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6話 夢の夢

「あ、あれ?」


気が付くと私の手には探していたヘアゴムが握られていた。お兄ちゃんがくれた白い小さなリボンが付いたヘアゴム。さっきまでは無かったはずなのに…お兄ちゃんに貰ってから今日までずっと大切に使ってきて、今日みたいな事なんて一度もなかったのに…


「おーい、唯ー?あったかー?」


「あっ、うん!あったよー、ごめんねお兄ちゃん!」


お兄ちゃんの呼ぶ声が聞こえて慌てて髪を結んで戻る。気になることはあるけど、このままじゃ遅刻しちゃうから帰ってから考えよう。


「お待たせ、それじゃ行こっか」


そうして、私はお兄ちゃんと一緒に登校する。


「それ、そんなに大切にしてくれてるんだ。新しいのが欲しかったらいつでも言えよ。」


「うん、ありがとう。でも、これは最後までちゃんと使いたいんだ。だって、お兄ちゃんが始めてくれたプレゼントだし。」


「そうだったっけ?ま、大事にしてくれるなら俺も嬉しいよ。」


そう、大切な物なのに…見失うなんてありえないのに…そんな日もあるかなって思うけどどうしても気になっちゃう…


「お兄ちゃん…これ、くれた時ってお兄ちゃんなんて言ってたっけ?」


「えー?確か、こんなので悪いけど…とかそんな感じだったかな…ていうか急にそんな事聞かれると恥ずかしいんだけど。」


「う、うん…ごめんね」


誰かに大切にしなさいって言われた気がする…でも、お兄ちゃんじゃない。それは私もしっかり覚えてるし…お父さんかお母さんだったかな?ううん、それもなんだか違う気がする。最近…ほんとについ最近の出来事なんだと思う。


どうしよう、違和感が消えてくれない…となりにお兄ちゃんがいてくれてるのに不安で鼓動が激しくなる…息が苦しくて足も重たくなってきた…


「唯…?どうしたんだ?気分でも悪いのか?」


お兄ちゃんが心配して声をかけてくれるけどそれすらも怖く感じてしまう…ここにいちゃいけない気までしてきた…


「ご、ごめん…先、行ってて…大丈夫だから…」


「そんな事出来るわけ無いだろ?顔色も悪くなってきてるし、一度家に帰ろう。」


お兄ちゃんはそう言いながら手を差しのべてくれる…優しくしてくれて嬉しいのに…でも何故かこの手がはっきりと見えない…まるで夢とか幻みたいな…


「夢…私、今夢見てるのかな…?」


「おい…唯、どうしたんだよ?しっかりしろ。夢じゃないよ、ちゃんと目の前に俺もいるし、父さんと母さんもいて挨拶して出てきたじゃないか。こんなリアルな夢があるか?」


お兄ちゃん言うことはもっともだ…これが夢じゃなくて現実だって思うには十分なんだと思う。だけど…一つだけ夢みたいな事がある。


「あ、あのねお兄ちゃん…一個聞いても良いかな?」


「いいけどさ…それよりも本当に大丈夫なのか?」


「うん、ありがとう。あのね…私の事、好き?こんな時だけど真剣に答えて欲しいな…」


「え…そ、そりゃもちろん好きだよ。だって…」


「妹だから?それとも、本当は女の子として見てくれてる?」


お兄ちゃんの言葉を遮り、ジッと見つめなから答えを待つ。お願いだから私の思う答えを言わないで欲しい…


「…うん。本当は唯の事、女の子としても好きだよ…だけどさ、俺達兄妹だろ?だから、それを打ち明けたらなんて言われるかわからないし、周りも何て言うか…だから、今までの距離感がちょうどいいかなって安心してたんだ。」


お兄ちゃんが答えてくれる。自分の本当の気持ちを…それを聞く私の心臓はどんどん激しくなる。


「でも…そんな事言われたらもう引き下がれないよ。俺は唯の事を愛してる。兄としても男としてもこの気持ちは本物だよ。」


お兄ちゃんがゆっくり私を抱き寄せる。そのまま顔を近づけて、唇が重なりそうになって…


「っ…!止めてっ!」


私はお兄ちゃんを振りほどき、勢い余って頬にビンタをしてしまう。パシン!と乾いた音が響いて私は尻餅を着いてしまった。


「ど、どうして…?もしかして俺の事嫌いだったのか?」


「ううん…そんな事は無いよ…私はお兄ちゃんの事大好きだよ。」


「じゃあ、なんでっ!?」


「だって…貴方は本物お兄ちゃんじゃないもん。」


そう、このお兄ちゃんは私の妄想が生み出したお兄ちゃん…さっきの告白を聞いて確信した。あれは、私がこんな事言われたら嬉しいなって考えてたセリフだから。それ以外にもちょっと爽やかだったり気が利いたりとか…あれは私が考えたお兄ちゃん…


別に本物のお兄ちゃんに不満があるわけじゃないけど、こんな風に振る舞ってくれるのも良いかなって思ってただけで、不器用で照れ屋なお兄ちゃんも可愛くて好きだよ。


「ごめんね…私はここにいちゃいけないの。居心地はすっごく良かったけどね。」


お兄ちゃんだけじゃない…お父さんもお母さんも周りの人達も優しくて私達の関係を許してくれてた。ここは、私の望んだ世界…


「あのね、もう一個聞いていい?貴方は幸せ?」


「当たり前だろ…唯がいて…父さんと母さんもいて…幸せに決まってるじゃないか!」


「ふふっ…やっぱりそう言ってくれるよね。ありがとう、でもごめんね…それは私が望んだ幸せであって、お兄ちゃんにとっての本当の幸せじゃないの。」


「だから…この世界は偽物なの。」


そう言った瞬間、私と彼の間の地面が割れる。それはどんどん大きくなっていき二人の距離を離していく。


「待て!唯…唯ー!!まだ、間に合うんだ!こっちに来い!」


彼が必死に手を伸ばしてくれる。彼だけじゃない、色んな人達が私を呼んで向こうの世界に戻そうとしてる。


私に優しい世界…とっても魅力的だけどそこにいちゃ駄目なんだ。私はお兄ちゃんの幸せの為に旅を続けないとだから。


向こう側は見慣れた景色に見慣れた人達。私がいる側は真っ暗で何も無い…


やがて、真っ暗だけになってしまった。その世界で私はお兄ちゃんから貰ったヘアゴムをほどきギュッと握る。


「会いたいな…お兄ちゃんに…」




目を覚ました。


試練開始から10時間。唯の様子がおかしくなった。今までは静かに眠ってるだけだったのに、急に息を荒くし汗をかきだした。


「お、おい?どうした唯!」


「私、司祭様を呼んでくるわ!唯ちゃんをお願いねラミ!」


セーナが慌てて部屋を出ていく。司祭を連れてくるまでの間、あたしはずっと唯に声をかけ続けた。それでも、こいつは目を覚まさず苦しむばかり。


「失礼します。願望者の様子が変わったようですね。」


セーナが呼んでくれた司祭が部屋に入り、唯の様子を見る。


「ふむ…どうやら試練が佳境に入っているようですね。ここを乗り越えれば彼女は戻って来るでしょう。」


「司祭様…それは、乗り越える事が出来なければ戻って来れないと…」


「ええ…過去、何人もの願望者が目を覚まさずに旅を終えました。」


「そんなっ…!じゃあ、唯はもしかしたらこのままなのかよ!?」


「彼女が弱ければ…です。」


司祭の言葉に背筋に寒気が走る。セーナも驚いた顔で心配そうに唯を見つめている。しかし、あたし達二人とは違い司祭は唯の頬に手を当てて優しくて撫でる。


「祈りなさい。この子を思うのなら…」


その言葉にあたし達はハッとする。二人で唯の手を握り必死で声をかけ続ける。兄貴の事はどうするんだとか美味しい物食べに行こうかとかまた兄貴の話を聞かせてくれとかもっと旅をしようとか…必死で二人で声をかけ続けた。


それから、一時間…


「あ…ただいま…ラミさん…セーナさん…」


目を覚ました。



「「唯 (ちゃん)っ!」」


あたし達二人で唯を抱き締めた。


「わっ!?ふ、二人とも…苦しいよ…」


「まったく、心配かけやがって!どうなるかとヒヤヒヤしたぞ!」


「頑張ったわね、唯ちゃん!」


「二人共ありがとう…あのね、私、一人ぼっちになったと思ったけど、二人が助けてくれたんだ。だからね、ありがとう。」


唯がそう言った瞬間、手に持たせていたヘアゴムが光り出す。


「見事、試練を乗り越えたようですね。おめでとう、今回の試練は無事終了です。」

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