79 黒幕
クレハが次に目を覚ましたのはどこかの牢屋だった。ここは洞窟のような場所ではなく、どこかの建物の地下のようだ。牢の中は衛生的とは言えず、ひどく匂った。クレハが目を覚ましたのを把握していたように牢に近づいてくるものがいた。
「ようやく起きたか、クレハだな。さて貴様にはいろいろ話を聞きたいものだな」
「あなたはいったい誰なんです?それにここはどこなんですか?」
「おやおや、コーカリアス王国で塩を開発した人間の言葉とは思えんな」
どうやら、クレハの前に現れた男はコーカリアス王国で塩を作製した人間がクレハであると知っているようだった。この件に関しては王妃が厳重に管理すると約束していたこともあり、秘密が漏れていることにクレハは驚きを隠せない。
「なぜ、あなたがそれを知っているんですか?」
「ふむ、紹介が遅れたな。私はアルタル王国の宰相だ。お前のおかげで我が国は多大な損を受けたものだ。貴族たちの中にはすぐにでもお前を殺せと言う者もいるが私はそうは思わない。お前にチャンスをやろう、調べたところによるとお前は誰にも思いつかないようなアイデアばかりをひらめいて商売を成功させているらしいな。その頭を使って我が国の歩兵の武具の開発を行え、いいな」
「私が誘拐犯の言うことを聞くわけがないでしょう、しかもアルタル王国なんて国に利益をもたらすのはごめんです」
「そう言うと思ったぞ、だがその時はお前の大切にしている従業員に痛い目にあってもらうぞ、確かルークといったか?」
クレハは宰相がルークに手を出す気だと知り、激怒する。本物の家族と呼べるものがいないクレハにとってルークは家族同然であるからだ。
「ルークに手を出せば、私はあなたを許しませんよ」
「なら、さっさと開発を行え。これが完成すれば開放してやらんでもないぞ」
「分かりました、本当に開発が終われば解放してくれるんでしょうね」
「ああ、もちろんだ。我々に協力すればすぐに開放してやろう」
宰相の言葉を信じているクレハではないが、塩の秘密が漏れた今、彼の要求に従わなければルークに危害を加えるというのは嘘ではないだろう。そのため、クレハは仕方なく宰相の要求に従う。
「仕方ありません、あなた達に従いましょう。でも、なぜ歩兵の武具などの開発を行うのです?」
クレハが宰相に尋ねると嬉しげに自分の計画を語り始める。どうやら、自らの計画を他人に聞かせるのが楽しいのだろう。
「我が国は貧しいが人間だけはいくらでもいるからな、兵士の装備を良いものに変えるだけで数の力を活かすことができ、その効力を十分に発揮できるであろう。そうして周辺諸国を我が国のものとすれば陛下も大変お喜びになる。そうすれば私の宰相としての座も安泰だ」
「あなた達、戦争をする気ですか!そんなことをすれば大勢の人間が死んでしまいますよ!」
宰相はクレハの言葉を聞き、いやらしい笑みを浮かべる。
「そんなことは知ったことではない。兵士がいくら死のうが結果的に領土を手に入れればそれでいい。大切なことは陛下にお喜びいただくことだ、その過程で平民がいくら死のうが興味はない」
「そんなことをしていれば、いつか痛い目にあいますよ」
「勝手に言っておけ。さて、私は忙しいからな、こんな臭いところにいつまでもいれば鼻がまがってしまう。次に兵士が来るまでにアイデアを考えておけよ、でなければお前の飯はなしだ。せいぜい我が国の役に立つのだな」
宰相は汚い笑みを浮かべながら兵士たちと共に牢屋を去っていった。一人残されたクレハは牢屋から逃げ出すこともできず、どうすることもできなかった。しかし、クレハはルークならば自分が期限以内に商会に戻らなければ何か問題ごとに巻き込まれたと考え、探し始めてくれるに違いないと希望を捨てなかった。
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