表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/231

なにもない終わり

 翌日、当事者なフィクスからの増援が到着し、さらに物事は進んだ。

「けっこうな数がいますね。遅いとは思ってましたが、一生懸命に集めてたんでしょうねぇ」

 やや批判的だったが、シスモンドの評に肯けなくもない。

 増援は拙速になろうと、とにかく現着させるのがベストだ。次善が戦力の逐次投入を避けるべく、一度に最大可能数の投入となる。

「御曹司、全軍に戦闘準備をさせた方がいいですね」

「このタイミングで仕掛けてくるの!?」

「俺なら――俺がベザグモウ族の指導者なら、そうしますね。おそらく最後のチャンスですし」

 そうシスモンドは肩を竦めてみせるけど、どうしてか詰まらなそうだ。

「とにかく、総員へ指示を。頼める、タウルス?」

 黙って肯いたタウルスは、言葉少なげに命令を下していく。任せてしまって大丈夫だろう。

 その間にベザグモウ族の無理攻めを考える。

 やっと僕にも呑み込めてきた。この戦争は終わりだ。フィクスの増援で決定的となった。

「……後悔をされておいでで?」

「まさか。他の方法はなかったかと思わなくもないけど……味方に損害が出るのと比べたら、遥かにマシだよ」

「戦争なんていうのは馬鹿比べです。今日のところは、御曹司が一番の馬鹿じゃなかった。喜んでいいんじゃねぇですか?」

「そこまで割り切れないよ。なんていえばいいのかな……不謹慎じゃない?」

「……遊びで無くなっちまう色々まで考えたら、頭がおかしくなっちまいますぜ?」

 しかし、嘯くシスモンドの表情は、なぜか哀しげだ。

 戦争をゲームと見做し、その過程で喪われるものは点数とでも考える。それは戦いの狂気から心を守る術なのだろう。

「やっと分かったよ、シスモンド。ずっと僕のことを心配してくれていたんだね?」

 さすがに指摘されるとは予想していなかったらしく、嫌われ者なはずの筆頭百人長は赤面した。



 軍隊というのは、非常に維持費のかかる存在といえる。

 今回、北方の事変にドゥリトルが四百、セッションから四百、当事者のフィクスが千弱、まだ到着していないがスペリティオも似たような規模として……総勢で二千前後の兵力が動いた。

 稼働日数は勢力ごとに異なるも、帰路の分も考えたら平均二週間ぐらいだろうか。

 ここで兵員一名あたりの動員費――手当や食費、保障などなどを、前世での価格で一万円と()()見積もっても、すでに約三億円だ。

 ……まだ消耗品などの経費を計上前で、それらしい戦端を開いてすらいないのに。


 だからこそシスモンドは――ベザグモウ族の指導者ならば、無理にでも戦いを開始するべきだったと考える。

 なぜなら経費が掛かるのは向こうも同じだが……――


 絶望的であろうと投資させてしまえば、その事実が次を誘う。


 勝算云々より先の話で、まず味方に最後までの覚悟を決めさせねばならない。

 そして盟友であるホラーツ族も、血を流させてしまえば同じ泥沼だ。もう勝つしかなくなる。

 ようするに大前提――いわばスタートラインへ立つべく、無理攻めになろうと始めてしまう必要があった。

 これを果たせてから初めて、勝算の検討もできる。


 しかし、僕の基本プランは戦いへ持ち込ませないこと。数を示威し、敵方の心を折って終結だ。

 なのでドゥリトル単独ですら、相手の予想を超えた規模といえる。

 ……おそらくベザグモウ・ホラーツの連合軍は、増援も千程度と想定していただろうし、自分達の援軍も多少は勘定へ入れていたはずだ。

 もはや完全に想定外であり、初期構想は全て潰えたといってもいい。

 さらに最悪なことに――僕にとっては目論見通りなことに、ホラーツ族は事態の推移を見守った。

 なぜなら彼らにとっては、まだ撤退も可能な状態だからだ。

 ……どんな勢力だろうと、無駄に壊滅なんてしない。どころか少しの消耗すら厭う。



 止めとばかりにスペリティオからも援軍が到着し、敵方の心は折れた。

 何度か怒鳴り合いがあったかと思ったら……白旗を掲げた使者が、こちらへと向かってくる。

「シスモンド! 相手が降伏するなら、全員で! 全員で受けたい! 誰かが抜け駆けしないように手配できる?」

「畏まりました。 ――ティグレ殿、直衛から見栄(みば)のいい騎士(ライダー)を二、三騎ほど見繕って、あの使者を出迎えちまって下さい。 ――そこへ大天幕を設営するぞ! 支度を始めろ! 急げ! ――とにかく会場を作っちまいましょう。誰ぞ、入れたくない人でも?」

「逆だよ。全員と話し合って、さらに合意も取りたい。この為に、わざわざ僕は来たんだよ? 冬だというのに!」

「なら、前倒しで招待したらどうです?」

「そりゃいいアイデアだね。そうしちゃって!」



 急ごしらえの大天幕へは、意外なことにスペリティオの指揮官が一番に到着した。

「間に合いましたな!」

 騎士(ライダー)ティトンと名乗っていたけれど、申し訳ないが聞き覚えはない。

「よく御越しに! スペリティオの義理堅さは、噂通りのようです! ささ、狭い天幕ですが、御寛ぎを!」

 僕の天幕だ。当然の権利で主人(ホスト)として振る舞わさせてもらう。

 しかし、さすがに遅参した上に最小勢力では、そうそう横車も通せまい。とりあえず最も厄介な()()()の口は塞げたかな?

 そして慌てた様子でフィクスの指揮官――見覚えは無いので、増援を率いてきた総大将だろう――が入ってくる。

「御曹司、あいつはフィクス城代格の騎士(ライダー)トフチュでさぁ。うちの隊長ほどじゃねーですが、そこそこ信用できます」

「ありがとう。作法とか良いから、僕のことを紹介しちゃって」

 シスモンドの囁きに、小声で返す。今日は細かいことに構ってられない。

騎士(ライダー)トフチュ! お久しぶりでございます! 一昨年の南部以来でしたかな? 早速ではありますが我が主、リュカ様をご紹介したく」

「ドゥリトルがリオンの息子リュカと申します。この度は父に代わって盟約を果たしにまいりました」

 こちらから何かを仕掛けるべきか考えていたら、なんとトフチュは大袈裟に跪いた。

「リュカ様の御厚情には、なにを以てお返しすればよいのやら! 遠き前線にて我が主も、ドゥリトルより受けし恩に大変な感謝をしております!」

 なるほど。意外とフィクスは抜け目がなさそうだ。

 狙いはおそらく、可能な限りに軽い戦後負担か。全権も委任されて?

「久しいな、トフチュ! しかし、なぜ御身は跪いておるのだ? 今日は霜も降りたし寒かろう?」

 最後の乱入者はゼッションからの援軍を率いてきたロッシ老で、なんと先代の領主だ。

「ロッシ殿の仰る通りです! 私めのような若輩者に、跪いてはなりませぬ! ――誰ぞ! ()()()の方々に、なにか暖かい飲み物を持て!」

 一応はフォコンも唸る必殺の火酒を用意させてるけど、あまり効果は期待できそうになかった。

 ロッシ老は海千山千な上、なぜか僕への当たりが厳しい。さらにトフチュも抜け目はなさそうだし。


「して、この者はいかなる条件を?」

 ずっと跪いたままな――というより平伏に近かったゲルマンの使者に、始めて話題が振られた。

「シグモンド、皆さんへご説明を」

「まあ、ありきたりな示談を提示してきております。額については交渉するべきですが、妥当な範囲でもあるかと」

 ベザグモウ・ホラーツの連合軍にとって、もう二つの未来しかない。

 北方四領の連合軍に領境の外まで追い立てられるか、示談金を支払って粛々と撤退するかだ。

「して、降伏を認めるおつもりで? 我らを侮り、名誉に泥塗った輩どもを? ここは奴らに教訓を与えるべきかと!」

 ここぞとばかりに継戦を主張したのは、スペリティオの騎士(ライダー)ティトンだった。

 まあ立場は分からないでもない。

 二、三百程度とはいえ兵を率いたのに、なんの戦火も交えず、ただ帰っては責任問題となる。宮仕えも大変だ。

 しかし、今回ばかりは、可哀そうだけど貧乏籤を引いてもらう。

()()()()()()()のですから、よいではありませんか」

 能う限りに無邪気を装い主張する。

「……それはゲルマンの奴ばらを、無罪放免にするということか?」

「いえいえ! そちらではありません。我らの話をしております。()()()()()()()のですから、我らは先祖が交わした盟約を褒め称え、万が一、また我ら父祖の地が脅かされし折には、再び集うと誓う。それでよいではありませんか?」

 つまりは細かい取り分だの、救援に呼んだ貸し借りだの……その手の交渉は無しとする。

 フィクスにすれば上出来すぎる。そして明日は我が身なゼッションにも否やはない。

 どさくさで利を得たいスペリティオは、残念ながら最も少数で、さらに指揮官の格が他より低かった。

 なにより共闘するべきドゥリトル――僕に袖にされたら、もう打つ手がない。

 不審そうなロッシ老が睨め付けてくる。

「それで御身は何を得るつもりだ?」

「平和を。我らに北へ手間を割く余裕はありませぬ」

 聞いて苦々しい表情のまま、ロッシ老は盃を干した。

「この燃ゆる酒の御代わりを持て! 御身は……まだ酒は飲めぬか?」

「口を湿らす程度ならば。僕にも同じ盃を!」

 ……とりあえず及第点は貰えたらしい。決着だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 領内の部下や女性陣からだけじゃなく、年齢差がかなりありますが対等で対立しうる代表者から認められると一回り大きくなった感がありますね。今までで一番かっこ良かったシーンです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ