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佐々木くんによるハイスペ男子の(恋の)観察

佐々木くんによるハイスペ男子の(恋の)観察

作者: ゼン

 最近の椋本(むくもと) 由直(よしなお)は機嫌が悪い。


 彼の友人である佐々木は、その理由に何となく見当が付いていた。

 だがそれを指摘はしない。なんせ奴ときたら、かつて見たことがないくらい苛ついているからだ。八つ当たりが怖いし、薮は突きたくない。

 佐々木はいい天気だなあといつもよりも馬鹿っぽさを全面に出しながらへらりと笑い、由直の機嫌の悪さを見て見ぬ振りをすることにした。

 触らぬ由直に祟りなし、である。


 さて名門と名高い東校。高等部の椋本 由直と言えば、ちょっとした有名人だ。


 面倒だからと手入れをしないと言うにもかかわらず彼の髪は、男のものとは思えない光沢を持っている。風に靡く黒髪はさらさらと音がしそうだ。

 冷たそうな切れ長の目、口元にある二つに連なった黒子(ほくろ)と色気の相乗効果をもたらしている。

 身長は一八五センチ以上あり、体格もしっかりしている──夏の体育の授業の時に、体育着で汗を脱ぐった際に見えた腹筋に黄色い悲鳴が上がった。このことからただのヒョロノッポでないことが証明されている。

 ちなみに頭の出来もすこぶる良い彼は、日本語を抜いた三ヵ国語を流暢に話せるとか。

 つまり、由直は滅茶苦茶で破茶滅茶におモテになる。


 凄いのは、由直だけに在らず──彼の家族も凄かった。

 父は大手有名IT会社の最高経営責任者(C E O)で、兄は大学生でありながら父の子会社の経営を任されている。母はやんごとない家の末裔で『世が世ならお姫様』であり、華道家として名を馳せている。その母の美しさを引き継いだ妹は、某有名ティーン雑誌モデルをいくつか掛け持ちしている。


 言いたいことがお分かりいただけたろうか。


 由直は、佐々木から見て──いや誰から見ても『勝ち組』である。

 持っていないものはないだろう。

 欲しいものは何でも手に入れられる。


 Q. では、由直は『何』に苛立っているのでしょう?


 A. 井守(いもり) (うた)が由直のところへ来なくなった為、である。


 由直が見つめ──いや、睨んでいる教室の扉から彼が望む人物が飛び込んで来なくなり早十日。

 中等部の頃から合わせて四年半あった習慣はなくなった。

 ナオくん、と扉を元気いっぱい開ける少女を由直はいつも鬱陶しそうにしていたが……来なくなると寂しいのだろうか?


 詩は由直の幼馴染の女の子だ。

 幼馴染だからと言っても、由直みたいなスペシャルでびっくりな家族構成なのではなく、ありふれた中級家庭の生まれの、どこにでもいる平凡な女の子だ。

 佐々木から見た詩は、まあまあの見た目だと思う。平均の中のさらに平均。どう贔屓目で見ても中の上のレベルだ。

 由直と並ぶには華が足りない。そんな女の子だ。それでも詩は由直が大好きで、それを隠すことはなかった。一日三回は告白してると彼女本人から聞いたことがある。


「ナオくん今日も大好きだよ」

 そう言って笑う詩は可愛かったかも知れない。あんなに一途に思われたら佐々木なら嬉しいし、ふとした瞬間の『あれ、こんなに可愛かったっけ?』的なものが詩にはある。これを何気なく言った時、佐々木は殺人鬼みたいな目をした由直に睨まれたのを覚えている。

 あれは怖かった。もう二度と詩を由直の前で褒めたりしないと誓った佐々木である。


 由直が詩を好きか、なんて佐々木は考えたこともなかった。他の女の子よりは仲は良いが幼馴染特権とやらでは? と思っていた。もしくはペット枠。

 理由は、由直には常に彼女がいるからだ。

 由直はあんなお綺麗な顔をしておいて中身は結構なゲスの極み野郎だったので、別れを切り出されることも少なくなかった。

 その度、詩が由直に言っていた「付き合ってナオくん」を佐々木は何度か聞いたことがある。そしてそれは素気無く断られていた。新しい彼女が三日も空けずにできる由直だ。詩は眼中にない。


 しかし、由直は詩に冷たかったかと問われれば、そうではない。由直のファンに詩が絡まれた時は庇っていたし、そばにいることも許していた。

 でも恋人ではない詩はしょっちゅうドタキャンされたり待ちぼうけを食らっていた。

 佐々木はこれまた何度もその場面に出くわしたことがある。いや、出くわした、は意味が少し違うかも知れない──由直の「今日はやっぱ無理」や「先約入った」などの伝言を佐々木が伝えに行った時、だ。

 詩は笑っていた。(から)元気だったように思う。

 由直と詩の二人と幼馴染であり、詩の親友でもある(あお)と言う人物はいつもそんな詩のそばにいた。


「あんな奴、よせばいいのにね」

 佐々木は蒼のその言葉に大きく頷いた。

 佐々木は詩が泣いていたり元気がないところを見たことはないが、蒼はあるのだろう。そうでなければ出ない台詞だ。


 蒼は話しやすく、佐々木ともすぐ打ち解けた。好きな子がいることを蒼に相談をすれば的確なアドバイスが貰え、佐々木には彼女ができた。


 由直と詩を見ていたからか、それとも蒼のアドバイスのおかげかは知らないが佐々木は彼女をうんと大事にした。そもそも、好きな女の子には優しくしたい派だ。

 沢山の女の子にモテるより、好きな女の子にモテたい。

 ナンバーワンより、オンリーワンだ。

 彼女もそんな佐々木のことを大事にしてくれた。


 *


 十組の詩が一組の由直に会いに来なければ必然的に、佐々木も詩との接触が減った。

 しかし、そこは自称フッ軽の佐々木である。


 借りなくてもいい教科書を借りに十組にいざ出陣。


 結果から言うと詩から教科書は借りなかった。

 詩は交通事故に遭い松葉杖を使わねば移動できなかった為、蒼が自分が代わりにと申し出たのだ。


「詩ちゃんだったんだ……事故ったの」

 十組在籍の女子が交通事故に遭ったのは全校集会で知っていたが、それが詩だったとは……。

 佐々木は窓際にいる詩に大きく手を振った。

 手を振り返しニコニコ笑う詩の頬には大きなガーゼがあり、痛々しい。


「痕残らなきゃいいな」

 女の子だし、と佐々木が眉を八の字にしながら言うと、蒼が腕を組んで深く頷いた。


「本当にそうだよ。詩ってば小学生の女の子庇ってあの怪我作ったんだから」

 元気になったら無茶するなって叱ってやって、と言う蒼に、佐々木は機嫌の悪い由直のことをなぜか話せなかった。


 蒼は由直を嫌っている。

 由直は嫌っているわけではないが蒼が苦手な雰囲気を感じる。

 原因は、高い確率で詩であろう。







 *




「あれー? 詩ちゃんだ! なんか久しぶりだね」

「わっ佐々木くん、本当、久しぶり」

「怪我はもう大丈夫なの?」

「松葉杖生活はつい先週終わったよ。検査は必要で通院してるけどね」

「検査?」

「事故の時、頭ぶつけて意識不明になっちゃってさ」

「え!? 頭大丈夫だった? ……あ、違う、なんか、失礼な聞き方になっちゃった、ごめんね」

「あははっいいよぉ。うん、頭はね、なんかいっぱい検査して……まあ、ちょっと色々あるみたいだけど、うん。大丈夫。多分」

「え? え? 歯切れ悪いけど、本当にそれ大丈夫だった?」

「んと、一部記憶がなくなってるみたいで……」

「……人ごとみたいに言うね?」

「だって……なくなってる記憶自体が何なのか分からないんだもん」

「……ああ」

「生活に支障はないし、あたし的には平気なんだ。でも病院の検査は定期的にしましょーって」

「……詩ちゃんのなくなってる記憶は戻らないの?」

「分かんない。戻るかも知れないし、戻らないかも知れないって言われたよ」

「そっか……」

「ああもう、そんな顔しないで佐々木くん。心配してくれてありがとね! あたしは元気だし、大丈夫だよ」

「……うん」

「大丈夫! 死ぬこと以外擦り傷だよ! 記憶が戻らなくても全然へっちゃらなんだから」

「あはは。でも、蒼が心配するからお転婆も程々にね」

「あれぇ、佐々木くんって蒼ちゃんのこと呼び捨てにしてた?」

「ん? そうだけど?」

「え〜そうだっけ? じゃあ、あたしも呼び捨てにしてよ」

「んー詩ちゃんは、詩ちゃんって感じだから無理」

「ふふっ、何それ。佐々木くんだって、佐々木くんって感じだし」

「あはは、それよく言われる。あ、悪い。彼女から連絡来たからここでバイバイだ」

「うん、また学校でね」

「蒼にもよろしく言っておいて」


 春休み中、駅前でばったり会った詩は、松葉杖と顔のガーゼが取れていた。

 傷はよく見ないと気にならない程度だと笑うが跡が残ったことは事実だ。

 佐々木は先程の会話を反芻しながら、なぜ由直に詩が会いに来なくなったのか仮定を出した。


「どうりで蒼が会わせたがらないはずだ」


 佐々木は大きな溜息をひとつ落としてから待ち合わせ場所に向かった。


 ──詩がなくした記憶は恐らく……。




 *







 春休みが終わって進級しても、持ち上がりのクラスなので特に面白味は感じられない。詩が来なくなってしまった分、つまらなくなったとすら感じる。しかしそれももう慣れた。

 由直は相変わらず教室の扉を気にしている(睨まなくなっただけマシ)。

 気にしても詩は飛び込んで来ないのだが。


 あの後、蒼に問いただせば、詩がなくしたのは『由直を好きだという気持ち』『由直を好きだった思い出』だと教えてくれた。それは今でもすっぽり抜け落ちている。

 予想していたものと少し違った回答だった。佐々木が予想していたのは、由直自体を忘れてしまったというものだから。


 つまり、詩に由直の記憶はある。

 ただの(・・・)幼馴染としての記憶が。

「キラキラしい幼馴染」

 これが今の詩の由直への認識だ。有名人過ぎて話すのも畏れ多い、と。蒼伝いに知った。


 何でも持ってて、待ってるだけで欲しいものが手に入るということは、案外良いことではないのかも知れない。

 佐々木はほんの少ーし(爪の先ほど)だけ由直に同情した。由直は佐々木の同情なんて全く要らないとは思うが。


 そばにいなくなって初めて気付く──いや、由直はまだ自分の気持ちに気付いてない。

 由直は恋愛音痴と言うか……人間関係が下手くそなのだ。


 気付いた時、頭でも下げるものならアドバイスしてもいい。

 ……でも、あんまりのんびりしていると横から掻っ攫われてしまうかも知れない。


 ……例えば、そう。蒼──(ひいらぎ) 蒼司(あおじ)とかに。 


 佐々木は男女の友情ない派だった。だから蒼は詩を好きなのだろうと決めつけている。

 幼馴染の三角関係……なんとも面白そうだ。




 由直(少年)よ、大志を抱け!


 あのハイスペックは一回くらいは失恋して、鼻っ柱折れる経験もありなのではないだろうか。

 いずれはビッグになる男だが、失恋しないで大人になることなど許せない。十代のうちに失敗や失恋しないでいつする。

 どこかの偉い脳科学者が言っていた──若いうちに大きな失恋をしないと大脳が育たない、と。


 ならば、育てねば。

 佐々木は決意した。


 失恋したら(むしろ失恋しろ)その時は慰めてやろう。


 見た目の良い男の横顔を見ながら思う佐々木なのであった。




【完】

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