第四話 学園生活『本性の暴露』
学校の裏で冴えない女を殴ってから数日後。
俺は、下駄箱の中に入れられた呼び出し状を読んで、放課後の空き教室に行っていた。
正直な話、書かれている内容は碌に読んでいない。
こういう時に書かれている内容には大抵の場合何も意味が無くて、呼び出されたところで女子がバカにするなり、隠れているバカな男が出て来て殴り掛かるなりする程度の話しだ。
どっちにしろ馬鹿な目にしか合わねえんだから、読むだけ無駄だ。
だから、今空き教室に広がっている光景には、正直驚きを隠せないでいる。
そこに居たのは、ストレートの髪を下ろした清楚な雰囲気の美少女がただ一人で俺を待っている光景であり、幾ら周りを見回しても隠れている誰かが出て来てどっきり大成功か、成功したと思って教室に突っ込んでくるだまし討ち要因もいない。
一体、何がどうなっているんだ?
今の状況に頭が付いて行かず、目を丸くする俺に向かって、その空き教室にいる美少女は俺に向かって静かに、甘く切ない声をして話しかけた。
「……剣志浪くん。来てくれたんですね。ありがとうございます。改めて、この前のお礼を言わせて下さい」
「あ?誰だお前は?少なくとも、この学校でアンタみたいな女を見かけた記憶は無いんだけど?」
「私です。この前いじめられている現場を助けていただいた、東雲茜です。もしかしたら、眼鏡をかけていないせいで分かりづらいかもしれないですけど」
俺の疑問に対して、茜と名乗ったその美少女は、ゆっくりと俺に近づくと、そのまま教室の壁際に追い詰めていくように俺との距離をゆっくりと詰めていき、やがて、壁際にまで押しやった俺に胸元に抱き着くと、そのまま俺の首元に顔を埋めた。
「……あれから、とっても会いたかったんです。今までどうやってお礼をしようかずっと考えていて、それで、遂に思いついたんです。私の大切なものを上げようって。だから、受け取ってください」
そう言って茜は、壁際に追い詰めて俺にしなだれかかり、ゆっくりと教室の床に俺を引きずりおろしていく。
やがて教室の床にへたり込んだ俺を押し倒して、茜はその上に馬乗りになると、ゆっくりと自分の制服の襟を緩めて俺に胸の谷間が見える様にする。
そのままゆっくりと首元のネクタイを解く茜の姿は異様に手慣れており、夕日に照らされて光る瞳と唇はイヤに艶っぽく濡れて俺を見下ろしてきた。
そんな茜の姿を見て、不意に何かが腑に落ちた。
「成程な。どうして、わざわざあの女がお前みたいな冴えない女に構っていたのか気になっていたが、そう言う訳かよ?」
「何ですか?剣志浪君?今は、そんな事なんてどうでもいいじゃないですか?それよりも、今この瞬間のことを考えましょうよ」
俺にしだれかかり、甘い声で耳元に囁いて来る茜に向かって、俺は寧ろ気持ち悪ささえ感じてしまい、無理矢理引きはがした。
それでも、俺に馬乗りになっている茜の状態は変わらないが、それでも顔が見れる分、ごまかしは聞かなくなる。イヤ、この女の場合、顔が分かる方がごまかし効くのかな?
「いやいや、お前さ。そうやって、どれだけの男を垂らし込んだよ。つーか、赤城のダチの男を寝取ったんだろう?だから、お前はあの時に校舎裏で赤城にボコボコにされていたんだ。いや、お前は誰かを寝取るタイプじゃねーな。どっちかつーと、カネをもらってやることやってるタイプか。それで、幾らで赤城の男に抱かれてやったんだ?」
「…………何でそんなことを言うんですか?貴方に私の何が分かるって言うんですか?」
今までとは違う、腹の底から冷えた様な声で茜はそう言った。その視線は、今までの嫋やかで儚さすら感じる様な、純情な乙女のそれではなく、男を喰い殺して生きる魔性の女のそれだった。
怖えー怖えー。今の今まで、俺此奴がこんな表情できる女だとは知らなかったな。
「俺、確かに童貞だけど、お前みたいな奴らは見飽きてるんだ。それこそ、家に帰ったら普通に飯食ってるしな。ゲームの知人なんかには、もろにそうやって仕留める奴もいるしな」
「…………勘がいい人ですね。私、剣志浪君みたいな男の人って、大嫌いです」
とうとう取り繕うこともしなくなったな。今までの口調も何もかもをかなぐり捨てて、甘い声から少し低めの声質に変わった茜は、制服のいたるところを緩めた状態のまま、俺を見下ろしてそう言った。
俺はそんな茜を体の上からどかして起き上がると、床に座りながら体面の茜に向かって同じように口を開く。
「奇遇だな。俺もお前みたいな女は大嫌いだ。それで?本当は俺に一体何の用で呼び出したんだ?場合に寄っちゃ、お前を此処から病院に直行させることになるが?」
「一々凄まないと会話できないの?馬鹿みたい。最初に言ったでしょ?お礼よ。あのバカみたいなお嬢様から守ってくれたお礼。いい加減鬱陶しかったのよ。正論と綺麗ごとを並べるだけ並べて、後は周りが何とかしてくれるのを待っているような、あんな頭の中お花畑な顔だけのお人形が。
それと、ついでに一、二回抱かせたら、勘違いして私の周りの面倒ごとを黙らせてくれそうだったから、ちょっと篭絡して置こうと思っただけ」
「要は俺を手駒にする為だったってことか。お前は本当はいい性格しているな」
「ありがとう。褒められたのは初めてよ」
臆面もなくそう言う茜の姿に、俺は思わずくつくつと笑い声を溢してしまった。
確かに類は友を呼ぶっつーけどよお、幾ら何でも呼びすぎだろ。俺の周りでこんなことを言う奴らはどれだけいるんだっつーの。
思わず笑っちまった俺に、茜は怪訝な顔をして俺を見た。
「?何がおかしいの?」
「いや。俺の知り合いには、お前みたいことを言う奴が本当に多くてさ。いくら何でもテンプレート化しすぎだろ。っと思ってよ。つい笑っちまった。取りあえずは、あれだ。ちょっと来い」
これは演技でも何でもないのだろう。小首を傾げて俺を見る茜は、年相応に少女っぽい雰囲気をしたあどけなさを感じたが、俺はそう言う事に構わず茜を近くまで呼び寄せた。
そうして顔を近づけてきた茜の左頬を俺は思い切りひっぱたく。
思い切り叩きすぎて、茜の唇が切れて左の口の端から血が流れるのが見えたが、そんな事にはお構いなしに俺は茜の顔を掴んで正面を向かせる。
「まず、これは俺を利用しようとした分だ。前に言ったよな?俺は、俺から奪う奴が嫌いなんだ。利用するのも、奪うの範疇に入るからな?」
そう言って顔を正面に向けた茜は、文句を言うでもなく、ただ口を真一文字に結んだまま、瞳の奥に怒りとも憎しみともつかない炎を宿していた。
俺はそんな茜の右頬もぶん殴った。
当たり所が悪かったのだろう。今度は右の鼻の穴から血が一筋流れるが、そんな事には頓着しない。
言いたいことはきっちりと言わさせてもらう。
「最後に、これは俺を舐め腐った分だ。股を開かれた程度でどうにかなる男とか思われるのは、単純に人として不愉快だ」
口と鼻から血を流した茜は眉一つ動かすことなく、俺を平然と罵った。
「さいてー。乙女に手を上げるとか、男としてどうなの?」
「少なくとも顔を殴られて、眉一つ動かさない女を乙女とは言わねえ。いいとこで悪女、悪けりゃ魔女だ。どちらにしろろくでもないのだけは確かだけどな」
これが、この後も延々と続くことになる、俺こと道場・剣志浪と、東雲・茜の腐れ縁の始まりだった。