ひとめ会ったその日から
王城での仕事体験も、昨日で終わりを告げ、街で土産をゆっくりと選び、疲れている旨を御者に伝え、なるべくゆっくりと、馬車を走らせたはずが、私の心とは裏腹に、昼過ぎには家に着いてしまった。
父母も、妹も王都にいるのだから。
王都の屋敷に戻るのは、わかっている。父母はどちらでも良いが、可愛いカメリアには会いたいと思っていた。1年も会っていないのだから、大きくなっている事だろうし、可愛さも倍増しになっているかもしれない。
私は、アレの事は都合よく忘れる事にした。
まず、執務室にて父母に報告をし、カメリアに土産がある事を伝え、部屋にいるかを確認した。
「リアちゃんなら、お部屋でリリーナちゃんとお茶会よ。」
「友達がいらしてるのですか?では、後にしましょう。」
そう言うと、母はコロコロと笑った。
「いやだ、リリーナちゃんは、去年生まれたリリーナちゃんよ。ダフネちゃんの子どもの。」
リリーナとは…アレかぁ。
私は、顔が引きつるのを辛うじて抑え、笑顔を見せた。
「では、土産を渡しに、リアの部屋に参ります。」
それ以上は、何も言えなかった。
人は、苦手なものと対峙する時は、言葉少なに、なるものなのだな。
カメリアの部屋の前で、戦いの前の戦士の様に、気持ちを奮い立たせた。
アレとの対峙は、もはや私の中では戦いなのだ。
ドアをノックし、開けると……そこには、天使がいた。
カメリアではない。
いや、カメリアは、妹として最上に可愛いのだが、それが霞むほどの清らかな天使が、私に微笑んでいた…
その時の私は、多分…間抜けヅラだったかもしれない。
口を開けたまま、しばらく動けず、声も出せず、ただただ、天使の顔を見つめていることしかできなかったのだから。私の目は、周りは何も見えず、天使の顔だけが輝いて見えた。
「お兄様、お帰りなさい。漸く会えて嬉しいわ。」
カメリアが、声を掛けてきたのが遠くに聞こえ、私は、正気を取り戻した。
「あ、リア。ただいま。1年見ない間に、素敵な淑女になったね。」そう言いながら、いつもの様に高く抱き上げ、くるくると回った。
カメリアは、笑い声を上げながら、「お兄様、淑女にこの様なくるくるは似合いませんわ。私、7歳になりましたのに。」と、顔をしかめて見せた。
「前までは、直ぐに『くるくるをして〜』と、強請られたのに、寂しいな。」
笑いながら、カメリアの、幼い頃の口癖の真似をして見せた。
「それは、幼い頃の話ではないですか。恥ずかしいですわ。」
と、はにかむので、頭を撫でてお土産を渡す。
「こちらの淑女に、私を紹介してくれないか?」
「初めてお会いするのよね。私の大切なお友達の、お人形のリリーナよ。」
「はじめまして、リリーナ。私は、カメリアの兄のステアルト。ステアと呼んでいただきたい。」
そう言いながら、白く愛らしい右手を取り、磨いた貝の様な輝く爪の先にキスをした。
それだけで、私の心は震えた。紳士的に、自己紹介できた私を、自分で褒めたいくらいだ。
あぁ、輝く絹糸の様なピンクベージュの髪。瞳は外側が空の様に青く内側になるにつれ、緑、黄色に変化して…宝石のようだ。唇も、プルンと艶やかで、甘露な果物の様だ…
はっ!私は、何を考えていたのか。ここにこのまま居たら、おかしくなってしまうかもしれない。
早く退散せねば。
「えー。カメリア、お茶会の邪魔をして済まなかったね。」
「リリーナ嬢、楽しんでくれ。」
そう言いながら、私は逃げる様に、部屋から出て行った。
あぁ…リリーナは、私に一言も声を掛けてはくれなかった。
いや、それで良い。
あそこで、声を聞いてしまったら、私は正気を失っていたかもしれない。
姿を見られただけでも、満足だ。
だが、本音を言えば、あの部屋にずっと居たかった。
ずっと、リリーナを眺めていたい。
ぼーっとしながら、自分の部屋に戻り、机に向かい届いている手紙などを見ようと思っていたのに、全く頭に入らず、リリーナの事しか考えられなかった。
今まで、この様な状況になる事などなかったから、自分の心の変化に対応しきれずにいた。
悶々としていると、目の前にアルベルトがいて、驚いてしまった。
「なんだ、アル、急に現れて。ノックはしたのか?聞こえなかったぞ。」
「したさ。聞こえなかったって、何を考え込んでるんだ?何だか顔が赤いな。熱でもあるのか?」
アルベルトが、そんな事を言い出すので、リリーナの事を思い出し、さらに顔が赤くなってしまった。
「なんでもない。熱などないから、大丈夫だ。」
「ふーん……」
アルベルトは、半眼で私を見た。
「なんだよ。恋でもしちゃったか?ステアが、カメリアちゃん以外に、好きになる様な令嬢が城にでもいたか?」
その一言で、気が付いた。
私は、恋をしたのかーーーーーーリリーナに。
私は、嫡男だから結婚をして、子を成さなければならないのは、理解している。
貴族なのだから、政略結婚で十分だとも思っていた。
しかし、リリーナに出会ってしまった。人ならば、思いを伝え、上手くいけば、結婚もできるかもしれないが、相手は人形だ。結婚は、無理だろう。
ましてや、子を成すなど……私は、ため息しか出なかった。
そんな、私の姿をアルベルトが、じっと見ていた。
「どうした?結婚は難しい相手か?ステア、初恋だろ。恋を楽しめよ。貴族の結婚は、政略が殆どなんだから、うまく行っても、いかなくても、自分の糧になるんじゃないのか?人生の幅を広げるためにもな。あぁ、恋はしても、子は作るなよ。騒動の元だからな。」
アルベルトが、ニヤリと笑いながら、そういった。
珍しく、良いことを言うアルベルトの言葉が、私の心に染み渡った。
最後の言葉は、余計な気がしたが。
そうだ、私はこの恋を気高く昇華させるために、行動しようと心に誓ったのだ。




