11話 死を乗り越えた先に
陣くんが石像の前に祈りを捧げるとその体勢のままピタリと動かなくなってしまった。ガルグさんが呼び掛けるが一切動かず、まるで彼の時間だけが止まったようだ。
狼が言うには試練が始まったらしい。それが終われば戻ってくると言う。
「では、陣くんが試練に挑んでいる間、私達に出来ることはありますか?」
「無い。あえて言うなら祈る事ぐらいだ。」
「そうですか…では、そうなると教会が言う協力者と言うのはどうやって判断するのですか?」
「それは人間が作った制度だ。我に聞かれても知らんな。」
「おや、失礼しました。では、貴方はどうしてこの場所の試練の案内をしているのですか?」
「小うるさい奴だ…それは我が主に、人間が神と呼んでいるお方に役割を与えられたからだ。」
「ほう!あなた方と我々の神は同じなのですね!」
「当然だ。主はこの世界を作ったのだからな…教会とやらも同じ事を言っているハズだか?」
「ええ、聞いたことはありますが…まさか貴方からも聞くとは思わなかったので…」
「ふん、人間の悪い癖だな。自分達が全てだと思い込んでいる。質問はもう終わりだ、後はこの者が無事に試練を終えるのを待っていろ。」
そう言って狼は寝転がり喋らなくなった。まだまだ聞きたいことは沢山あるけれど彼の機嫌を損ねてはどうなるかわかったもんじゃない。
こんな山奥に作られた石像…昔の人がこんな所にわざわざ作ったのか?それとも狼のように役割を与えられた者が作ったのか?なぜ魔物が試練の案内をするのか?そうなるとこの場所にはなにか意味があるのか…
「ガルグさん…あれ、どう思います?」
「おん?陣の事か?さてな、あいつにしか出来ない事なんだからなんとも言えんよ。」
「それは、わかっていますよ。それよりも、あの狼や石像の事です。」
「あー、そうか…お前願望者に興味出たんだっけな…まぁ、あの狼の言う通り神様が作ったんだろうよ。」
「それは何故だと思います?人間が試練を達成すれば褒美を与える…そこに神はなんの利益があるんでしょうか?」
「さーな。そんな哲学俺にはわからんよ。…あ、お前、もしかしてこれも商売に出来るとか考えてんのか?」
「おや、それは陣くんの結果次第ですね。」
「素人意見だが…止めといた方が良いと思うぜ?」
「根拠は?」
「勘だ。」
「そうですか…貴重な意見ありがとうございます。」
勘だなんてそんな雑な…とは言わない。商人である私とは違う、戦士であるガルグさんの視点からの勘…それはきっとこの試練そのものが困難だと彼は感じているんだろう。
それに挑む陣くんはどこまでやってくれるのだろう?今、どんな試練を受けているのか?果たして無事に戻ってくれるのか?まだまだ疑問は尽きないまま彼を見守る。
唯が死んだ。
首を絞められ死んだ。水の中で溺れ死んだ。体を引き裂かれて死んだ。頭を潰されて死んだ。燃えながら死んだ。全身の血を抜かれて死んだ。串刺しにされて死んだ。
何度も何度も唯が何回も死んだ。色んな死に方をしてその度に悲鳴を上げて俺を見ながら死んだ。それを俺は見てることしか出来なかった。叫んでも手を伸ばしてもどうする事も出来なかった。
「ふふ、お兄ちゃんどう?目の前で私がいっぱい死んで。まだ怖いかな?それとも慣れてきたかな?」
俺と一緒に見ていた唯は笑いながら見ていた。自分が死ぬ様を。怯える俺を撫でたり煽ったりしながら…
「それとも、もしかして死ぬ瞬間の私も可愛い…とか思っちゃってる?」
「そんなわけない…そんなわけないよ。俺…なんにも…なんにも……」
「なんにも…なーに?なんにも感じないの?可愛い妹が死んでるのに?」
「なんにも出来なくて…ごめん…」
そう言った瞬間、涙が溢れてくる。無力な自分が許さないのか唯が辛い目にあってるのが耐えられないのか…
「う、うぅ…あぁぁぁ、ごめん、ごめんよ唯!…俺、助けられなくて…!俺がもっとしっかりしてればこんな事にならなかったのに…」
破裂したみたいに泣き叫び出した。幻の唯にしがみつきながら必死に謝って、自分の無力さを後悔しながらずっーと泣き続けた。
「よしよし、辛かったね。私が死んだのそんなに悲しんでくれるの…ちょっと嬉しいかな。でも、私はいつまでも泣いてるお兄ちゃんはちょっと嫌かな…」
「ん……ご、ごめん…」
少し落ち着いてきた頃に声をかけられ唯に嫌って言われて慌てて涙を拭う。顔を上げて唯の目を見るが言葉が出てこない…何かしてあげる事も出来ない…
「ね、いっぱい私が死ぬのを見てどう思った?」
「…辛かったよ。」
「もう見るのは嫌?」
「うん…嫌だ。」
もう、唯が苦しむ所は見たくない。俺はあの笑顔がまた見たくて唯に会いたいって思ったんだ。だから…何度も何度も死ぬ姿を見るのは辛かった。
「なぁ…俺はどうすれば良い?どうすれば唯を助けられたんだ?」
「そんなのわかんないよ。それに、今さらそんな事を言ってももう遅いんじゃないかな?」
「うん…そうだな。」
「私に会えたら何をするの?」
そう聞かれた時、思い出した。クリスマスプレゼントに買ったネックレス。大切に持ってろって言われたからお守りとして身に付けていた物…
「これ…渡したい。この旅が終わるまで俺を守ってくれたら、今度は唯を守ってくれると思うから…いや、そうじゃなくても俺が唯を必ず守るから。」
「そっか…」
唯が立ち上がり、それを追いかけるように立ち上がり向かい合う。目の前にいるのは偽物だってわかってる、それでも俺の大切な妹なんだ。もう、辛い目に合わせたくない…唯は父さんと母さんと違ってすぐには死ねなかった。病院で全身包帯で巻かれて呼吸器も付けて、それでも意識はあったらしい…苦しかったと思う、いっそ楽になりたかったと思う…俺の呼び声に反応して少しだけ口を開いた事もあった。だけど、何を言ってるかは全然聞き取れなかった…
絶対に俺が唯を守るって決めた。
「約束だよ…絶対だからね?」
「うん…絶対だ。」
その瞬間、唯の手をおもいっきり引き抱き寄せる。
「あ、わかっちゃった?あのままだったら私また死んじゃったよ?」
「…イタズラ仕掛ける前の悪い顔してたからな…もう大丈夫だよ。」
「うん、そうだね。じゃー、今回の試練は終わり!これからも頑張ってねお兄ちゃん!」
「…ありがとう。」
俺の胸の中にいた唯は消え、いつの間にか元の世界に戻っていた。森の中で祈りのポーズのまま、ガルグさんとマルドゥさんと狼に見守られていた。
「戻りました…俺、試練を突破しましたよ。」
「そうみてーだな!」
「顔を見ればわかりますよ。おめでとう。」
二人が笑顔で迎えてくれ、なんだか安心する。無事に終えられたんだなっておもう。
「見事だ、願望者よ。このまま挫けずに行け。主もお喜びになるだろう。」
狼の言葉と同時にネックレスが光り出す。
こうして、俺は決意を改めて一つ目の試練を終えた。