北方事変
「まず聞きたいんだけど、もしかして秋口から北方人が増えてない?」
「……確かに北からの移民は増えたようにも。しかし、そう珍しいことでもありませぬが?」
問われた騎士ユアンは首を傾げるけど、まあ普通か。
しかし、それも広義には民族大移動といえた。
ドゥリトルへ南方領から避難民が押し寄せてきたのと同じ理屈でも、民族が違えば意味も変わる。
そして極小規模でも民族大移動が増加したのなら、北方で何事か起きている証だった。
「街へ居ついた北方人からでもいいし、噂話でも構わないんだけど……もしかして北方、それもライン川の向こうでフン族――あるいはハン族という集団が暴れてたりしない?」
「御名代は事情に通じておられる! 確かにハンと称する馬賊の噂が! しかし、其奴らのことをイタリア国境へ現れた馬賊と同一に主張する者もいて、なかなかに実情を掴めておりませぬ。ですがアルプ山を頻繁に往来など、到底に不可能なこと。おそらく、なにか勘違いをしておるのでしょう」
いや、同一で正解だ。同一人物ではないかもしれないけど。相手の実数が規格外なのも誤解される原因?
「じゃあ、ごく最近――それもライン川の南西岸、さらにはレイルの近くでゲルマン部族同士の紛争、戦争、焼き討ち……なんでもいいけど、その類のことが起きなかった?」
「またまた素晴らしい御慧眼で! 確かにホラーツ族で何やら騒動が。なんでも継承問題が起きて、当代が変わったとかなんとか。しかし、どうして御存じで!?」
もうユアンだけでなく、ドゥリトルの皆も驚かせてしまっていた。
でも、さすがに「異世界転生者だから」とは答えられない。
「父上から情報と指示を授かってたんだ。まず、とりあえずの予想をいうね? おそらく秋口に――収穫がほとんど終わった頃合いに、たぶんベザグモウ族がフン族に襲撃されてる。目的は略奪……かな? 切り取りとか占領じゃないと思う」
そこで自分でも首を捻ってしまった。
十中八九、略奪目的で間違いないはずだ。
そもそもフン族にとってドイツの痩せた土地なんて、わざわざ統治するほどの価値はない。
しかし、そうであって欲しいという希望的観測を?
……すでにフン族が橋頭保となる領地を確保済みとか、同盟部族を得ているとかだと、より事態は深刻だ。
「御曹司の御見立てで正解だと思いやすぜ? 本当にフン族がドイツにもいるってのなら。あいつら領地支配は不得手なようで、略奪する方を好むんでさぁ」
誰の助け舟かと思えば、なんと筆頭百人長シスモンドだった。
確か去年の兵員入れ替えで帰国していたはずだけど、これまで何処へ雲隠れしてたんだろ?
「これは間違いないよ。父上もイタリアとドイツの両方へ出没と考えておられたし」
「そうだとしても……その……いささか古風過ぎはしませんかな? 今時に略奪を目的に戦は?」
この時代らしい――曲がりなりにも王国へ所属の武人らしい感想をウルスが漏らす。
なるほど。古来、戦争とは略奪だった。つまり、富や食料、女を奪うのが主目的だ。
踏まえると、何もかもを奪う――占領策は進歩的とすらいえる。
「それがウルス隊長! それこそ突撃隊長の言う通りで、やつらは古風過ぎるというか、すげぇ古くせぇんですよ!」
「隊長は止せといっとるだろうが! もう二十年は昔の話だぞ!」
「えーっ! 俺は隊長の突撃が好きですぜ? ……自分も参加しなくてよい時に限りますけど」
……判ったぞ。
たぶんシスモンドは天然の煽り気質というか、余計な一言を口にしちゃうタイプか。
しかし、それが原因で怖い顔をされちゃうもんだから、おそらく普段は隠れているとかだろう。……いまもウルスに睨まれて首を竦めてるし。
これで叩き上げの頂点なんだから、何といえばいいのやら。
世界的に中世といったら騎士だの武士だのと、世襲制の戦士階級だけに焦点が当てられがちだ。……それこそ、それが全てと錯覚させるほどに。
しかし、平民出身かつ世襲ではない職業軍人というのも存在する。というより下士官と士官の一部は、どの国でも職業的な兵士だ。
まず伍――一般兵五人組のリーダーに伍長が。
さらに伍を二組あわせた十人隊を統率する十人長。通常、ここからは職業軍人だけで占められる。
そして十人隊を十組で百人隊、その統率者が百人長だ。
この他に中間管理職的ポストがあったり、上級と冠が付いたり、国や時代によって色々と名称など変わるも、全世界的に似たようなシステムが採用されている。
また言葉が定義された頃、千人長は武官の最高位を意味したので、逆に使われなくなった。……分かり易く言い直せば、征夷大将軍とか大元帥に相当か。
よって上級百人長を束ねる筆頭百人長は、極めて高い階級であり、騎士以外に望める最高峰だ。
あえて現代式に直せば准将――将官の末席として遇される。
ちなみに騎士は、叙任された瞬間に百人長扱いだ。
まあ、その為に幼少の頃から厳しく教育されたり、百人を指揮可能が最低限度な資質だったりで、やみくもに特権的といったら不公平か。
そしてローマ帝国に至っては、一兵卒まで世襲制の戦士階級によって構成され、他国とは練度や規模が全く違う。
……世襲制の戦士階級の中から、さらなる世襲的特権階級へ格を上げて育成する騎士なんて、どこまで鍛えられているか見当もつかないほどだ。
「話を戻してもいい? フン族に襲撃されたベザグモウ族は財や食料、そして人をも失う。……色々な形でね」
おそらく捕虜は奴隷として売り払われてる。……この世界は、そういう時代だ。
しかし、それでも最低限の扱い――少なくとも命を繋ぐ糧は与えられる。
……無事に襲撃を逃げ延びた方が幸運だとは、まだ決まっていない。
「何もかもが終わった後、生き残った者達は絶望に直面しただろうね。冬を越す為の食糧が足りないんだ」
「なるほど。それで次はベザグモウ族がホラーツ族を襲撃したと? ……窮すれば、それも止む得ぬかもしれませぬ」
もし椅子取りゲームに負けたのなら、嘆くより先に誰かから椅子を奪わねばならない。
乱世の定めとはいえ、さすがにウルスの表情は渋かった。
「いや、それは僕らにとって、まだマシなシナリオなんだ。その場合はホラーツ族のことを勘定に入れなくてよくなるからね。 ――ねえ、本当に寄せ手はベザグモウ族だけだったの? もしかしたらホラーツ族と共同戦線じゃなかった? あるいは、まだ名前が出ていない部族との?」
しかし、問われてユアンは、顔を青くするばかりだ。
そしてドゥリトルの人達も、ようやく事態の深刻さを理解してくれたようだった。
略奪されると、その犠牲者も略奪者へと転ずる。……まるでゾンビ・パンデミックだ。
また常識的に考えて彼らは南下する。なぜなら南の方が暖かくて生き残るチャンスも多い。
「生き残ったベザグモウ族の、まだ剣を持てる者全員。それが寄せ手の内訳じゃないかな? 最も簡単な事情だと」
通常、全ての男手を進軍させるのは不可能だ。
籠城戦でもなければ反対されるし、反対者ばかりの軍勢なんて成立しない。
しかし、遠征でも可能な唯一の例外が、参加して戦わなければ死ぬシチュエーションだ。
……事実として『本拠地を焼き払ってからの、もう勝つしかない進軍』は、前世史でも散見できる。
「面倒臭いのがベザグモウ族とホラーツ族が同盟? それだとホラーツ族の集落が後詰の拠点になっちゃうし、参加する部族が多ければ多いほど、その縁故で参戦への呼びかけも広範囲へ広がっていく」
「……その御根拠は?」
「根拠はないよ。でも、僕ならそうする。勝つしかないんだし、協力者への見返りも勝ってから用意すればいい。その時にはレイルの支配者だしね」
「ですが、それだと御曹司? 俺らが駆けつけた時には、すでにレイルの街が陥落の可能性もあるんじゃ? あー……ゲルマンの大連合?ですか? それが押し掛けてきてたら」
シスモンドの最悪予想は、皆から顰蹙で応じられた。……やっぱり問題発言の多い人物と認識されて?
「いや、僕も筆頭百人長の見解を支持する。さすがに間に合わないってことは、まずないと思うけどね。でも援軍は、急行させなきゃ駄目だ。もう時間との勝負になってると思う。そして皆には、この戦いが負けられないものと理解して欲しい」
しかし、嘆かわしいことに半分くらいは、まだ他領の問題と考えているのがありありだ。
「あのさ? 僕は絶対に嫌だからね? ドイツとお隣さんになるのは? そうなっちゃうんだよ、ここでレイルを死守しなかったら? そして僕ら側の利点は、同じ王国の一員であること! 何処が攻められようと皆で防衛するから、これまでも相手を退けられた。いまこそ我ら北方は団結するべき瞬間なんだよ!」
……だ、団結!?
我ながら歯の浮く台詞だけど、まあ一部の騎士は感動してるから良しとしよう。援軍の出兵にも賛成してくれるだろうし。
それにヤクザやチンピラを例にするまでもなく、ちょっと揉めただけでわらわら集まるのは強力な抑止力だ。決して間違っちゃいない。
でも、どうして師匠は疑いの目を!?




