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二重人格者の初恋  作者: 乃木希生
8/62

8話目

その日の午後、俺は珍しく担当医である田畑先生の元を訪れた。

「先生、少し相談したいことがあるんだけど。」

「ヒロシか。珍しいな、君が研究室に顔を出すなんて。明日は春なのに大雪でも降るのかな?」

「ひどいなぁ、先生。検査受けようって思ったことがそんなに珍しいかね。」

「珍しいでしょ。1年以上も検査サボってきてるんだから。で、本当は何しに来たんだい?」


田畑先生は俺が研究室に来た理由が検査ではないことを見透かしているようだった。


「さすが先生だな。」

「当たり前だろ、君たちとは何年間の付き合いだと思っているんだ。」

「先生には嘘つけないな。」

「つける相手でも嘘はつかない方が良いけどね。」

「でも、嘘も方便ってことわざがあるように、時には嘘を付いて良い時もあるんじゃないの?」

「そりゃまぁ、時と場合によっては嘘を付いた方が良いって事もあるとは思うが。どうしたんだよ、本当に。いつものヒロシらしくないな。体調でも悪いか?」


「いや、体調はバッチリだよ。」

「じゃあ、どうしたんだ。」


俺は、少し黙った。

「なぁ、先生。二重人格者って、恋しちゃダメだよな、やっぱり。」

突然の問いかけに田畑先生は、答えを必死に探しているようだった。暫くの沈黙の後、先生が口を開いた。



「二重人格者だから恋しちゃいけないって事はないと思う。ただ、社会や法律といった制度であったり、私以外の他の人の理解が追いついていない現状では正直、恋しても辛いだけだと思う。」


俺は田畑先生を信頼している。その要因の一つが、思ったことを嘘つかずに伝えてくれるところだ。

「どうして、辛いだけだって思うの?」



「色々と要因はあるが、大きなものの一つに結婚がある。仮に、ヒロシとその女性が結婚したとしよう。その後、もしサトシにも好きな人が出来たとしたら?


身体は一つである君たちは、一人の女性としか籍を入れられない。早いもの勝ちというルールでお互いが納得するなら良いが、人間の感情っていうのは面倒でね。とくに誰かを愛するという感情は、理性では抑えきれないものなんだ。


だから、いくら早いもの勝ちというルールを今作り上げ、お互いが納得していたとしても、絶対にその約束が邪魔になるし、自分の想いを達成するために、最悪の場合、お互いがお互いのパートナーに嫌われるような行動を取るかもしれない。


そうなったら、ヒロシとサトシ、お互いの愛する人の4人は絶対に不幸になる。


そんな事をするはずがないって顔してるな。でも、君たちはお互いのことを正しく理解出来ていると言えるかい?

友人同士なら会って会話をして、相手の思考や仕草、好き嫌いなどを把握できるが、君たちはそれが出来ない。


コミュニケーション手段はポストイット。ビデオメッセージという手段もあるが、それでも限界はある。

まして、1日置きに入れ替わる身体だ。相手が主導権を持っている間、相手が何をしているか確認しようがない。


女性に二重人格であることを打ち明けたとして、それを頭では理解できても、心で納得して付き合える女性は、ほぼいないだろう。目の前にいる人物の顔は間違いなく、その女性にとってはヒロシなんだから。


喋り方や仕草が多少、異なっていてもそれだけで別人と判断することも難しい。


仮に女性が受け入れたと仮定しよう。


それでも、やはり自分の彼氏と同じ顔してるサトシが知らない女性と仲良く手を繋いで歩いている姿を見て冷静でいられるだろうか?外見だけでは判断が出来ないんだから。浮気をする為の作り話だと少しでも疑われたら最後。


一度芽生えた不信感は消えることは無い。


ところで今、ヒロシは気になっている人がいるのかい?」


「実は、今日公園であった画家の女性がどうしても頭から離れないんだ。」

「そうか。ヒロシが気になるってことは、相当素敵な女性なんだろうな。さっきは否定的な話をしたが、結婚するかどうか。そもそも付き合えるかどうかも分からないのが現状だとするなら、一度デートしてみたらどうだ?」


「デート?俺が?」

「お前以外に誰がいるんだ。サトシがお前の代わりにデートしても仕方ないだろ。」

「そりゃ、そうだけど。でも、デートなんてした事ないから、何すれば良いか分からないんだけど。」

「そこらへんは、俺や研究室のメンバーを頼れ!俺は見た目はこんなでもほら!一応、結婚出来ているし、なぜか私の研究所を志望する学生たちは、モテる人種が多いから、色々とアドバイスもらえるぞ。」

「ありがとう、先生。でもまずはサトシに相談してみるよ。」

「そうか。確かにまずは相棒が最初だな。」


「それで、これまで禁止されてきたビデオメッセージでサトシとコミュニケーション取ってみたいんだけど、良いかな?」

「ビデオメッセージか。それはお互いの承諾がないと認められないなぁ。まずは、今日の日記に経緯を書いて、サトシに打診してみたらどうだ?」

「そうだね。サトシに聞いてみるわ!じゃあね、先生。」

ヒロシは急いで荷物をまとめると研究室を飛び出していった。



「さて、どうしたものか。遅かれ早かれ生じる壁だと思っていたが、とうとう表れてしまったか。」

先生は天を仰いだまま、数分間微動だにしなかった。

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