第三話 これが、五分前のこと
「さて、猪から素材も取れたことだし。帰ろうぜ」
「…はぁ」
「ん?どうした?」
森の奥から帰る二人の声が、いつになく森に響いている。いつもは騒々しい獣達の咆哮も、今は鳴りを潜めている。
「アレックスゥ、あなたそろそろ加減ってものを覚えるべきですわぁ?ここら一帯の魔物も五十体以上討伐しちゃって、もう何にも居なくなってしまいましたし…」
あたりを見渡したアセロラが、呆れたように、いや、あからさまに呆れながら、アレックスに苦言を呈する。
「だってよぉ、ここらの魔物はみぃんな、金になる素材を落とすじゃねーか。こんなの、“俺らを金にかえてくれぇ〜“って言ってるようなもんじゃんよ」
「そんな訳ないでしょう!はぁ、そんな性格だから、王国騎士団への編入が認められないのですよ?…実力は充分あるのに」
アセロラは呆れた様子を崩さずに、アレックスと会話を続けている。当のアレックスは、何を責められているのか全くわかっていないようだ。
「いやぁ、だって、俺人助けとかどーでも良いし。動けるうちにたっぷり稼いで、余生は可愛い女の子達と一緒にどっかの田舎での〜んびり―――」
「っ、えいっ」
「いたっ」
アセロラが杖の先でアレックスの頭を小突き、叩かれた部位を押さえてアレックスは涙目になった。
「何すんだよ、アセロラぁ」
「別に、なんでもありませんわ」
「嘘こけ」
アセロラは、アレックスに顔を見られないようにか、帽子を深くかぶり、アレックスの前を先導して歩こうとする。
「…ま、俺にゃあアセロラがいるって事で、満足ではあるんだよなぁ」
「どうしたんですの?急に。ご機嫌取りならいりませんわ」
鬱蒼とした緑の中で淡く存在を主張する青い髪を揺らして振り返った彼女は、あくまでツンとした態度を崩さずに頬を膨らます。
「違ぇよ。本心だ。少なくとも、俺はお前の事を大事に思ってる。昔からな」
「昔…」
アレックスは、空を見上げながら思考を巡らせ、頭の中を探す様に視線を右往左往させる。
「子供ん頃からずっと、お前が大事だった。村を魔王軍に襲われて、お前が一人になった時から、ずっと」
「…そんなの、何年前の話ですの?」
「お前が今年で十七になったろ?それで、村にあいつらが来たのが五歳の時だから、十年も前の話さ」
アレックスの言葉に、気づけばアセロラは聞き入り、顔を隠すのを辞めていた。
(あん時は、大変だったなぁ…でも、あの時の悲劇があったから、俺は…)
心の中で言葉を響かせながら、アレックスは見る。
自分の事を見つめる愛しきアセロラを。
「―――ど、どうしたんですの?」
「・・・いやぁ、大きくなったなぁと思ってよ」
水色の髪に手を置き、清流を掻き混ぜるように荒く撫でた。
「ちょ!ちょっと!急になんですの!?それに髪がっ、髪がぁっ!!」
「最近撫でてなかったからよ!!はっはっは」
高笑いを空に放り、また急に頭から手を離すと、アレックスはアセロラを追い越して森の出口の方を見る。
(・・・またいつか、言える時に言えば良い)
そう考えながら、前世では絶対に無かったであろう大切な人への想いを心に捩じ込み、しまう。
(前の俺とは違って、俺にはまだまだ時間がある。人間には負けねぇだろうし、魔物相手でも断然、俺が優位だろうし、これから考えりゃ良いな)
そう考えて、暗い森を出ようと再び歩き出した、その時であった。
「―――やぁ、探したよ?」
「・・・ん?」
アレックスの見ている先に、ちょうど十メートル程向こうに、白いマントの青年が現れたのは。