15話 どうか無事でいられますように
「すごーい!海風が気持ちいいねーマリアン!」
「うん、凄いね!私、風がこんなに気持ちいいなんて知らなかった!」
船の甲板で唯がわたしの手を握りながら大きく手を上げる。それに釣られ反対側の手も上げてバンザイをすると全身に心地よい風が当たる。照り付ける日射しが体を暖めてくれるから寒さも感じない。ザザーンという波の音と海猫の鳴き声がいつまでも聞き飽きない。家の外がこんなに楽しいなんて今まで思った事もなかった。私は今海にいる…どんな景色なんだろう?あお色がとっても綺麗ですっごく大きいんだって…見てみたいなぁ…。
唯の提案でエノマの街から船に乗って移動することになった。行き先はオーノドの街で三日もすれば到着するらしい。
初めての船…最初は水の上を移動するだなんて怖かったし、船が出航したら足元が揺れて凄く凄く怖くなった。でも、そんな時も唯が手を握って体を支えてくれたから私の中の不安は消えていった。
ちょっと前まで家に籠ってるばかりだった私が神父様の提案で願望者として旅に出る事になった時も凄く不安だった。お父さんもお母さんも私には無理だって反対して、それでも唯一の希望だからって言ってみたけど…結局言われたのは「好きにしなさい」の一言だった。きっと、二人とも私に対して興味が無くなってたんだと思う、体の良い厄介払いが出来たって喜んでるだと思う。でもそれはしょうがない、私が生まれた時から目が見えなくて何をするにも臆病で不器用で何の役にも立たなかったから。いざ旅に出ても目的地に着く前に魔物に襲われて、唯達が来てくれなかったらきっとそのまま死んじゃってたと思う。
でも、今は不安なんてほとんど無い。私と友達になってくれた人がいるから。私の事を助けてくれる人がいるから。今は何も出来ないかも知れないけど目が見えるようになったら何か恩返しがしたい。そうだ、私が唯より早く願いを叶えて今度は私が唯の手を引いて上げよう。ラミさんとセーナさんにも何かしないと…あぁでも二人とも大人だししっかりしてるから私なんかに出来ることがあるかな?
「マリアン?どうしたのボッーとしちゃって?」
「あ…ごめんね。ちょっと考え事してて。それより、次の街楽しみだね。今度こそ試練を受けられると良いね。」
「そうだね。もしかしたら二人一緒に受けたりとか出来るのかな?」
「えー、それだと私唯の足を引っ張っちゃうかもしれないから嫌だよ。」
「大丈夫大丈夫、二人一緒ならなんとかなるって!」
「ふふ、やっぱり唯は凄いね。一緒にいると本当になんとかなるって気持ちになれるもん。」
「そんなことないよ…私ね、本当は最初にこの世界に来たばっかりの頃は辛くて止めたくなったんだよね。私さ…こっちの世界じゃ一人ぼっちなのかなーって思って、なんか…寂しくって生きててもつまんないかもって思ってさ。」
「そ、そんなことないよ?ラミさんとセーナさんだが着いてきてくれてるじゃない!そ、それに…私だって…唯の、友達だから…」
「そう!そうなんです!私は一人ぼっちじゃないなって改めて気付いたんです!ラミさんとセーナさんのおかげで試練もクリア出来たし旅も続けられるし…こんな可愛い友達も出来たしね!」
自分から友達って言うのも図々しいかなって思ってたのに、唯はなんにも躊躇わずに私を友達って言ってくれた。それが嬉しくて体が…特に顔が暖かくなる。なんでだろう?急に熱が出てくるなんて、もしかして風邪かな…
「おーい!二人ともそろそろメシだぞー!」
「あっ!は、はい!ほ、ほら行こっ唯!」
「ちょ、ちょっ…走ると危ないよマリアン。」
ラミさんが私達を呼ぶ声が聞こえた時に、何故だか急に熱も引いて急いでその場から離れたくなった。本当に…今まで体験した事無いことが次々やって来る。
「へー、シチューにパンなんだ!美味しそう!」
「つっても美味そうなのは今のうちだけだぜ?どうせ、最終日なんかは干し肉と固いパンで寂しい食事になっちまうよ。」
「こらこら、あんまり失礼な事言っちゃ駄目よラミ。船員さん達だって頑張って良いもの用意してくれてるんだから。」
「マリアン、熱いから気を付けてね?食べにくかったら遠慮なく言って良いんだよ。」
「う、うん、ありがとう。頑張ってみる…」
「それより、次は二人の内どっちかでも試練を受けられれば良いんだけどな。もういっそ二人一緒に受けちまうとかしてくれりゃ良いのに。」
「願望者同士で協力した事なんてあったのかしら?なんにせよ二人とも無理はしちゃ駄目よ?死んじゃったら意味が無いんだから。」
そうして、四人でお喋りしながら食事を終えて部屋に戻ろうとすると、突然大きな揺れが起きた。
「な、なに!?どうしたの!?」
「大丈夫大丈夫、船がちょっと揺れただけだよ。」
唯はそう言いながら私を支えてくれるけど揺れは何度も続き体が右へ左へと行ったり来たりする。何が起きたのかわからない恐怖に唯の手をギュッと強く握ってしまっていた。
「セーナ、二人を連れて部屋に戻ってな。あたしはちょっと様子見てくるよ。」
「うん、気を付けてね…ほら、それじゃ部屋に戻りましょ。」
それから、三人で部屋に戻ったけどいつまでたっても揺れは収まらない所かどんどん大きくなっていく。バシャーンという水がぶつかる音が聞こえる。ううん、私が今まで聞いた事のある水音よりもずっと大きくて恐ろしい音だ。怯え全身が震えだす私を唯が手を握りセーナさんが背中を撫でてくれる。
「大丈夫、大丈夫よ。もうすぐラミも戻ってくるだろうし、一晩も立てば収まるわよ。」
セーナさんが私をずっと励ましてくれる。それでも体の震えは止まらない。一晩とは言うけれどそれが凄く長く感じてしまう。もしかしたら私達皆ここで死んでしまうのかもしれない。
怖い。怖い。怖い。すごく怖い。
せめて、唯とだけは絶対に離れないように力強く手を握る。
「マリアン、私がついてるからね。絶対大丈夫だから。」
唯が私を抱き締めてくれる。手を握り返してくれる。少しだけ…落ち着いたかもしれない。私もいつまでも怯えてられない。唯が私に勇気をくれるんだからいつまでも心配させてられない。だって、私は頑張るって決めたんだから。
「おい、皆揃ってるな!ヤバイかもしれないよ!」
扉が勢いよく開く音と同時にラミさんの叫び声が聞こえてくる。
「ヤバいって外はどうなってるの?ちゃんと説明してちょうだい。」
「突然の嵐でまったく対応出来てないんだ。ここらの海域はこんなに荒れることは無いらしいし…そもそも予兆も何も無く本当にいきなりだって…」
「そう…それで、私達はどうすればいいの?」
「どうしようも無いさ。船が沈まないよう祈ってる事ぐらいだ…あたしら素人が来ても足手まといにしかならないって。今、外に出たらあっという間に海に投げ出されちまう。」
「そう…」
ラミさんの説明が終わると部屋に沈黙が流れる。荒れる波と雷の音で騒がしいのに妙な静けさ…
「しょうがない…じゃあここは言う通りお祈りしてよっか。この船には願望者が二人もいるんだから大丈夫だよ!」
唯の言葉がその沈黙を破った。
「うん。そうだね。私達はこの程度で挫けてられないもんね。精一杯祈ろう。」
私は唯と手を繋いだまま更に手を重ねてお祈りをする。そこに唯も手を重ねてくれた。二人で精一杯祈った。
「ふふっ…じゃあ私も。ほら、ラミもこっち来て皆で並んでお祈りしましょ。」
「ちっ…わっーたよ。おめでたい奴等だ。」
そうして私達は揺れる船の中で祈り続けた。