夢の中のあなた
なんとなく、短い話を書きたくなりました。
特にヤマもオチもイミもありません。
久々に会ったあなたは中学生だった。
そりゃそうか。中学生のあなたしか記憶にないのだもの。
それでも、あなたに会えたことが嬉しくって抱きついたら、物凄く華奢な少年だった。
しなやかな肢体と華奢な骨格。思春期の少年そのものだった。
私も中学生なら、それでも男らしさを感じただろうに、大人になってしまった私には、自分の息子のように思えてしまうほどだった。
夢の中で、私もあなたと同じ中学生のはずなのに、『大人になってしまったなぁ。』と、苦笑してしまった。
今頃、どこでどうしていることやら。
ちょっと白髪混じりで、お腹のたるみが気になるおじさんになっているのだろうか。
今もスマートなまま、渋いおじさんになっているのだろうか。
同じ空の下、どこかの街角で幸せに暮らしていることを願う。
◆◇◆
昼下がりのティータイム。
カフェで一緒に紅茶を飲む友達が不意に言った。
「昔の人はね、夢に出てくる人は、あなたに会いたくて夢の中で会いに来るんだって、考えてたんだって。」
「へぇ。」
だったら、私はあの人の夢に毎日登場することになってしまうわ!
思わず、熱い紅茶をゴクンと飲み込んでしまって、目を白黒させた。
「あれ?何か思い当たることがあるのかな??」
「べ、別に。そっちこそ、急にどうしたの?」
「私、最近、アノヒトの夢をめっちゃ見るのよ。私のこと、好きだったりして!?」
「はは。言ってなよ。どっちかって言うと、自分が好きだから夢に出てくるんだと思うよ。」
「そんなのわかってるって。ロマンチックじゃないよね。」
「大きなお世話。私、もうロマンチックとかそういう歳でもないからね。」
ジェネレーションギャップを感じる程度には年下の、かわいらしい友達が口を尖らせた。
「いくつになっても、乙女心は忘れちゃダメだと思いますぅ。」
「そうねぇ。忘れないで居たいものだけど、日々の生活で精一杯だからナァ。」
甘い匂いのフレーバーティーを飲んでいると、席の横の通路を通りかかった誰かが、ふふっと笑った。
(笑われた!?)
恥ずかしくなって、窓の外を見る。人の気配が無くなったところで、もう一度通路を見る。
(うん、誰もいない。大丈夫。)
ひと安心して、また紅茶のカップアンドソーサーを持ち上げ、カップに口をつけようとしたところで、誰かの視線を感じる。
気配を探すと、少し離れた席に座る男の人がこちらを見ている。
(なんか嫌だな……。)
気のせいかもしれないし、と友達が好きなアノヒトの話を聞きながら紅茶を飲む。その間も、ちらちら、少し離れた席の男の人を見遣る。気のせいじゃない。
「あそこの席の人、こっち見てますよね?」
友達も気付いて、小声で私に言う。
「ええ……、何かしら。やたらと目が合う気がするのよ。」
「え?何言ってるんですか?あの人、私を見てるんですよ。」
友達に言われて納得する。アラフォーのおばさんじゃなくて、ピチピチのギャルを見るわよね。
「なるほど。でも、アンタからしたら、年齢的には結構歳上じゃない?」
「ねー。身の程知らずですね。きっと独り身で自分がいつまでも若い気でいるから、わかんなくなっちゃってるんですよ。」
「はは、手厳しいな。」
全くの見ず知らずの人を、想像だけで悪く言って、少し申し訳ない気持ちになる。歳上といっても、見たところ、私とはそんなに歳が変わらなさそうだ。
◆◇◆
その後もやっぱり目が合うなぁと思いつつ、紅茶も無くなったのでカフェを出ようかどうしようかと考えていると、件の男の人も席を立った。
(ああ、やっと帰るんだな。よかった。)
ホッとしたのも束の間、通路を歩いてこちらに歩いてきていた男の人が、私たちの席で立ち止まって、声を掛けてきた。
「あの、すみません。」
(何?こっち見んなっていう苦情?それともこの娘のナンパ?)
何を言い出すのだろう?と様子を伺っていると、友達が先にキツい口調で言い放った。
「あの!ナンパはお断りです!」
「え?違うよ!君には用事ないから。」
男の人が友達を一瞥して否定の言葉を言った後、私を見て話し出した。
「あなた、中学で一緒だった、石津さんじゃない?石津佐和さん。」
「へ?」
不意打ちで間抜けな声が出てしまった。
(誰?この人?)
「わかんないかな?昔、同じクラブだったでしょ。森安俊幸。」
「えっ!?森安君?」
森安君は、あの夢の相手だ。何年振りだろう?かれこれ二十年は経っているのではなかろうか。
言われてみれば面影はあるけれど、やはり、十五歳の少年とは似ても似つかない。
「久し振り、だね。」
「うん。森安君は元気だった?」
「うん。今も、フルート吹いてる?」
「え、うん。たまにだけどね。森安君は?」
「俺も、たまに吹いてるよ。ラッパ。」
「……あの、今、友達と一緒だから……、また今度ゆっくり。」
「そ、そうだね。ごめんね。」
バツの悪そうな顔をした森安君は、スマホを出した。
ちょっと無防備な気もしたけれど、知り合いだし、とメッセンジャーの交換をした。
森安君は、じゃあねと去っていった。
「あの人、元カレとか!?」
喋りたくてウズウズしていた友人が前のめりで食いついてきた。
「違うよぉ。……確かに昔、ちょっと好きだったんだけど。私の一方的な片想い。吹奏楽部の部長をやってて、トランペットのファーストで、いつもカッコいいソロ吹いてた。」
「へぇー。もしかしたらもしかするかもよ?」
「ないない。もうこの歳だし、向こうはきっと結婚してるわよ。」
「独身だったらいいのにねぇ。」
「そうねぇ。」
◆◇◆
中学時代、地味で目立たない私は、パートも違う目立つ彼とはほとんど話したこともなかった。
でも、一度だけ忘れられないことがあった。
一人、放課後の教室の窓際でフルートのロングトーンをしていた。同じパートのメンバーとは別の教室だ。彼女達は練習よりお喋りに夢中で。ノリの悪い私は彼女達と会話が噛み合わず、いつしか彼女達がお喋りを始めるとそっと楽器を持って別の部屋に移動するようになった。
「あれ?フルートってこの部屋?石津一人?」
そう言って教室に入ってきたのは部長の森安君だった。
「ううん、フルートは隣の部屋よ。私だけ下手くそだからこっちで練習してるの。」
「ふぅん。俺は、石津の音、好きだけどな。温かくて澄んでて心地良い。」
「ありがとう。で、何かご用?」
「うん。今日、先生来れなくなったから、合奏は止めて、セクション練習にすることにしたんだ。その連絡。」
「そう。」
他愛もないことだったけれど、三年間、演奏を誉められたこともなかったから、ましてや、憧れの人にそんな風に言ってもらえるなんて!と天にも昇りそうなくらい喜んだのだった。
そんな人と再会するなんて、思いも寄らなかった。
会いたいとは思っていたけれど、嬉しいような、ガッカリのような。
今も同年代の男性として見ると、なかなかのスタイルで、爽やかでおしゃれでカッコいい方だと思うけれど、あの頃の初々しさというか、少年らしさは全く無い訳で。
しかも、私は独身だというのに、特にお洒落もせず、歳だけ食って、お肌も髪も身体も美しいとは言い難い。
『今度、市響のコンサートに行かない?』
一人暮らしの部屋でパックをしながらテレビを見ていると、スマホが鳴った。森安君だ。
『私と?奥さんとかいないの?』
『あはは、俺、独身だよ。彼女はここ数年居ないんだ。そっちこそ、旦那さんに怒られちゃうかな?』
『そんな、私も独身だし、彼氏なんかいないし。都合が合うなら是非。』
『よかった!』
◆◇◆
約束の市響のコンサートに行った後、コンサートホールの近くのパティスリーに入る。
「今日のコンサート、良かったね。」
「うん。石津は気に入ると思ってたんだ、今日の曲目。」
「そうなの?」
「何となくだけど。」
運ばれてきたモンブランを一口。まったりとした栗の甘味が口一杯に広がる。それにスッキリとしたダージリン。幸せのひとときを噛み締めていると、森安君が微笑んだ。
「ほんと、美味しそうに食べるね。」
「美味しいんだもん。あんまりマジマジ見ないで。」
「ふふ。この前再会した時にさ、友達と話してたよね。」
「ん?ああ、ナギサちゃんね。前の会社の後輩でね。たまにお茶するのよ。」
なんだ、あの子狙いなのか。向こうの方が若くて可愛いもんな。そんな考えが浮かんで、ガッカリした。
「そう。そのとき、夢の話してなかった?夢に出てくる人は、その人が自分に会いたくて夢に出てくるんだって。」
「ええ。そんな話をしていたわね。彼女、好きな人がいるのよ。」
「ふぅん。彼女、その彼と上手くいくと良いね。」
あれ?案外アッサリなのね。まあ、ほとんど知らない人にしつこくするのも変だしな。これで話は終わりかな、と思ったけど、彼はまだ話を続けた。
「でさ、君は、そんなの自分が好きだからでしょ、って言ったんだ。」
「そ、そうね。そんなとこまで聞かれて恥ずかしいな。」
「結構、声大きかったんだよ。」
「……気を付けるわ。」
「……俺も、近頃、石津が夢に出てきててさ。石津が俺のこと好きで会いに来てくれてるなら良いなって思ったんだ。」
「……すごいロマンチックね。」
「俺、石津のこと好きだったんだ。初恋。あのときは何も言えなかったけど。」
あわよくばと思って、出掛けたコンサートだったけど、本当に告白されるとは思っていなくて、心臓が早鐘を打つ。
「あのね、私も。再会した日の朝、あなたの夢を見たのよ。夢の中のあなたは中学生のままだったけど、私はとても会いたかったから嬉しくてあなたに抱きついたのよ。そしたら、めちゃくちゃ華奢で、自分だけ大人になったって切なくなって。」
「俺に会って嬉しかったの?」
「うん。だって、森安君は私の憧れの人だったんだもの。トランペットのソロ、カッコよかった。私からしたらあなたは天上の人だったから、とてもじゃないけど話しかけたりできなかった。毎日あなたのことを考えるくらいに好きだったわ。」
当時の事を思い浮かべて、穏やかな笑顔がこぼれる。懐かしい。あのときはこんな風に再会して二人でお話できるなんて考えてなかった。
当時好きだったっていうだけで、もう大人になってしまって、姿形もすっかり変わってしまったし、今更、恋仲になんてならないんだろうな。
「今も君が好きなんだ。初恋を拗らせたイタい男さ。嫌じゃなかったら、お付き合いしてもらえないだろうか?」
「え!?」
「……やっぱり気持ち悪いよな、拗らせすぎて……。」
「いえ、あの。私も初恋拗らせたイタい女なので……。すっかりおばさんになっちゃって、幻滅されちゃうかもだけど、私で良ければ、よろしくお願いします。」
森安君がやった!と小さなガッツポーズをした。
大人になった森安君の笑顔は、中学生のときのそれと変わらず、爽やかでカッコよく、可愛らしかった。
幸せな日々がこのまま続くのか、
すぐに終焉を迎えてしまうのか、
まさかの夢オチなのか。
真のエンディングは想像にお任せします。