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序・原初の人形

よろしくお願いします。

 リーフラウ国には、種から生まれる人形があるという。


 その人形は、80センチ程の大きさで、動き、話し、持ち主に、忠実だ。


 人形は、真実を話し、種から育てた持ち主に、心根が似る。人形を見れば、持ち主の本質がわかる。


 優しければ、慈愛に満ちた表情になり、高潔であれば、気高く…。それもあって、嫁入り道具として、一番の人気だ。どんなに取り繕っていても、人形を見れば、花嫁の本質がわかるのだから。


 忠実な人形だが、真実持ち主を愛したかどうかは、枯れて、消えてしまう前に[継続の種]を託されるかどうかでわかる。渡されなければ、愛されなかった、と、いう事だ。もっとも、人形の心は、持ち主次第なのだから、[継続の種]を渡されないというのは、持ち主も愛していなかった、という事に他ならない。


 この噂を聞いた他国の姫君が、種を欲しがり手に入れようとした。しかし、リーフラウ国を半歩出た途端、種は砂になってしまったという。人形でも、同じだった。


 それ以来、人形を見たければ、リーフラウ国に行くしか無いというのが、常識となっている。


 しかし、人形を、見せ物にしたくない持ち主は、誰にでも見せることは、無いという。



 正に、幻の人形。





* * *





 その種が、どこからやって来たのかは、誰も気が付かなかった。




 5センチ程の大きさで、紅く透かし模様の入ったとても綺麗な物だった。



 工芸品の様にも見えた事から、どこかの国の芸術家の手慰みの作品の一つと思われ、海を渡ってきたのかも知れない。


 その様な品が、リーフラウ国の6歳になる身体の弱い王女の元にやって来たのは、偶然だったのか……



 その種が持ち込まれた際の謳い文句は、【ペレホペの種ー愛を与えるものー】だった。

 

 ペレホペとは、なんぞや。と、学者達が侃侃諤諤な論争が繰り広げられ、最終的には、【淡い希望】という事に落ち着いた。特に危険な物ではない、と、判断されたので、6歳になる身体の弱い第2王女に献上される事となった。


 第2王女は、どこが悪いのかは侍医達にも判らず仕舞いで、対処療法のみで対応されていた。

 

 まだ、6歳というのに、その瞳は、どこか諦観の境地も垣間見られ、部屋からほとんど出る事なく過ごしていた。父である王は、そんな娘を可愛がっており、先日献上された【ペレホペの種】を持って、部屋にやって来た。



 「プラナス、今日はいいものを持ってきたぞ。【ペレホペの種】と言って、献上された添え文には、“愛を与えるもの”と、なっていたぞ。心優しいプラナスが、愛を込めて育てれば、綺麗な花が咲くかも知れんぞ。どうだ?育ててみるか?」


 そう言いながら、そっと第2王女 プラナスフロース・リーフラウの小さな掌に握らせた。


 「ペレホペというのは、どのような花なの?お父様。」

 

 そう尋ねられても、誰も見た事の無い植物だ。本来なら、研究機関に渡されるのが本筋なのだろうが、生きる事を諦めかけている娘に、何か夢中になるものを与えたくて、つい持ってきてしまった物だ。


 「それがな、学者達も見た事の無い珍しい種だそうだ。どんな花が咲くのか楽しみじゃないか?初めてそれを見るのが、お前だよ。プラナス。」


 そう言いながら、種を握りしめた小さい手を、両手でそっと包んだ。


 「そうなのですね。花が咲くのが、とても楽しみになりました。大きな花が咲くかも知れませんね。なるべく大きな植木鉢を、用意してもらいます。毎日、私が心を込めてお水をあげますわ。」


 そう言って微笑むプラナスを見た王は、『この種がプラナスの明日への気力になるのなら、与えてよかった。種も本望であろう。“ ペレホペ ”とは、淡い希望という意味だと、言っておったな。プラナスが、明日へ目を向けている事が、すでに私にとっての、希望だ。』そう思っていた。


 植木鉢に土を入れ、置き場所は、明るい日差しの入るサンルームとなった。

 そこに、プラナスは毎日水やりをしに向かった。

 体調の悪い日でも、水やりは欠かさなかった。2ヶ月が過ぎても全く芽が出ず、周りがどうしたものかとヤキモキしていたが、プラナスは気にせず、毎日水やりを欠かさなかった。水をあげながら「元気に育ってね。」と、必ず一声かけていた。


 ある満月の晩、月の光に照らされた植木鉢の土が、動き始めた。

 植木鉢の中から、生えてきたのは双葉ではなく、12、3センチ程のプラチナブロンドの髪の生えた頭だった。月の光の中、土の中から人型のモノが出てくる様は、見ようによっては恐ろしくも有り、その場に多数の人が居たならば、大騒ぎになる事は、明らかであった。

 どんどん出てきていたが、肩まで出てきた所でピタリと止まり、今夜の成長は、どうやらここまでの様だった。


 次の日には、城中が大騒ぎだった。

 漸く生えてきたかと思ったら、花の芽ではなく、人型の頭部なのだから。

 

 王女に見せるべきか、危険なものかも知れないから、排除してしまおうという声も出たが、騒ぎを聞いた王女自身が、自分の目で見ない事には納得せず、いつもの侍女達ではなく、護衛の騎士達に囲まれた中での水やりとなった。

 こんな時に水やり?と、皆は思っていたが、王女が「水やりは、1日も欠かせないから、絶対にあげるの!」と、初めての我儘で押し通したのだ。

 折れるしか無かった。


 初めて、自分の育てていたものとの対面に、プラナスの顔は上気した。


 「なんて、可愛らしい人形が生えてきたのかしら。お花を楽しみにしていたけれど、こちらの方が、もっと嬉しいわ。見て、目を瞑っているけれど、優しいお顔よ。目を開けてくれるのが、楽しみだわ。ふふっ。鼻の上と、頭に土が乗ってる。」

 

 そう言いながら、自分のレースのハンカチで、そっと土をはらった。

 そして、水をあげた後、「もっと大きくなるのが、楽しみね。元気に育ってね。」と、いつもの様に声をかけた。


 直ぐに、王へ報告があり、これからどうするかという事になったが、王は、プラナスの楽しみを奪う事なく、当分の間、水やりは今日と同じ様に、騎士達の護衛の下に行うという事になった。

 サンルームは、王女の水やり以外は、入室は禁止。ドアの外は、騎士が立つという事になった。


 頭部が生えてきてからは、どんどん大きくなり、8日もすると、足の先まで生えてきた。

 もう、1メートル程の大きさの人形に育っていた。

 

 プラチナブロンドの髪は、背中を覆うくらい長く煌めき、目はずっと閉じられているので、瞳の色は不明だが、小さな口元は、柔らかく微笑んでいる様で、慈愛に満ちていた。薔薇色の頰は、プラナスが、毎日望んでいた様に、健康そうに見えた。

 薄い不透明の膜の様なドレスに身を包んでいる姿は、高級な人形にも及ばないほど、美しかった。

 

 王女が、「こんなに可愛く育ったのだから、抱きしめて一緒に遊びたいわ。名前は…ベレシートってどうかしら?」と、植木鉢の中の人形に声を掛けた。


 すると、ずっと目を閉じていた人形は、パチっと目を開けて、虹色の瞳でプラナスを見た。


 「プラナスフロース様、素敵な名前をつけてくれてありがとうございます。名前を付けて頂いたから私は、プラナスフロース様と話ができますし、お友達として、過ごせますわ。」


 そう言って、プラナスの方に、両手を伸ばした。

 すぐさま護衛が、プラナスと人形のベレシートの間に入り、プラナスを守ろうとしたが、不思議な事に誰もが身体を動かせず、プラナスとベレシートの友情の包容は、邪魔される事は無かった。


 直ぐに、一緒にプラナスの部屋に行き、お茶会ごっこをしたり、ベレシートに絵本を読んで聞かせたりと、楽しく過ごした。


 直ぐに王がやってきて、その様子を見て驚いた。

 プラナスが、楽しそうに笑って遊ぶ様子など、見た事がなかったからだ。

 王と王妃があれほど望んだ、プラナスの子どもらしく遊ぶ姿を見て、涙が出るほど喜んだ。


 王は、プラナスとベレシートにお揃いのドレスを作る事を約束して、政務に戻って行った。

 王の精鋭の護衛は、プラナスの部屋の中に留め置いたまま。


 政務室に戻った王は、ずっと種を献上した者を探していたのだが、更に急ぐ様に命じた。

 

 漸くわかったのは、それから10日のちのことだった。

 持ち込んだのは、西の国の大商人ソルトだった。


 ソルトの言う事には、あの種は、話す事が出来る人形が生えるが、生やすのは困難を極め、埋めて水をやっても、腐ってしまうのがオチの商品との事だった。種自体は、芸術品の様に綺麗な品なので、そのまま飾っているだけでも良いのだが、日にちが経つと砂になってしまうので、献上の時に、お伝えはしたが、早くも砂に変わってしまったのかと、逆に問われた。


 余計な事は知らせず、あの種の言い伝えだけ、詳しく問うた。


 育てるのは、極めて困難な品なのですが…と、断りを入れた上で話し出した。

 

 「ペレホペの種から生まれるのは、育てた者と心を分つ友。人形ではあるが、真実を話し、忠実である。

何より、不思議なのは、育てた持ち主に心根が似るので、人形を見れば持ち主の性根がわかる。腐った心の持ち主は、育てることまかりならぬ……と、言い伝えられております。水と共に愛を与え、育てば、愛を与えられるとも、伝えられております。まさに、奇跡の人形とも言えます。」

 と、ソルトはしみじみと語った。


 王は、プラナスの友をプラナス自身が育てた事を知った。

 

 それからのプラナスは、ベレシートと共に過ごしていくうちに、熱を出して寝込むことも少なくなっていった。そのうちに、瞳に諦観を宿す事もなくなり、ベレシートの様に慈愛に満ちた薔薇色の頬の娘へと成長した。


 プラナスは、リーフラウ国内の公爵の家に嫁いだ。勿論、ベレシートも一緒に。

 夫のアイドクレースは、子どもの頃からプラナスの部屋を守っていた精鋭の騎士の1人で、現在は、王国の騎士団長だ。

 

 ベレシートが話す人形である事は、国家機密ではあるが、見ている者も多く、公然の秘密となっている。

 

 アイドクレースは、プラナスがベレシートを誰よりも大切にしている事にも理解を示す夫で、アイドクレース自身も、ベレシートを大切にしていた。


 プラナスが娘を産み、ひと月が経った時、ベレシートはプラナスに囁いた。


 「プラナス、私の友。私は、ここでの命はもう直ぐ終わる様です。あなたに、私の子どもとも言える種を渡すから、あなたの娘達に一つづつ渡して、私の子ども達を育ててもらって欲しいの。私は、もうすぐ砂になるけれど、その砂を一掴みづつ、種を植え付ける土に混ぜて植えると育ちやすいから、砂は残しておいてね。私は、ずっとあなたの心の中で生き続けるわ。楽しかった。ありがとう。」


 そう言いながら、プラナスに見覚えのあるあの赤い種を3つ、手に乗せた。




 そして、ベレシートは、虹色の砂になった。


 


 

 

 





 

 

 

 

 

 

 


プラナスちゃんは、2男3女を生みました。ベレシートが種を3つ渡したのって…予言ですね。

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