思い出は、胸いっぱい
よろしくお願いします。
私は、リーフラウ国バンブーナ侯爵嫡男、ステアルド・ヒペリカムだ。
領地は、バンブーという植物での産業が盛んで、細工にしても良し、炭にも出来る。そして、若芽は食べる事も出来るという素晴らしく有用な‥‥と、こんな事はどうでも良い。あ、良くは無いが本題はそちらでは無い。
バンブーナ侯爵といえば、奇跡の人形を途切れさせる事なく、受け継いでいる。
それが、一番有名だ。
なんせ、[奇跡の人形]と、言う位だから、育てるのも大変だと聞いている。
アレは、女系のみ相伝されるものだから、私は受け継ぐ事は出来ない。
まぁ、受け継ぎたくも無いが。
ーーーー大体、アレには良い思い出がない。
持ち主に忠実な、生きてる人形だが、アレには、心があるのだ。そうとしか思えない。
そうでなければ、私にあの様な対応をするとは思えない。
幼い頃、悪戯をした後で、母に部屋に呼ばれて注意を受けてる時、ふと視線を感じて、そちらを見ると、残念な生き物を見るかのような目。
視線の主は、母の人形だった。
目は、口程に物を言う。と、言うのは、誰の格言だったか、まさに、私はそれを体感した。
あんな目つき、父上にもされた事無いのに!!
それ以来、悪戯を思いつき、実行しようとするとあの目つきを思い出してしまった。
悪夢だ。
いや、夢では無く、現実なのだが。
そのお陰で…なのかなんなのかわからないが、『最近の坊ちゃんは、大人にお成りあそばして…』と、爺に嬉し泣きをされてしまったり、父上からも、『さすが、我が家の嫡男だ。いたずらっ子も卒業したんだな。』と、頭を撫でられて、褒められてしまった。
そんな事を言われてしまっては、悪戯も出来ないではないか!!!
アレのせいで、悪戯っ子な4歳児、ステアルドは大人の階段を、1段登ってしまったんだ。
まだある。
私は、身体が小さい頃から大きく、10歳ですでに、そこらの同い歳の奴等よりも頭ひとつ大きかった。
父上からも、剣の指南役を付けられていたのもあったし、私も剣技は、得意としていた。
何より、体を動かす事は、幼い頃から得手であった。
いつか、王城で行われる、剣豪ばかりが出場するという武道大会に出場したいと思っていた。
近くの領地の子息令嬢が集まる大きな茶会があった時に、茶を飲み語らう事に、早々に飽きてしまった私達男どもは、庭にあった木の枝で、剣技を見せ合い始めた。
初めは、見せ合っていただけの筈が、いつの間にやら実戦さながらな雰囲気になってしまった。
私が相見えたのは、サイプレス伯爵の次男のアルベルト・ロベリアスだ。お互い白熱してしまったのは、今でも失敗だったとは、思っている。アルベルトが、私に打ち込んできたので、それを躱すだけのはずが、少し力が入り過ぎて、剣(木の枝だったが)が、アルベルトの手から離れ、令嬢達(私達と似た様な歳の子どもだが)のテーブルに飛んでいってしまった。
慌てて、私は謝罪をしに向かい、心を込めて詫びの言葉を言った。
対応には、問題が無かったはずだが、令嬢達はあまり良い反応では無かった。そして、ふと顔を上げた時に、アレと目があったんだ。
私の従姉妹のキャローセルは、アレを連れてきていた。家から、出さなくて良いのに。
そして、アレは私の方を見て、声を出さずに『の・う・き・ん』と、口を動かした。
『のうきん』とは、何かを知らなかった私は、やはり、人形は意味がわからない事を言うんだと、思いながらその場をやり過ごした。
屋敷に戻ってから、一応『のうきん』なるものの、意味を調べた。
ーーーーいわゆる体育会系の肉体派で、思考が単純、バカ、といった…脳みそまで筋肉の略。とあった。
人は、馬鹿にされていた事を、後で知ると、悔しさは倍になるのだと、その時に知った。
それから3年間、王国の貴族が皆通う学院に入学するまで、死ぬほど勉強した。
勉強の甲斐もあり、卒業まで首席だった。
アレのお陰ではない。私の、努力だ。
と、私は、この国の宝とされているアレとの思い出が、ロクなものではない。
他にも、色々あるのだが、この場では控えておく……言えなくもないが、いや、言わないでおく。
勿論、この国の宝とされている、アレの悪口なんて、人前では噯気にも出さない。
私の心の中だけの、秘密だ。
こんな昔の事を久々に思い出したのは、6歳になる可愛い妹のカメリアが、アレの種を植えるらしいのだ。
母の人形は、妹が生まれた年に、母に種を渡して、枯れてしまったらしい。
人形は、持ち主に娘が生まれると、種を渡した後、サラサラとした砂になってしまう。それを、枯れるというのだと、その時に知った。
そして、その砂を一掴みだけ、次の人形の種を植える土に混ぜる。そうしないと、種は、人形として育たないらしい。
その残りの砂は、入れ物に入れて、庭の隅に埋めていた。
母が、よくそこに行っているのは、亡くなった人形との思い出を、思い出しているのだろう。
それを見ていると、母と、人形は(名前は、ダフネだったな。)親友と言っても過言ではないな。
カメリアは、とても素直な上に小さい時から思いやりに溢れている。父母は、勿論の事だが使用人達にまで愛されている様だ。私も、カメリアの事は、生まれた時からずっと大切にしている。
そのカメリアが、アレを育てるんだ。複雑な思いだ。心根が似ると言われるんだから、今までのアレとは違うのだろう。
しかし!しかしだ!
小さい頃からの思い出が、私に心からの喜びを与えてくれないのだ。
もうすぐ、学院を卒業した子息のみが体験する1年間の王城での仕事体験がある。
それは、貴族子息は必ず参加しなければならない。私の様に、嫡男で将来領地経営するものも、絶対に参加だ。領地を継ぐ事の出来ない次男以降の者は、希望する王城での仕事に就く事が、出来るかどうかが掛かっているので、真剣だ。友のアルベルトも、『この国は、騎士志望だって文官の仕事を学ばなきゃダメだし、辛いぜ。』と、のたまっていた。アルベルトは、“脳筋”を卒業できなかった様だ。
アルベルトの事はほっておくとして、私だって王城での仕事を希望するわけではないが、この1年間で、いろいろな人脈作りをしなければ。
将来の領地経営が掛かっているので、のんびりとしていられない。
王城での寮暮らしだから、この家にも1年間は、帰る事はできない。
カメリアのアレとは、会わなくて良い…あ、嫌な事を先送りしているのでは、ない。
私は、嫡男だしな。仕事体験の後は、領地に詰めて、学ばなれけばならないし。
あぁ、カメリアになかなか会えないのは、残念だが…
私は、口の端が上がるのが、止められなかった。




