませんでした。

だから貴方はシートベルトをする前に私を抱き締めてきました。

貴方は気付いてなかったのかもしれませんが、スタッフが私たちを見ていました。

「もう出発するから」

私はそう言って貴方を促し着席させました。

発車のベルが鳴り、その後は貴方の絶叫と無音が何度も繰り返されます。

終わったときは息も絶え絶えで、放心状態になっていましたね。

「大丈夫？はいこれ」

私は自分のハンカチを差し出しました。

それから私たちはブースから出て物影に移動します。

貴方の顔を胸に押し付け、ぎゅっと抱きしめてあげました。

そして頭を撫でてあげると、貴方の心は落ち着いたようでした。

せっかくハンカチを渡しておいたのに、私の胸は貴方の涙でちょっと濡れていました。

まあ、いいですよ。今日だけは許してあげましょう。

ちょっと恥ずかしかったですけど、こんなにも愛されていると実感できたのですから。

そして私たちは観覧車に向かいました。

このデートの終わりを告げる乗り物です。

向かい合わせに座って、お互いに窓の外を見ています。

「ねえ、見てみて。夕日綺麗だよ」

私の言葉に貴方も外を見るために首をひねります。

その瞬間を狙って、私は貴方の唇を奪いました。

初めてのキスです。

私は目を閉じて、貴方の感触を感じようとしました。

でも貴方は驚きで目を開いてしまい、私の瞳と目が合ってしまいました。

私は慌てて視線を逸らし、窓から見える景色に集中しました。

でも顔が熱くなるのが止められませんでした。

貴方も同じだったのでしょうか？ しばらく沈黙の時間が続きました。

私は貴方の手を握ってみたり、膝の上に置いてみたりと、色々試してみました。

そして意を決して貴方の手を握り返してくれた貴方の気持ちに応えたくて、貴方の肩にもたれかかってみました。

私にはこれが精一杯だったのです。

でも貴方も同じように寄り添ってくれて、それがとても心地良かったのを覚えています。

そして観覧車は頂上まで来ました。

「……」

「……」

再び訪れる沈黙。

でも貴方は何かを言いたいような、でも言えないでいるという複雑な表情をしていました。

私はそれを察して、貴方が言うべき言葉を待っていました。

すると貴方は決心したように口を開き、

「好きだ」

と言いました。

それは私がずっと待っていた言葉でした。

でも私はそれでは満足できません。

「えへへー」

私は貴方の頬を指で突っついて悪戯しました。

「何すんだよ！」

貴方は怒ったふりをして誤魔化そうとします。

そんな貴方を見て私はクスッと笑ってしまったのでしょう。

貴方はそんな私を睨んできます。

「ごめんね」

そう言って謝ると、貴方は優しく微笑みかけてくれました。

そして私達は自然と顔を寄せ合い、もう一度キスをしました。

今度は貴方からです。

こうして私と貴方はもう一度愛を確かめたのでした。

私は今でもあの日のことを鮮明に思い出せますよ。

あれは間違いなく私の人生で一番幸せな時間でした。

今思い返すと恥ずかしくなっちゃいますけど、私にとっては大切な宝物なんです。

これから先、どんなことがあっても忘れることはありません。

私は貴方を愛しています。そしてこれからも愛し続けます。

貴方は私のことを忘れたりしませんよね?

だって過去も未来も一緒だって言ったのですから。

ゴン！

いつものように貴方の顔に触れようとした私の手に木枠が当たり、私は我に返りました。

そうでした。

ふと周りを見ると、スタッフが私の顔色を伺っています。

分かっています。

もう時間なのですね。

最後に一つだけ言わせてください。

私は貴方のことが好きで好きで堪らないんですよ。

次に会う時は迎えに来てくださいね。

私は貴方に気持ちを伝えると、スタッフに軽く会釈をして五歩下がりました。

替わりにスタッフが貴方に近付き、白い手袋に持った金づちで金色の釘を打ち付けていきます。

トントントン。

トントントン。

それは貴方の旅立ちを祝福する鐘の音のようでした。