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ノンシリーズ

ミステリの悪魔、あるいは神

作者: 庵字

 それは、まさに青天の霹靂のごとく地球に飛来した。

 上空に浮かぶ、銀色の楕円球型をしたその物体は、表面から放った青い光の筋でもって、ある洋上に浮かぶ無人島を一瞬にして消し去って見せた。それはまるで、自らの兵装は地球のあらゆる武力を凌駕している、ということを分からせるための示威行為のようであった。それからすぐに、地球上のあらゆる電波、通信網に、人類が使用しているすべての原語でもって「ある要望」が伝えられた。その発信源が、空に浮かぶ銀色の物体であることは明白で、同時にまた、それが異星人の乗ってきた宇宙船であることも確実視された。異星人が全地球人に通達した「要望」は次のようなものだった。

「この星に存在する、あらゆる娯楽を献上せよ」

 この要望を無視する選択肢を地球人が持てるはずがなかった。

 その後、宇宙船は――地球上のいかなる高速機も追いつくことを許さぬ速度で――ある大都市に移動し、その一角に着陸。地球人からの「献上物」を待った。

 地球各国の協力のもと、映画、ドラマ、アニメ、漫画、小説といったストーリー性のあるものから、音楽ソフト、ビデオゲーム、さらに、カードゲーム、ボードゲームといった多人数で遊ぶ娯楽までが集められ、スポーツやコンサート、舞台演劇などの体感系の娯楽は、それらを撮影したソフトで納められた。それらの献上品は、宇宙船の前に置かれ、船体から照査される光によって宇宙船の内部に吸い込まれるという形で受け取られていった。楕円球型の宇宙船は、長辺十数メートル、短辺数メートルという大きさで、献上された物品が収まるには十分な大きさに見えた。もっとも、他星に到達する宇宙船を建造可能ほどの科学力を持つ異星人のこと、内部も外観どおりの容積だという保証はないが。

 そういった娯楽の献上が行われ始めて数日後、宇宙船から「これと同じジャンルのものをすべて持ってくるように」と、一枚の画像とともに通信が発せられた。画像に写っていたものは一冊のミステリ小説だった。それを受けて、世界中からミステリ小説がかき集められることとなった。次々と目の前に積まれていく本の山を、宇宙船はどんどん吸収し続けていった。

 ある程度の期間をかけて、その時点まで刊行されていた世界中すべてのミステリ小説を献上し終えたことを地球側が告げると、宇宙船から通信が返ってきた。

「この星のミステリ小説の作者全員に、我が星より感謝の意を贈りたい」

 直後、宇宙船から大量の小箱が吐き出された。恐る恐る中身を確認すると、そこには、地球には存在しない金属と宝石、それを材料に作られた勲章のようなものが入れられていた。地球人はその金属と宝石の成分を解析することにより、科学技術のさらなる進歩を成し遂げた。勲章は宇宙人の言葉に沿い、世界中のミステリ作家に配られることとなり、他界している作家の墓前にもそれは備えられた。飛来当初の異星人による圧倒的武力を目の当たりにしていた人類は、もはやその驚異を受ける可能性がなくなったものと思い、また、新たな技術をもたらすきっかけとなったミステリ小説、それらを生みだした作家たちを、地球の救世主と崇拝するようになった。


 それからしばらく経ったある日のこと、ひとりのミステリ作家が宇宙人に呼び出された。宇宙人が作家個人を名指しで呼びつけたのは初めてのことだった。「最優秀作品賞でも授与されるのではないか」そんな作家仲間たちの祝福と、少しばかりの羨望を背中に受けながら、その作家は正装を身にまとって、銀色に輝く宇宙船の前に立った。しかし、大半の人たちの予想は裏切られる結果となった。宇宙船がその作家に与えたものは、最優秀賞でも新たな勲章でもなく、かつて無人島を一瞬で消滅せしめた一筋の青い光だった。

 ひとりのミステリ作家が一瞬にして煙と化したのを目撃した世界人類は大恐慌をきたした。地球代表は足と声を震わせながら、いかなる理由があって、このようなことをしたのかを銀色の宇宙船に問うた。返ってきた答えは、

「この作家の著作に盗作が認められた」

 ミステリファンの中には、その言葉に頷くものもいた。

 異星人によって抹殺された作家の著作にひとつに、他の作家が書いた先行作品の「模倣」と疑われるものがあり、そのことが一部ミステリファンの間で話題になったことがあった。しかし、当該作品を上梓した段階で、その作家は業界において中堅の立場を確立しており、「模倣元」とされたものは作者もとうに他界している、その時点でも古典に属していた作品で、数ある著作の中でもマイナーな部類の「知る人ぞ知る」的な位置の作品であった。さらには、そもそも「本格ミステリ」の歴史においては「アイデアの重複」や「既存のトリックのアレンジ」は恒常的に発生、行われてきたことでもあり、こういった様々な事情が忖度された形となって、当該作品も作者も、公的には何の咎めも受けることはなかった。一部のマニアの間でだけ、「あれはアレンジという範疇を逸脱しているし、『模倣元』の作家はその作家の大学の先輩に当たり、マイナー作とはいえ知らなかったはずがない。どう好意的に見ても盗作だ」という見解が根強く残っていたのだった。この事件は当然のようにミステリ作家たちを震え上がらせた。

 それから数日後、またもあるミステリ作家が異星人による「召喚」を受けた。ミステリ作家、ミステリマニアたちの間で、「あの作品のことでは?」という疑念が渦巻いた。だが、その作家は召喚に応じる考えを示した。いわく、「私の著作には、確かに先達の作品に刺激を受けて書かれたものがあるが、それは十分『アレンジ』の範疇に留まるもので、断じて『盗作』ではないという自信がある。相手も同じミステリ小説を愛するものであれば、必ず分かってくれるはずだ」と堂々と銀色の宇宙船の前に立った。「まず話を聞いて欲しい」と宇宙船に向かって自分の考えを説く作家は、持論の十分の一も伝え終えぬうちに、先の作家と同じように青い光を浴びることとなった。

 さらにまたある作家が召喚を受けたが、その作家はそれを知るとすぐに行方をくらました。作家が雲隠れをしたまま、召喚に指定された日時が過ぎると、宇宙船の銀色の船体表面から、細胞分裂するように小さな円盤が飛び出し、その超小型円盤は猛スピードでいずこかへ飛び去った。後日、その作家は惨殺死体となって発見された。


 世界中のミステリ作家は緊急会合を開き、選出した代表者を異星人へ謝罪と交渉に向かわせることを決めた。二番目に殺された作家が使った程度の「既存トリックのアレンジ」であれば、現代のミステリ作家の中で身に憶えの無いものなどひとりもいなかったからだ。

 交渉が行われると、意外にも作家側の意見はすんなりと聞き入れられた。「これだけのミステリが書かれている現在、誰も読んだことのないトリックを生み出すことは非情に困難」だという訴えにも異星人は同意を示した。これ以上作家の命を奪わない、ということもいちおうは約束してくれた。「しかし」宇宙船からの言葉は続き、「だからといってミステリを書くことをやめてもらうわけにはいかない。今後提出する作品は、『これまで誰も読んだことのない斬新なトリックを使った作品』のみとしてほしい」ことを提案、いや、強制してきた。作家側は頷くしかなかった。


 ミステリ作家たちは、執筆中、構想中の自作品を持ち寄り、トリックやアイデアに既存作品との重複はないか、入念に精査する作業を行うための組織を、作家だけでなく評論家、有識者たちをも巻き込んで立ち上げた。だが結果、異星人の望みを満たすもの、すなわち『これまで誰も読んだことのない斬新なトリックを使った作品』などひとつとしてないことが判明しただけだった。作家たちは公募作品やウェブ小説にも活路を求めたが、このような事態に陥った現在、応募作品量は激減し、そのわずかな応募作の中にも条件を満たす作品は存在していなかった。ウェブ小説にしても、ミステリの投稿作品が激減しているという状況は同じで、それまで掲載されていた投稿作品も軒並み作者自身によって削除されていた。


 異星人との交渉から半年が経過したが、その間、新作ミステリは一冊も上梓されていなかった。それはすなわち、異星人が提示した条件を満たすミステリが一作たりとも、どの作家からも生み出されなかったことを示していた。「馬鹿馬鹿しすぎるため今まで誰も書かなかったトリック」方面に活路を見いだそうとする動きもあったが、無駄だった。ミステリの世界は深すぎ、ミステリ作家という人種は変態すぎた。入念に調査してみれば、どんなに馬鹿馬鹿しいと誰もが思うようなトリックを使った作品も、どこかで誰かが必ず書いており、それの作品もとっくに献上済みだった。「忘れられた名作」的な作品の発掘も行われたが、そういった作品というのは忘れられるだけの理由があるものばかりだった。ついに異星人は業を煮やした。

 世界に向け、「あと一箇月以内に条件を満たした新作のミステリを刊行しなければ、地球全土に対して無差別攻撃を開始する」と宣言が出された。世界中から糾弾が起こり、ミステリ作家は救世主の座から陥落し、世界の滅亡を招く大罪人へと落ち果てた。


 異星人が指定した期日の三日前、地球上空に正体不明の機影が確認された。いや、正確には「正体不明」ではなかった。銀色に輝く楕円球型のその物体のことを、地球人たちは嫌と言うほど知っていた。しかも、その数三機。誰もが「無差別攻撃に備えて呼び寄せられた異星人の援軍」とそれを捉えた。三つの新たな宇宙船が、大都市に着陸したままの楕円球に近づいていくと、突如、先に来ていた宇宙船は猛スピードで離陸した。三機の新たな宇宙船はそれを追い、攻撃らしきものを仕掛けた。地球の上空で四機の宇宙船は、誰も見たことのない異様すぎる空中戦(ドッグファイト)を展開した。先に来ていた一機と、新たに出現した三機の見分けは地球人には一切つかなかったが、彼らには何かしらの手段で敵味方の判別が出来ているらしく、やがてそのうちの一機が被弾、煙を吐きながら海に墜落すると、残る三機が海面に浮かぶそれを包囲した。


 三機のうちの一機が世界に向けて発した通信によって、人々は事件の顛末を知ることになった。

 彼らの星の人間は、蓄えてきた知識や記憶を子孫に残すことが可能であり、その特性により高度な文明を築き上げることが出来はしたが、ひとつの弊害をもたらすことにもなってしまった。それが「娯楽の枯渇」だった。どんなに優れた娯楽でも、それを見聞きした記憶をもが子孫に受け継がれてしまうためだ。自分たちで生み出せる娯楽が袋小路に行き着いてしまい、娯楽が枯渇した無味乾燥たる生活が何十年、何百年と続く中、ひとりの人間が「自分たちの見たこともない新たな娯楽を持つ知的生命体が、この宇宙のどこかにいるはずだ」と宇宙船を駆って母星を飛び出した。先に地球に来ていた宇宙船に乗っていた異星人だった。そして長い旅の末、彼は自分たち以外に文明を持ち、娯楽分化を成立させるまでに成熟した知的生命体が住む「地球」を発見した。

 彼は地球に乗り込み、あらゆる娯楽を献上させたが、どれもが彼らの星ですでに「消費済み」のものばかりだった。しかし、かれは「今まで自分たちが知らなかった娯楽」を地球で発見した。それが「ミステリ小説」だった。彼らの星に、エドガー・アラン・ポーは生まれなかったらしい。

 発見した新しい娯楽の魅力に取り憑かれてしまった彼は、心に魔が差してしまった。彼はこの新たな娯楽を、「彼自身が発明したもの」として星間通信を用いて母星に送っていたのだった。犯人である異星人は、「ミステリというものがあまりに面白すぎ、どうしても自分が書いたことにして名声を得たかった」と供述したという。

 彼は地球で得たミステリを年代順に整理し直し、「自分の著作」として母星で順次発表した。この新しい娯楽は母星の人々にたちまち受け入れられ、彼は一躍時代の寵児となった。他の異星人によって模倣作品が生み出されることはなかった。彼らの星の人々は、すでに娯楽を生み出すことに疲れ果てており、新しいものが出てきたからといって、自分でもそれを真似ようなどと考えるクリエイティブな感性を持つものはいなくなっていたのだ。だからこそ、新しい娯楽を生みだし、人々の生活に再び潤いを与えた(とされる)彼は救世主と崇められた。

 地球人から献上され続けるミステリを母星に贈り続けていたある日、彼は読者からこんな意味の指摘を受けることになった。

「この『△△』という作品のトリックは『○○』と同じものです。もうネタ切れを起こしたのですか? がっかりしました」

 同じような指摘は星の各地から送られた。彼は最初こそ作品を読んだ上で母星に送っていたのだが、それが続き人気がうなぎ登りになるにつれ、読者たちの「早く次の作品を!」という声に押される形で、献上されてくるミステリを満足に内容を把握しないまま、どんどん「自身の著作」として送ってしまっていたのだった。言うまでもなく、この指摘を受けた『△△』は、一番最初に抹殺されたミステリ作家の著作だった。地球では作者も違えば、作品同士も何十年も間を置かれて発表されていたため目立たなかったが、それを彼は同一著者の作品として矢継ぎ早に出してしまっていたために受けた指摘だった。当然この手の指摘がこれだけで終わるはずはなかった。ひとりの作家が同じトリックをアレンジして――あるいはそのまま何度も流用している、と読者から思われてしまったことは必然だった。

 異星人は、地球に謝罪と、「今後我々はあなた方の星に干渉しないことを約束する」という意味の言葉を残し、撃墜された宇宙船の欠片ひとつに至るまでを完全に回収して地球を去った。


 以来、地球では「ミステリを書こう」などと考える作家はほとんどいなくなり、ミステリはまったく下火のジャンルとなってしまった。この先、「誰も見たことのない斬新なトリック」を生み出し、ミステリ界の救世主となる書き手が現れるのか、それは誰にも分からない。

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[良い点] ミステリのネタ的なショートショートですね。 (#^o^#) おもしろかったです。 トリックとか、被っても気にしなくていいのかもと、 安心して執筆できそうな気がしました。(#^.^#)つ (…
[良い点] 面白かったです! 活動報告で書かれていた元ネタは未読だったはず……なので分かりませんが、こちらの作品はとてもいいSFでした。つまり、とってもワクワクしました!笑 ミステリが題材として扱…
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