86 裏切り者の正体
城の住人がみな寝静まり、起きているのは見張りの兵士のみとなっているころ、闇夜に乗じてフードを被った男はクレハ達が眠っている部屋の前にたたずむ。本来であれば見張りの兵士が常にいるはずだが、なぜか今はいない。フードの男は何やら部屋の前にて小声で言い争いをしているようだ。
「ちょっと、私の仕事は見張りの兵士をどこかにやることでしょ、どうして私も襲撃に加わらないといけないのよ」
「だから言っただろ、ここまで来るのに俺一人しか来ることができなかったんだよ。標的は二人、一度で仕留めるのなら二人必要だ。とにかくこのナイフを使え、始末してしまえば何も問題ない」
「分かったわよ、報酬は弾んでもらうから!」
「分かった、分かった。上に報告しておく」
そうして、二人は誰にも見つかることなく、クレハ達の寝室に侵入する。それぞれがベッドの前に来ると互いに目を合わせ、同時に布団のふくらみにナイフを振り下ろす。しかし、振り下ろしたナイフには手ごたえがなく、次の瞬間叫び声が上がる。
「突入!賊を捕らえろ!絶対に逃すな」
叫び声と共に兵士が流れ込み、瞬く間に侵入者の二人は取り押さえられる。兵士たちが侵入者を取り押さえたのを確認すると兵長はクレハ、ルーク、サラ、王妃の四人を呼び出す。三人は進入者の1人の正体に驚きを隠せず、サラなどは取り乱している。
「兵長の報告を信じていないとは言いませんが、まさか本当だったなんて。どうして、なぜなのです!」
「兵長さんの言うことは本当だったんですね、ロドシア、あなたには近々クレハの湯を任せようと思っていましたのに本当に残念です」
「姉さん、嘘でしょ!ねぇ、嘘だって言ってよ、そいつに無理やりこんな事させられているんだよね。姉さんがスパイなんて何かの冗談だよね」
サラの問いかけにロドシアは何も答えず、サラもようやく目の前のことが事実であると受け入れる。サラは力なくうなだれ、涙を流し始める。王妃はサラがこれ以上ここにいれば負担になると考え、兵士に命じ別の部屋に連れていかせる。
「ロドシアどうしてなの?なぜ、あなたはこの国を裏切ったのですか?いいえ、この際国を裏切ったことよりも、どうして、たった一人の妹を裏切ったのですか!」
「そんなのお金のために決まっているじゃないですか!それ以外に何があるというのですか」
「ふざけないで!たかがお金のために妹を裏切るなんてどうかしているわ」
「たかがお金ですか、あなたにはわかりませんよ。王妃であるあなたに、お金がない苦しみが分かるわけないでしょうね。毎日、毎日、食べ物にありつけなければ死んでいく、そんな環境をあなたは知らない。そんな経験をすればどれだけお金があっても足りない、どれだけ手に入れようと満たされない。いつか失ってしまうかもしれない、そう考えればどんなことをしてもお金が欲しくなる。」
そんな彼女の言い訳に王妃は平手打ちをし、ロドシアを黙らせる。
「黙りなさい、あなたがいくら言い訳を述べようと私やクレハ、そしてサラを傷つけたことに変わりないわ。あなたの処分は追って言い渡します。ですが、ここまでのことをしたのです、恐らくあなたは死刑でしょう。刑に処される前にせめてサラにだけは謝っておきなさい、家族は大切にしなさいよ」
王妃が兵士に命じると二人は牢獄へと連行されていった。残された三人には重たい空気が流れていた。
「クレハ、この度は私のメイドが迷惑を掛けました。本当に申し訳ないです」
「いえ、その件は王妃様に責任はありません。それよりも王妃様こそ大丈夫ですか?長年仕えていたロドシアがこんなことになって」
「私は何とか大丈夫です、ですがサラが心配です。本当の姉妹ではありませんが家族のように慕っていたので。先ほどもかなり取り乱していたようでしばらくは休ませてあげる必要があります。私も少し部屋で休みますね」
王妃が部屋を出ていくと先ほどまで蚊帳の外だったルークはクレハを心配する。ルーク自身はロドシアと面識がなく、むしろクレハの誘拐の共犯だったため、怒りしか抱いていなかったが、裏切り者の正体がロドシアだと知ったクレハは明らかに悲しそうな表情をしており、心配になる。
「オーナー、今日は遅いですからもう休みましょう。ロドシアさんのことは残念でしたが今は休むべきです。このことに関しては明日話し合いましょう、絶対に僕がお話を聞きますから」
その言葉を聞き、クレハはルークに微笑む。
「ありがとう、ルーク。あなたの言う通り、今日はひとまず休みましょう」
その日の出来事は様々な人間の心に傷を負わせるものとなってしまった。
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