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イマジナリー・ニューロネット・グローブ ー The iNG ー  作者: 九蓮 開花
第一部 電脳幻想世界 第一章 学園と日常
1/13

プロローグ そして伝説が始まった瞬間。


 西暦2250年7月1日。


 その日、ゲーム史、否、世界史上に残る伝説的な事件が起きた。


 視覚障害を始めとする多くの身体障碍者用の医療機器として開発されたのが西暦2150年。

 それをゲーム開発に転用して、巨大ゲーム筐体となってからさらに100年がたったその日。

 脳科学とコンピューターサイエンスの天才児『茅歳ちとせ黎彦くろひこ』の登場によって、巨大であった仮想世界体験機は小型化され、世界初の家庭用VRコンシューマー機『ニューロ・センター』が量産販売されたのだ。


 限定一万人で当日販売されたそのゲーム機は、その革新的な技術から世界中から購入希望者が殺到したが、世界標準時の午前零時きっかりに『ニューロ・センター』は専用のプレイソフトとして開発された『セイバー・ファンタジア』と共に抽選の末に選ばれた当選者のもとに届けられることになったのだ。


 中世ヨーロッパ風の世界観を持つ天空の城を舞台にしながら、使える魔法はクリスタルを砕くことのみで発動できる設定であり、プレイヤーは剣士として剣だけを武器としてモンスターやプレイヤーと戦うことを目的としたММORPGであり、その画期的なゲームシステムと技術革新の末にできたゲームに、全世界のゲームプレイヤーが驚喜した。


 抽選で決まったごくわずかな人間は、自分の幸運に感謝し、外れた人間はいずれこのゲーム機が普及するときに備えて、そのゲームのプレイ動画に噛り付いた。

  

 しかし事件はその当日に起こった。


 その日、一通りゲームを楽しんだプレイヤー達がひとまず休憩を取ろうとログアウトを行おうとした時、ログアウトの操作ができずに、電脳世界に一万人もの人間が閉じ込められることになった。

 突然の出来事に世界規模での警察沙汰となり、発売元のゲーム会社や制作会社には数多くの苦情が寄せられ、サイバー犯罪やサイバーテロの専門家までもが動く事態となった。


 そんな時だった。


 プレイヤーの目の前に、このゲームの開発者『茅歳ちとせ黎彦くろひこ』を名乗る巨大なローブで顔を隠したアバターが現れ、唐突に全プレイヤー、否、全世界の人間に向けて宣言した。

 


「私の名前は『茅歳・黎彦』。諸君らにはこれから、命を懸けたゲームをしてもらう。

 この城、『アイン・シュバルツ』の全階層101階部分に巣食うボスモンスターを倒してエリアを攻略し、この城の頂点である最終階層をクリアしてもらう。

 ただし、ゲームオーバーはそのまま死につながる。

 ゲームオーバーとなったプレイヤーの脳にはゲーム機本体を通して脳に直接電流が送られ、脳組織を破壊される仕組みになっている。

 それと、この様子はネットを通して世界中に配信されており、同時に私の元でも君たちの動きは監視できるようになっている。

 諸君らのこれからの健闘を祈るよ」


 こうして、世界最初の家庭用VRゲーム機を作った『茅歳・黎彦』は、世界で最初にそのゲーム機を使った大規模テロを実行した犯罪者となり、彼の主催するデスゲームが幕を開け

























 ――――――――――――――――――――――無かった。








 それは、ゲーム開始から6時間後のこと。


 天空城『アイン・シュヴァルツ』の最終エリアには一人のプレイヤーが立ち、ラスボスとして煌びやかな白銀の甲冑に身を包んだ一人の騎士がその足元に膝をついていた。


 プレイヤーの名前は、プレイヤーネーム『ソードアタッカー』。


 すでに彼によって全101階層存在している天空の城の全てのダンジョンはクリアされ、この階層に至るまでに存在していたボスを含む全てのモンスターは一体残らず駆逐されるように斃された。

 そしてそれは、最後にプレイヤーに立ちふさがるはずのその騎士でさえも例外ではなく、もはや人智を超えたとしか表しようがないはずのそのプレイヤーを前にして、その騎士は絶望とともに肩で息を切っていた。


 肉体的な疲労とは無縁なはずのこの世界で、それでもなお疲労を感じるほどの絶望的な力の差。

 そのことに、その騎士は驚愕しかできずにいた。


「…………ばかな、私のゲームが、こんな、……こんな短時間で……」


 その騎士の名は、『茅歳・黎彦』。


 あれだけの大見得を切って、一万人もの人間を電脳世界に閉じ込めて、世界中にデスゲームを宣誓した世界屈指の天才は、未だ脱落者ゼロ人の状況で肝心のデスゲームそのものを終了させ得ようとしていた。

 そんな黎彦を見下ろしながら、挑戦者として戦っているはずのプレイヤーは、冷たく黎彦に吐き捨てる。


「どうした?終わりか?」


「くっ……。うおおおおおあああああ!!!」


 その言葉に、黎彦は立ち上がり、もはや剣すら握ることすらできずに、目の前にいるプレイヤーに殴り掛かるが、闇雲なそんな一撃がそのプレイヤーに入るはずもなく、あっさりと躱されてしまう。


 既に茅歳のアバターの体力ゲージは五割を切っているが、これはゲームマスターによる特権を駆使してのチートによって彼の体力ゲージはこの一時間、五割を切ったところで一向に変動を起こさないように設定されているからだ。


 実際の体力ゲージは、『ソードアタッカー』との対戦開始からわずか五分で五割を切っており、そこからチート発動して今に至っている。


 つまりは、ゲーム開始からわずか五時間でこのプレイヤー『ソードアタッカー』は、事実上このゲームをクリアしているのだ。


 普通ならば、運営側の人間であることを利用した悪質なその行為は、プレイヤーであれば怒り狂うに十分であるはずなのだが、むしろそのプレイヤーはそのチート行為を見て、逆に黎彦のプレイヤースキルが自分よりも低いと見たのだろう。

 このチートを見つけて以降、唯一の武器であったはずの剣さえも投げ捨てて、素手でぼこぼこにするという圧倒的な縛りプレイで黎彦と戦うという暴挙に出たのだ。


 しかし、そんな相手に対して一切の攻撃を当てることができないことが、端的にこのプレイヤーと『茅歳・黎彦』との差を表しており、もはや、地面に倒れ伏した茅歳には起き上がる気力さえも湧かなかった。

 

 そんな黎彦を見下ろして、プレイヤーネーム『ソードアタッカー』は呆れたように溜息をついて話かける。



「最初から思ってたんだけど、言わさせてもらうわ。アンタ何がしたいの?」


「……な、に……?」


「だから、このゲーム。何がしたいの?」


 それは、友人・恋人・財産の全てを投げうってまでこのゲームを創った茅歳にとって、絶望ともいえるほどの一言だった。


「プレイヤーの質は悪いし、エネミー、ってかモンスターは弱いし、ゲームのステージがぬるすぎる。

 ステージは壁際に隠れているだけで大概のモンスターはやり過ごせるし、仕掛けられた罠も簡単に見抜ける程度のお粗末なつくりだ。

 モンスターは、人型だったら大概首斬りゃ死ぬし、異形にしても核さえ壊せば何とかなる。再生型とか最低だろ。半殺しにして回復待って、半殺しにしたら無限に経験値稼げるし。余りにも単調すぎて、途中から飽きて殺すしか無かったし。

 特に酷いのはプレイヤーの質だ。まるでゴミだぜ?なんであそこまで質の悪いプレイヤーばかり集めたんだ?そのせいで、ただでさえ低いゲームの質が、ますますサガちまっているじゃねえか。全く何がしたいんだよ?馬鹿じゃねえの?」


「……言ってくれるじゃないか……。私が知る限り、このゲームのプレイヤーは全て、それなりのヘヴィーゲーマーばかりのはずだが?

 確かに、君たちプレイヤーを選んだのは半ば運だったがね。そもそも応募者の段階で、調べられる限りのプレイヤー情報を集めていたのだよ……。プレイヤースキル、平均的なゲームのプレイ時間、ゲーム攻略にかける知識、それらを総合して集めた一万人だ。

 けして、君の言うようなゴミと言われるような人間ではないつもりだが……?」


 残酷を通りこして、もはや酷薄とすら言えるほどに容赦なくダメ出しをする『ソードアタッカー』の言葉に、茅歳は怒りを押し殺しながら答えた。

 

 こだわったのはプレイヤーだけではない。


 草の根っこやその下についてる土の一握りに至るまでもを再現したグラフィック。

 触覚や視覚や聴覚だけでなく、味覚や嗅覚、更には痛覚や圧覚にまで至るまで再現した世界観。

 そして、考えうる限りの悪意ある難易度のダンジョンと、そこに巣食う強力なモンスター。

 そして、それらをクリアできるほどのゲームスキルを持ったプレイヤーの選定。


 すべてにおいて徹底的にこだわりぬいて創り上げたはずのその世界は、攻略するのに最大で一年間を考慮してゲームバランスの調整が施された、世界最初で最後の、そして最高のゲームになるはずだった。


 そんな思いを込められて呟かれた言葉であった。


 だが、そんな茅歳の言葉を、あっさりと『ソードアタッカー』は否定する。


「ちげえよ。スキルの高さとか、ゲーム時間の長さとか、知識とか、プレイヤーの質ってはのはそこじゃねえよ」


「じゃあ……、一体何だというのだ。何が足りないというのだ!」


 その質問の答えは、狂気であった。



「最初にお前が命を懸けたゲームを開始したとき、誰も殺し合いをしなかっただろ?それがプレイヤーの質だ」



「プレイヤースキルとか、プレイ時間の長さとか二の次だよ。プレイヤーの質ってのはよ、どれだけゲームに命かけられるか?だろ?

 だったら殺し合いくらい平気でするさ。むしろ、何でそれをしねぇの?なんでそれをさせねえの?それをしねえ奴らを集めた段階で、このゲームの質は最低ランクなんだよ」



「何だよこの、最上階まで攻略したらゲーム終了って。命を懸けてやっていることが探検ごっこかよ。生ぬるいにもほどがあるだろ。

 命を懸けた殺し合いが見たいんだろ?命の限界を超えたぎりぎりの戦いがしたいんだろ?だったら、最初からプレイヤーをそういう基準で選定しろよ。スキル以前の問題だろうがよ」



 地面に転がる黎彦に、まるで当然のことのようにそう言う『ソードアタッカー』のその言葉に、黎彦は背筋に怖気が走るのを感じた。


 確かに自分は狂っている自覚を持っていた。それはそうだろう。命を懸けたゲームを創り、それをプレイすることだけに人生の全ての力を使ってきたのだから。

 そして、今日、それを実行したことで、その狂気は頂点を迎えた。と、そう思っていた。


 だが、いま目の前には、自分のその狂気さえも超えた男がいる。

 

 高々ゲームに命を懸けることを当然と言い切り、命を使い捨てにすることに何の忌避感も持たない狂気を超えた狂気を持つ人間。


 そんな人間と戦い、そして敗北した茅歳は、恐怖と絶望で震える喉で、その疑問を口にした。


「お前、お前本当に一体何者だ……?」


「何って、プレイヤーネーム『ソードアタッカー』、いや……」


 そこまで言って、その挑戦者は一度口を閉ざし、思い直したように再び口を開いた。


「『幕末人斬り伝』ランキング、ギリギリ百八位。『座頭市』だ。ここに人斬りのランカー連れて来いよ。俺より強くてヤバイ奴は後百八人居る。そうしたら、地獄より楽しい地獄見せるぜ?」



 これが後に伝説となるゲーム『幕末人斬り伝』、通称「電脳梁山泊」のプレイヤーが起こした最初の事件だった。










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