第六話 ゲーム『東雲茜のオリジン』
私が剣志浪に連れられてそのゲームセンターに向かうことになったのは、夕方の六時過ぎの事だった。
夜と夕方の中間の様な狭間の時間の中を歩いていくようにして、私を駅前の地下街にあるその店に案内する剣志浪は、ずっと前から嵌っていると言うそのゲームについて楽しそうに語り続けている。
その姿は、何処にでも居る普通の男子高校生の様であり、そうしてそれについて行く私はどこにでもいる普通の女子高生の様だ。
まぁ、肝心のゲームルールについては秘密にしているところから察するに、どうせ碌でもない仕様のゲーム何でしょう。
それでも、こうして何かについてすごく熱中して、熱く語り続けることのできる人間と連れ立って歩いていると、私自身にはそう言う強い衝動を引き起こす何かが無いことが酷く感じられて、私は中身の何も入っていない人間なのだと認識してしまう。
思い返してみれば、男に連れられてこういう怪しげなところに入る事すら、何気に初めての体験だった。
いつもの金づるにしている男達には、とりあえず分かりやすく夜の繁華街に連れてかれていくので、いかにも高価なホテルや安上がりなラブホテルなどには連れ出されることはあったけど、こうして地下の薄暗い世界の中に男の案内で連れられるのは、今までの私の生活とはかけ離れた非日常のようでさえもある。
そう考えると、今までの私の人生はただ他の同年代と違うというだけで、別に何か体験の量が多いわけでも濃い人間関係を築いている訳でもない。意外と薄っぺらくて浅い物だったのか、と自己確認してしまい、自嘲の笑みが浮かんでしまう。
私の頭の中も、案外あの脳内お花畑と変わらないのかもしれない。まあ、だからこそ嫌いなのだろうし、別に好きになろうと思わないけど。
「着いたぜ。此処がお目当てのゲームセンターだ。まあ、お前もゆっくりと楽しんで行けよ。」
そうこうしている内に目的地に着いたようで、剣志浪が足を止めた店を見て、私は少し小首を傾げた。
「ブラックリバー……。不思議な店ね。ここに来るまでの話だと、長く続いている店って感じだったのに、外から見ると全然そうは見えないわね」
「はは。そうだな。見てくれはやたらと小ぎれいだから、どうしても老舗には見えないんだよな。ま、此処の店代奢ってくれたら、この前の事はチャラでもいいぜ。あー、でもここ会員制だからよ、驕るんだったらしっかりこの店の会員になってくれよ?」
「はいはい、了解了解」
私の感想に心底楽しそうに頷く剣志浪に急かされて、私はそのゲームセンターの中に入ると、剣志浪の言う通りに会員証を作り、そして。
そこから私の人生を良くも悪くも大きく変えるゲームと出会うことになった。
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どうやらこのゲームは、リアリティを求める為にプレイヤーは現実世界の姿をスキャンして、ゲーム内にプレイヤーとほぼ同じ姿のアバターを創り出すタイプのゲームらしい。
とりあえず、世界観的には幕末を舞台にして、刀や銃を使って戦うオープンワールドゲームらしく、プレイヤーはゲーム開始前に、好きな武器を選ぶことができるらしい。
基本的には武器や服装はプレイヤーの自由に設定することができるらしく、プレイヤーは初期装備の一つとして、ある程度のゲーム内通貨が与えられ、その通貨を利用して最初に幾つかの装備を購入するのがこのゲームの最初の肝だ。
服装の中には甲冑や鎖帷子など、場合によっては防御力を底上げしてくれる物もあり、服もまた装備の一種類として選ぶことができるらしい。
武器に関してはゲーム内に設定されている物しか使うことはできないが、服装に関してはデザイン面に関しては別途に課金する事で自由に変更することができるらしい。
ただ……世界観やら時代背景やらで日本刀やその他の刀剣に多数の種類があるのはいいとしても、用意されている銃器の中に明らかに現代兵器が混じっているのはどう言うわけなのかしら?
オートマチック式の拳銃が用意されているのはギリギリ明治時代までを含んでいると考えれば納得できるけど、F2000とか、それを元にした簡易式のレールガンとか、明らかにオーバーテクノロジーでしょ。まさか、過去に落とした男が話していた知識がこんな形で役に立つとは思わなかったわ。
とりあえず、適当に刀を装備して、遠距離武器としてピースメイカーを二丁とデリンジャーを一丁選んで私はゲームを開始する。
次の瞬間に私は、幕末の江戸に居た。
ゲーム内の時間ではまだ真昼なのだろう。
町の中に建ち並ぶ家々や、道行く人の一人一人の表情までもが作り込まれており、それはさながら、時代ごと世界を一つ丸ごと切り取った様な、そんな感覚がした。
ゲームには詳しくないけれども、よくできた世界観だと思う。
ゲームのルールから考えればネットゲームでやればいいと思っていたけれども、成程。これだけ細部にこだわりたいのなら、VRで作るのは納得ね。
アーケード筐体でしかフルダイブ式のVRが作れなかった時代からすれば、これはゲームセンター用でしか作れないゲームだわ。
そうして、私は物珍しい光景に目移りさせながら江戸の街中に佇んでいると、背後から剣志浪の声がかけられた。
「おお……。やっと来たかよ。武器選ぶだけでも随分とかかるんだな?女の何とやらッて奴か?」
そうして振り返った先に居たのは、黒い羽織に白い着物と藍色の袴を着込んで腰に二振りの刀を差した、武士の恰好をした剣志浪だった。
馬子にも衣装という奴だろうか。着物姿で私の前に現れただけなのに、その姿や態度が妙に板についていて、軽い仕草だけでもどこか男の色香を感じさせるのが、少しだけ腹が立った。
「……ま、そんなところ?女の子の準備はそれだけかかるんだから。それで?このゲームってどうやって遊ぶの?」
私は、少しばかり剣志浪に見惚れてしまった自分を誤魔化す様に、今まで同じように軽口を叩いて剣志浪の言葉に同意しておくと、今まで一番気になっていたことを聞く。
アーケードゲームとしては画期的な、オープンワールドのゲームだというのは此処に来るまでに聞いていたけど、具体的にどういうルールで遊ぶのかまでは聞いていない。
そんな私の質問を聞いた剣志浪は、一瞬何処までも無邪気な子供の様な笑みを浮かべると、
「このゲームのルールは簡単だ。こうやって遊ぶんだよ」
そう言って、私の胸を撃ち抜いた。
「へ……。――――――!!ッ……!!」
次の瞬間、私は胸に走った激痛に耐えられずにその場に這いつくばり、胸に開いた穴から流れ出る血に全身を濡らしていた。
「へえ?やっぱ、コレ耐えられるんだ?マジで死ぬ奴とかいるんだけどな。つっても、百人に二、三人いるか居ないかくらいだけど。それでもさっすがー。とは、言っておくよ」
そんな私の様子を眺めていた剣志浪は、いつの間にか手にしていたリボルバー式の拳銃を、右手でくるくると回しながら口笛を吹いて感心していた。
その態度に怒りがこみあげてくるが、そんな私の心境とは裏腹に、私の身体はその場に倒れたまま言う事を聞いてはくれない。胸に開けられた風穴からは生温い温度をした血液が流れ続けており、地べたに血だまりを作って無様に這いつくばることしかできず、私をそんな目に遭わせた元凶を睨みつけることしかできない。
「が……!!あ、……ッ!!」
「軽く説明しとくとな、このゲームは取りあえず目につく人間・生物・機械。とにかく動いている物は取りあえず片っ端からぶった斬りにしていくゲームなんだよ。それがプレイヤーであったとしても。そして、プレイヤーには痛みや苦しみという感覚まで実装されていてな、殺されると直にその感覚を味わうんだよ。偶に、其の感覚に耐え切れなくなった奴が、マジで死ぬ。お前はどうやら耐えられたみたいだけどな。おめでとう」
力が抜けていく体を無理矢理に動かしながら剣志浪を睨みつけるが、そんな私に対して、剣志浪はさも今思い出したかのような態度でそう言うと、私の頭に手にした銃口を突きつけた。
「マジ……、殺す……」
「此処でそれを言えるか。お前、マジで適正あるよ」
持ちうる限りの全ての憎しみを籠めた一言に、ただ嬉しそうに剣志浪は答えた。
「ようこそ、人斬りの世界へ。そして、さようなら。また会いましょう」
剣志浪は、そう言って手にした引き金を引いた。
次の瞬間、私の頭は弾け飛んだ。
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「ああああああああああああ!!」
絶叫を上げて目を覚ました私は、思わず体を抱きしめた。
溢れ返る血の匂いも。鼓動を止めていく心臓の動きも。そして、最後に弾き飛ばされた頭に残る痛みも。全てが今でも、感触として残っている。
身体はまるで、いいや。まるでではなく、確実に悪夢そのものから覚めた時の様に汗でぐっしょりと濡れており、服が肌に張り付く鬱陶しい感覚がする。
脳の中にこびり付いた痛みが未だに身体に残っている。
「あの野郎、殺してやるわ」