僕とエリアーデとピーちゃんと
「あなた おはようございます」
朝日もまだら昇らぬ時、僕に声がかかる。その声は幼なじみであり、僕の妻である、エリアーデだ。
……まだ眠たい、なのでそれから逃れるべく柔らかな分厚い毛布に潜る様にして、背を向ける。
しかし愛しい僕の奥さんは、容赦はない!この時ばかりは、優しげな容姿からは想像出来ない、正反対の心のもちぬしだ。
「起きて下さいませ、朝の鍛練の時間でございますわ!」
エリアーデ、昨日やっと帰って来れたのだよ、魔物を討伐する旅から、やっと、帰って来た。今日位は、ゆっくりしたいのだけど……
僕はモゴモゴと更に潜り込みながら、ダメ元で反論する。
「いけません、そのような堕落は、あなた様は、幼き時に『神託』を受けし勇者、それに相応しく行動が求められてます。あなたのお母様からも、しっかりと!あなたの為に尽くすよう、言われてますもの」
母さん!何を言ったの!ん?そういえば、奥さんこうやって毎朝、毎朝起こしに来ていた。子どもの頃から……
出来るだけ寝具の中にいようと、あれやこれやを考えていると、
「あああー!私を愛していないのですね」
起きて下さいませ。エリアーデはあなたの御身が心配ですの、もし鍛練を怠りお力が、弱くなり、極悪ドラコンなどに殺られでもしたらぁ
なかなか起きない僕に早々に、しびれを切らしたエリアーデは、よよと涙に暮れながら、ベッドへと身を寄せしゃがみこむ。
……仕方ない、起きるか、ため息と共に僕は起き上がる。その姿を目にすると、パッと笑顔になる彼女。
可愛いのだけど困った僕の奥さん、おはようと声をかけて、ベッドから出ると、身仕度をする、それをいそいそ手伝うエリアーデ、涙は何処に行ったのやら……
×××××
「あなたの為にお留守の間に、鍛練のお相手ができましたの」
中庭に整備している鍛練場に二人で向かっていると、エリアーデが、いそいそと、嬉しそうに話してくる。
この国の勇者として、認められている僕は、それなりの身分だ。滅多と帰って来れないけれども『館』住まいの僕達。
仕える執事さんもメイドさんも、幾人かはここで、仕事をしてもらっている。なので、わざわざ彼女が、僕の身の回りの事の、全てをしなくてもいいのだが……
過去に一度そういうと、果てなく面倒くさくなったので、僕の事に関しては、彼等に手を引いてもらっている。
「べつにいいよ、わざわざ探して来なくても……剣術なら、剣士に頼めばいいし、魔術なら……」
僕がそこまでいうと、ふと立ち止まる彼女。
「あああー!私はあなたのためを思って、お呼び出しをしたのに、喜んでくれないとは……私の事を愛していないのですね!」
……しまった、エリアーデは昔からこうだったのを忘れていた。僕の事を心配しすぎるのか、何だろう、とにかく愛情深すぎて少々困る。
ごめん、ありがとうね。と言うと、再びパッと笑顔の彼女。
はぁ、子どもの時からだから、慣れてるけれど疲れる。そういや、魔法使いのオッサンが、子供が出来れば、解放されると言ってたな。
彼女は、どう思っているのかな、なかなかここに帰って来れない家業の僕だし、それこそ殺られてポックリもあり得るし……
この次、いつ帰って来るかも、わからないから、ちょっと聞いておこう。
コツコツと足音をたてながら、僕はさりげなく彼女に声をかける。
「ねぇ、エリアーデ、そのね……」
「なんですの?あなた」
それに気が付き、立ち止まる彼女。そして、両の手を胸の前に組み、僕を見上げて来る
サラと窓から、甘い花の香を含んだ風入って来るとふわりと僕達を取り巻く。
朝からロマンチックな雰囲気の中、真摯な瞳で見つめてくるエリアーデ、何だろう、ものすごく、恥ずかしい……
そして僕は、露骨に聞くのも照れ臭く、ゴニョゴニョと話をごまかした。
「う、ん、また今度でいいや」
まぁ、なんですの?と聞いて来るが、追及はしない様子なので、少し安心をする情けない僕。
剣士のオッサンからは『英雄、色を好むもの!』とか言われているけれどねぇ、好みだし……それに、
再び歩き出した、僕は試しに最大限に気配を消して、チラッと隣を歩く彼女を伺う。
瞬間!その視線を鋭く察知するエリアーデ。射るような視線を送ってきた。
……止めておこう、命はないかも、しかし仮にも僕の隠密をかけた視線を、察知するとは奥さん?何だろう、何か引っかかる。
「ねえ、ちょっと気になったのだけど、僕の鍛練の相手って、探して来たんだよね……」
そう、彼女の言葉に何か引っかかるんだよ。『できましたの』はいいけど『お呼び出し』コレが引っかかる。
その質問に対して、ふふふと笑顔を向けてくる彼女。そして、心配なさらないで、勇者に相応しいお方ですから、と答えて来た。
……うーん、どっち付かずな答えだな。
『一度出会い、僕の帰った事を言って来てもらった』そのままか、もうひとつ
ここは魔法の力がある世界『召還』がある。
どちらだ?『来てもらった』か『召還』か……
しかし奥さんは『魔女』だけど、それほど強くはない。
冒険者として、旅をする事は出来ない。彼女が出来る事は、たかが知れている。なので、仮に召還をしても、害のない妖精やら、精霊レベルなのだが……ならば、誰かに来てもらったか。
となんやかやと再び考えているうちに、中庭へとたどり着く。そしてそこに居たのは、執事さん。
「お待ちしておりました。旦那様、奥様、ピーちゃんは、ご機嫌でございます」
とふかぶかと一礼しながら、そう言うと、柔らかな敷物を敷かれた篭にちょこんと座っている『ピーちゃん』を彼女に手渡す。
「え?コレってあの時持って帰った『卵』かなぁ?気配が同じだけど、孵ったの?」
僕は、エリアーデがありがとうと!愛しそうに受けとるその篭に目を向ける。
その中には、ちんまりとした『ドラコン』のベビーちゃんが、ピスピスとお口から赤い煙に青の炎を混じったのを出して鳴いている。
「ええ、一生懸命にお世話をしてたら孵ったのよ、うふふ、大きくなってね」
可愛いでしょう、ピーちゃんが生まれて寂しくなかったの、とそれを見せてくるエリアーデ
そうか、やっぱり寂しい思いをさせていたんだ、と心が締め付けられる僕
「ごめん、寂しい思いをさせて、それにしてもよく孵ったね。なかなか難しいんだよ」
そして良かったと思う。この孵ったドラコンベビー、育ての親が与える『魔力の量』によって、大きさ強さが変わる。
つまり、魔力の無尽蔵なドラコンが育てると、きちんとした成竜になるが、選ばれた名を持つ、高い魔力を持ち得た人間でない限り、それはない。
おそらく、ピーちゃんは、この姿のままに彼女の側にいることになる。
エリアーデは、愛しそうにピーちゃんと戯れている。良かったね、頼むよピーちゃんと思いつ、 僕は辺りを見渡す。
……執事さんは、そろそろ失礼します。と下がって行った。残るは、
僕とエリアーデとピーちゃんと、
他は見あたらない。ならば鍛練の相手とは?
どうやら『召還』ではないし、まだ相手はここに来てないかなぁ?と考えながら、彼女を眺めて考えていたら、エリアーデが動いた。
「さあ!あなた!鍛練しなくては!」
「え?エリアーデ、君が相手なの?」
僕はその展開は予想していなかったので、いつの間に彼女は『魔力』を上げたのか?と対応を構築していると
さあ!行きなさい!ピーちゃん!ピーちゃんならば、大丈夫ですわ!
彼女はそう言うと、ベビードラコンを空へと羽ばたかせる。そして数秒後、あり得ない現象が起こる。
ごぉぉぉぉー!と青いもくとした煙に包まれると、天をつく巨大なドラコンがドオッ!と姿を現したのだ!それは『伝説』の存在!
「え!エリアーデ?エリアーデ!なぜピーちゃん!まだベビーだよね?何で、伝説?」
ええ、そうですわ!ベビーちゃんです。そして『伝説の存在の凶悪ドラコン』しかし『現実』になりました。
あなたのお相手は充分出来ます!何故なら、可愛いピーちゃんは、ベビーちゃんでも強いと思いますの。慌てて問いかける僕にそう答えて来たエリアーデ。
「『凶悪』のドラコンベビー!ベビーなの?此で?はあ?何かしたの?でもおかしい!エリアーデ!いくら伝説でも、赤ちゃんでこれはあり得ない!」
ぐぉぉぉー!と轟く咆哮!吐き出される灼熱の赤い煙と、青い呪いの炎!これってまさか?まさか?エリアーデ?とんでもない事をしたのか?
日々課せられる任務で、死闘をくぐり抜けている僕は、知識を総動員して、ピーちゃんを読む。
襲いかかる、灼熱と呪い、これはダメだ!少しでもかかると『即死』だ!エリアーデ!何をしたー!
僕はそれを聖剣で切り、浄化しながら、満足感溢れる彼女に聞く。
「はい、流石あなたですわ、私は、あなたのお相手になるように『ホープのダイヤモンド』なるものを『お呼び出し』して、ピーちゃんに食べさせましたのよ」
「ホープのダイヤモンドって!彼方の世界にとばされた最悪、最強の呪いのアイテムじゃないかー!呼び出すなぁー!」
しまった!この手の『召還』は簡単な術式だったー!元々此方の物質だったし!
子供でも、やろうと頑張れば出来る事だ!それを食べさせた?ダメだろう!エリアーデ!
ピーちゃんの攻撃を、必死にかわしながら思わず言い放った僕に、彼女の十八番
あああ!あなたの為に『お呼び出し』いたしましたのに!そんなつれない御言葉を!私の事を愛してないのですねー!
よよと、泣き崩れ、地面に崩れるエリアーデ
ぎしゃぁぁぁー!と青い呪いの炎の濃度を上げてくる、ベビードラコンのピーちゃん、これで『赤ちゃん』って、どうなるこの先ー!
泣き崩れつつ、ピーちゃん!頑張って!と声をかけるエリアーデ。
ピーちゃんの攻撃を必死にかわす、それは最早『死闘』と言うのに相応しい、何故に家の鍛練の相手が、この『最悪最強級』なんだよ!
ピーちゃん攻撃くらったら『一発即死』
そんな事を考え、僕はついに堪忍袋の緒が切れた!
「そんな事を言ってる場合かぁー!エリアーデのバカー!」
「完」