第七話 ゲーム『プレイヤー座頭市VSプレイヤー此花咲良』
「……もう少しやると思っていたんだけどなー。割とあっけなかったな」
俺はゲーム的なエフェクトによって消えて行く茜、ことPN『夕焼け』の死体を眺めながら呟いた。
このゲームでは、初心者を見つけると速攻ぶっ殺すのがセオリーだ。
何しろ斬れば斬るほど高得点であり、斬れば斬るほど金を獲得できるゲーム。
ゲームスキルも何もなく、先輩プレイヤーにはされるがままにしかならない初心者は恰好の的。
鴨葱何てレベルじゃない。高級和牛をただで配り歩いているようなものだ。そりゃ、誰だって寄ってたかってボコボコにするわ。
ま、今回の場合は半分騙してゲームさせたようなものだから、死んでたら香典代は出してやろう。
生きてたらどうしようかなー。ま、ハンバーガーくらいは奢るか。今の一撃で一、二万円くらいは稼げたし。
「……さて、と。取りあえずまだ対戦モードは続いているから、茜の奴がまだこのゲームを続けんだったら、後五、六回くらい殺してポイントもう少し貯めておこうかなー。この後は『サヴァイブ』も控えてるし、出来る限りでいいからプレイヤースコアは稼いでおきたいしなー」
俺は空間上に呼び出したメニュー画面を弄りながら、自分の装備を弄って一人小言を呟いた。
誰もいないときに独り言ってついつい飛び出しちゃうんだよね。ま、ンな事よりもまずは装備だ。
今俺が使っている武器は、この前ランカーから奪った『紅桜』と新たに手に入れた刀である『翡翠』の二振りに、リボルバー式の拳銃であるピースメイカーが一丁。これに加えて、小太刀が二振り羽織の下に隠す形で装備している。
いつもはあんまり銃は使わないんだが、暗殺とか不意打ちにはこっちの方がいいかなと思って使ってみたが、意外としっくりくる。これからも奇襲とか暗殺で使うのは割といいかもしれないな。
俺は手元の銃をくるくるとまわしながらそんなことを思うと、不意に、
「見つけたぞ座頭市いいいいいいいい!!」
いつだかに聞いたことのある女の怒声が俺の背後から真昼の江戸の町に響いた。
「おいおいマジかよ……」
俺はこの一週間、何一つ諦めることなくこのゲーム内で俺を探し回っていたであろう、そのプレイヤーの執着心の強さに驚愕しつつ、恐る恐る背後を振り返る。
果たしてそこに居たのは、先日俺に滅茶苦茶な因縁を押し付けて俺を追いかけてきたあの半裸袴の変態女こと『此花咲良』がおり、怒り心頭に発しながら新たな刀を手にして、俺に向けてその鋒を向けていた。
「見つけたわよこのクサレ外道おおおおおお!!!私の刀を返しなさいいいいいい!!」
「誰がクサレ外道だ。お前にだけは言われる筋合いはねえよ。つーか、そもそもの話を言えば、負けたお前が悪いだろ?この世界では奪われる方が悪いし、奪われるのは常に負けた方だ。そして、お前が負けたのはお前が弱いからだ。なら、文句を言う資格はねえだろう?」
俺は咲良からさりげなく離れながら腰元の刀にソッと手を添えると、適当に挑発の言葉を投げ掛ける。これで怒りに任せて襲ってくれれば儲けものだと思うが、そうそう上手くはいきはしない。
俺の挑発に対して、『此花咲良』は怒りを滾らすどころか、寧ろ冷静さを取り戻した様に静かに口を開いて、俺に向けて無造作に近づき始めた。
「……ええ、そうね。その通りよ。このゲームをやる以上、悪いのは負けた方で、弱い方。だから、悪いのは私。なら、その間違いを正すためにアンタを殺さ無きゃいけないでしょう?」
あー。………ヤベーなコレ。幕末のプレイヤーって、マジ切れすると逆に冷静になるんだよな。
まあ、いいか。こっちとしてはこの一対一の状況ってのは願ったり叶ったりだ。俺は幕末プレイヤーとしては致命的なまでに乱戦勝負が苦手なんだよ。どっちかツーと、こういうタイマンで決着をつける方が好みなんだ。
「……良いぜ。此処まで来たなら、とことんまで相手してやるよ。事のついでだ。テメエの持っている刀は全部根こそぎ奪い取ってヤル」
「あら。嬉しい事を言ってくれるじゃない?そんな風に男に誘われるのは初めてよ?ただ、口の利き方には気をつけた方が良いわ?幾ら熱い口説き文句でも、誘い方次第では嫌われるわよ?」
俺の軽口に合わせて『此花咲良』はそう言うと、薄く笑いながら握りしめた刀を軽く振って見せた。
瞬間、此花咲良の握った刀が煌くのと同時に、距離を取っていた筈の奴が俺の目の前に現れる。
両手に握られた刀の内の右の刀は俺の胴を真っ二つに胴を斬り裂くように斬撃が閃き、左手に握られた刀は俺の首筋を狙って斬りつけられた。
「……ンナくそおおお!!」
一瞬のあるかないかの硬直の末に、俺は舌打ち混じりに首筋を狙う一撃を体を捻って躱すと、横薙に斬り払われた一撃を『紅桜』の居合で防ぐ。そして、そのまま居合の一撃で斬り払った剣戟を力任せに押し込んで咲良を弾き飛ばした。
「……ったく、相変わらずに厭らしい手を使って来るなー。こんにゃろー」
「相変わらずこれを避けられるのは驚きね。流石に上位ランカーやトップランカーには通じないけど、それなりの二つ名持ちでも意外と通用するのよ?この手は?」
俺は二刀を構えつつこちらを睨みつける咲良を前にして、ゆっくりと息を吐く。
どうやら首筋を狙った一撃は完全には躱しきれなかったらしく、首を逸れた咲良の一撃は俺の左眼の目尻を掠めており、薄く付いた刀傷からは頬に向かって一筋の血が流れる。
俺はそんな傷を無視して、咲良との距離を測りつつ少しずつ間合いを縮めていく。
まるで瞬間移動の様に俺の目の前に現れた咲良だが、別に特殊な事をしたわけじゃない。
アイツはわざと隙のある動きを見せることで、一瞬その動きの方に注意を引きつけ、その一瞬の隙を突いて一気に俺との距離を縮めただけ。このゲームの中で編み出された裏技の一つであり、奴の最も得意とする暗殺歩法の一種、『瞬閃』だ。
この瞬閃、決まれば大概の相手は殺せる一見強力な技だが、一点だけ致命的な弱点がある。
この技の肝である一瞬で距離を縮めるのに必要となるのは、相当な瞬発力と、相手に一瞬で移動したように錯覚させるほどの身のこなし。そして、その錯覚を引き起こすのに最適な、相手から遠すぎず近すぎない距離感だ。
この距離を縮められると攻撃前の無防備な姿が、距離を広げられると移動後の無防備な姿が敵の前に晒されることになり、敵の隙を突くどころか自分が相手に大きな隙を作ることになってしまい、オダブツになる。
その為、この技の使い手との戦いは、間合いの図り合いに終始する。それは今回の場合も同様だ。
俺はあいつの瞬閃を防ぐために距離を測り、あいつは俺に瞬閃を決める為に距離を測る。
そんな静かな膠着状態の中、俺が腰に差した二本目の刀に手をやった瞬間、事態が急転した。
今まで隙を窺うことに終始していた咲良が一瞬で距離を詰め、手にした二刀を振り回す。
俺は内心舌打ちしながら既に抜き放たれた『紅桜』を両手で握り直すと、咲良が繰り出す二刀の連撃を弾いて行く。
片手で握る咲良の刀に比べ、両手で握る俺の刀は速度には劣るが、力には優れる。それは防御力が互角であり、結着が付かないということに近い。
「おいおい随分と用心深いじゃねえの!!どうしたよ?この前のイケイケの態度とは違って、随分焦っているように見えるぜ!!」
「流石に、一度同じ手に引っかかれば警戒くらいするわよ。アンタには二度と二刀は持たせない。この前負けたのは、アンタに刀を抜かせた私の油断が大きな敗因だったわ!!取りあえず、アンタはこのまま私の剣速で削り切ってやるわよ!!」
その言葉と同時に、俺と咲良の剣の交錯が激しさを増す。
甲高い金属音と同時に、火花が飛び交う。
光よりも早く音が聞こえる様な錯覚と同時に、咲良の持つ二刀と俺の握る一刀が激突する。
咲良の二刀は俺よりも速度の点では優れているが、力の点では俺の方が上だ。技量は互角。……と言いたいが、これも奴の方が少し上。ただし、二刀を使えれば俺の方が強い。
だが、残った刀を抜く前にその一瞬の隙をついて咲良の方が俺の腕なり心臓なりを切る方が早い。
前回戦って分かったが、この女は隙を見るのと隙を突くのが上手い。前回の戦いではその長所を逆手に取り、こちらの隙をわざとつかせて大きな隙を作った後に、その瞬間に頭から唐竹割りにしたから勝てたが、今回はその手は使えない。
具体的には、わざと腹を突かせて油断したところを、そのまま脳天から叩き割った。
嫌になるね。最近出会う女は、茜と言い此花咲良と言い、何かしら隙を伺うのが得意な奴らばっかりだ。
そう思ったのが、良くなかったのかもしれない。
「へー。結構な色男ぶりで妬けちゃうじゃない。私以外にもアンタから恨みを買っている女がいるなんてね」
俺の真後ろから、今一番聞きたくない女の声が聞こえてきた。