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イマジナリー・ニューロネット・グローブ ー The iNG ー  作者: 九蓮 開花
第一部 電脳幻想世界 第一章 学園と日常
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第一話 日常『幻想』


 それは、幕末の京都をイメージした風景だった。


 朧月夜の下には、歴史資料に忠実に創られた武家屋敷や町長屋が軒を連ねて建ち並び、時おりすれ違う人々(NPC)は着物を着た町娘か、袴を穿いた二本差しの武士ばかりだ。


 本当ならば街燈の無い夜に提灯も持たずに出歩けばいくら月が出てても暗いものなのだろうが、流石にそこはゲームの演出として、若干影が濃い位に押さえられているのは御愛嬌。


 徹底的にリアルを目指して作られたその風景は、のんびりと散策していれば、ゲームをしながら明治の文豪の様な文学的な気分に浸れるのだが、今の俺にはそんな気は毛ほども起きなかった。


 なぜなら、













「あははははっははは!!!!!漸く!!漸く見つけた、私の刀ああああああ!!!!!さっさとそれをよこしてあの世におちなさあああああああああああああいいいいいいいいいいいい!!!!!」


「いやいやいやいやいや。この刀は元から俺の物だろうが。まるでさも俺がお前の親父を殺して奪い去ったかのような言い分はよしてくれない?こっちが悪者に見えるだろうが」

 

 瞳孔を見開き、目を血走らせた半裸の女に刀を片手に追いかけられていたからだ。


 女が言っている刀と言うのは、俺の腰に帯びている二振りの刀、最上大業物(このうえなきわざもの)大業物おおわざもの良業物よきわざもの業物わざもの混業物まぜわざものなまくらの六種類に大別させる刀剣種の中で、大業物おおわざものの格を持つ刀剣『焔紅葉ほむらもみじ』と、最上大業物(このうえなきわざもの)の格を持つ『桜吹雪』の二本の事だ。

 

 緩くウェーブのかかったセミショートの茶髪に、少し青みがかった色をした大きな黒眼。

 背丈は女性の平均よりも小さく、その癖に体形はボンキュッボンのないすぼでー。トランジスタグラマーを絵に描いた様な外見だ。

 見た目は天然ゆるふわ系のロリ巨乳お嬢様っぽく、リアル世界では人気の読者モデルもこなす女子高生アイドルだというが、それもさもありなん。


 だがそんな超人気アイドルが、今では瞳孔を血走らせてその眼を限界まで見開き、顔は人を襲い殺すことを無上の喜びとする狂気と探し求めいた獲物が見つけた狂喜が入り混じる邪悪な笑みを浮かべて俺の後ろを追いすがっている。


 その恰好は右手に刀、左手に兜割を握り、上半身はほぼ半裸。

 下に履いているのは袴だけで、上には地肌の上に直接新撰組の羽織を羽織った巨乳の女が、瞳孔を広げながら凶悪な笑い声上げながら俺に向けて切りかかってくる姿は、どこぞのB級ホラー顔負けだ。

 顔には跳ねた血飛沫がかかり、額に巻いた鉢巻は今まで浴び過ぎた血潮の所為で赤錆た色に変色している。

 すごいよね。胸に晒しを巻いていないのに、絶妙に羽織が乳首を隠して全容が見えない。深夜のエロコメアニメよりも鉄壁の守りをあの羽織は達成している。でも全然悔しくねえ。

 つーか、この状態で完全な裸が見えても、頭が逝かれてヤバいことになっている奴でしかねえ。

 頼むぞ女の羞恥心。お前が今そこで踏ん張っていることで、一人の人間の人格性がぎりぎり保たれてるんだ。

 

 そう思っている内に、俺はいつの間にかに京の町の一角にある袋小路の中に追い詰められ、小路の出入り口を押さえているその女プレイヤーに向き直った。


「観念したのかな♪袋のね、ず、みさん?どうせだったら物まねしてみてよ『僕〇っキ―、今とってもピンチなんだ!』って。私あいつキライだから殺し甲斐が出てくるのよ」


 甲高い声を出しながら世界で一番有名なネズミのマスコットキャラクターの物まねをしながら、刀で肩を軽く叩くその姿は、完全にヤクザ映画のチンピラである。

 誰だ!こいつがアイドルだとかモデルとか言ったやつ。こんな奴が何で人気商売をやって飯を喰えているんだ?ぜってーマゾだけだろ、こいつのファン。

 

「……とりあえず、理解できねえことが一つある。俺の持ってる刀を欲しがるのは理解できるが、さっきから言っている『私の刀』ってのはマジで何なんだ?俺、お前と逢うのは今日が初めてだろう?」


 幸か不幸か、もうこれ以上逃げ回ることができないことを悟った俺は、腰元の刀に手をかけながら半裸女に立ちふさがりつつ、さっきから疑問に思っていたことをぶつけた。

 俺の質問に半裸女は左手の人差し指を口元に当てながら小首を傾げて少し考え込むと、ややあってにっこりと笑いながら言う。


「私の名前はサクラなのよ、プレイヤーネームにもあるでしょ?咲良さくらって。だから、名前に『サクラ』と付いている全ての刀は全て私の物なのよ。これは生まれた時から天が決めている条理なの。だから、貴方が元から持っていようが、天が私に渡すために用意しただけだから、大人しく私によこしなさい」


「どんなジャイアニズムよりも身勝手な言い分を俺は今聞いている。というか今のセリフ録画して聞いてみな。完全にねじの取れた悪役のセリフだぜ?」


 俺はあまりにも余り過ぎる半裸女の言い分に、軽くジト目になりながらも腰元の『焔紅葉』を抜いた。


 すると途端に刀身から炎が燃え上がり、一度俺の周囲を覆い尽くす様に炎は燃え盛り、一度楓の大樹を思わせるように炎は形を変えると、紅葉の葉が散る様にゆっくりとその大きさを縮めていく。

 その後、炎は薄く刀を覆う程度に押さえられると、燃え上がる火の粉は紅葉の形をして散っていく。


 一方の『桜吹雪』を抜くと、刀身から冷気が立ち込めると共に氷の塊が出来上がり、瞬く間にまるで満開の桜を思わせる様な巨大な氷の塊が完成し、完成した瞬間にその氷塊を砕けて、氷の屑が桜の花弁を模して、辺り一面に一斉に散り始める。

その後、刀身には白く染まった凍気がまとわりつき、空気中の水分を桜の花弁の形に散らして行く。


 炎を纏った刀は紅葉の葉を象った(かたどった)の火の粉を振り撒き、凍気を纏った刀は桜の花弁の形をした雪片を舞い散らせる。


 その姿は見るからに幻想的だが、別にふた振り共、これ以上は特にこれと言った能力は無い。これらのエフェクトは、ただの飾りである。


 と言うか、このゲーム全般に言えることだが、武器のエフェクトには何の効果も無い。

 ただただ、刀を抜くと同時に発動するだけの、カッコいい演出。それだけである。

 別に魔法の属性とか、特殊なスキルとか何にもつかない。


 もう一度言う。どんなエフェクトが付いても、それはタダの演出。武器には特殊な効果は何もつかない。


「……思ったよりも美しいわ。貴方の死体から剥ぎ取るのは『桜吹雪」だけにするつもりだったけど、予定変更ね。『焔紅葉』もいただくわ」


「本当に言っていることがヤバい奴だな。言動だけで言えば完全に強盗殺人鬼だぞ?」


「何言ってるのよ?このゲームやっている奴なんて、自分よりも弱い奴が、無意味な努力でアイテムを守ろうとする所から、力尽くで欲しい物を奪い取る快感に目覚めた真正のサディストだけでしょ?強盗とか何とか言っている段階で、このゲームをやる資格は無いでしょ?」


「俺は強盗はしない。ただ人を斬り殺したいだけだ」


「ああ、貴方そっちのタイプなのね。だったら尚更、奪い殺さなきゃ。殺す快感に目覚めた奴を殺し返すのって最高の快感なのよねー。こんなはずでは!って顔をしながら死んで行く奴の顔を見ながら、刀を奪い取ると、もう絶頂しちゃう」


 相変わらず碌でもない事を言いながら、半裸女は自分の持っていた刀を片手で正眼に構えると、楽しそうに刀の名乗りをあげる。


「開眼、最上大業物(このうえなきわざもの)『紅桜』」


 その言葉と共に、女の周囲には不意に数本の満開の桜が生え出し始め、どこからともなく吹き荒れた風に、大量の花吹雪が舞い出し始めた。

 やがてその花吹雪は、刀を中心に集まる気流に流されて紅桜の刀身に集まり、全ての花弁が刀に集まりきったところで、花弁がはじけて消えた。

 そして、残った刀は薄いピンクの光を刀身にまとっていた。


 開眼。

 それは、既に抜刀した刀のエフェクトを再度発動する為の、このゲームに唯一の特殊能力であり、それ以外の効果は一切、存在しない。


「感謝しなさい、ランキング百八位。ランキング九十三位『此花咲良コノハナサクラ』の名に懸けて、切り刻んであげるわ!」


 何度も言おう。このゲームでは、刀を始めとする武器の起こすエフェクトには何の意味も無い。

 ただの飾りである。


 それは、


 つまり。




 純粋な実力差だけが、このゲームの全てであるという事だ。 


 ランキング百八位と九十三位。そこに存在する差は、実際の順位よりも重い。


「まあ、いいさ。丁度良かった」


 だが、俺はそれを知っていてなおも、


 知ったうえで、格上の相手を目の前にして、



 薄く、笑う。


「俺も、手ごろな相手を斬りたかったところだ」


 さあ、人斬りの時間を、始めよう。


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