金鵞城・中
やはりガリアや帝国以外の思惑――諸外国との兼ね合いだろうか?
当初の予想通りに活路は外国と連携かもしれなかった。
特にスペインは、対ローマなら動く可能性が高い。……因縁を山盛りで抱えているからだ。
あの半島は紀元前の頃からローマとカタルゴの両大国から狙われ、ポエニ戦争ではハンニバル側へついたりもしている。
その流れでカタルゴ滅亡後、南部の地中海沿岸は早期にローマ化されちゃったけど、なんと北部はカエサルの侵攻すら退けている。
島国で征服を後回しにされたイギリスはともかく、本土のドイツ、フランス、スペインで、唯一抵抗しきったのが北部スペインだ。
まあイギリス同様、カエサルを超える逸材だったアウグストゥスに征服されちゃったけど。
しかし、あのカエサルが後回しにした北部スペインとイギリスには、どんな化生が棲んで!?
確かに本国で政治活動したり、エジプトを傀儡化したりと忙しかった。
でも、あの北部スペインの残り具合は画竜点睛を欠く。
面倒臭がらず征服しておけば『西ヨーロッパ全域を征服した男』を名乗れたはずで、自己顕示欲の塊だったカエサルが見逃すはずも?
……いるのかもしれない。カエサルですら閉口させるナニカが。
そう考えると南部スペインの――帝国属州の動きにも納得がいく。下手に動かすと独立戦争が起きてしまうのだろう。
……幻のガリア帝国が「ガリアのことはガリア人で」と唱えたように、ちょうど『民族自決』の精神が発明される頃だし。
それに属州の統帥権は、その属州総督が持つんだっけかな?
伝統的に侵攻軍は特別編成――皇帝直轄の軍団兵で編成される。ようするに地方とは別の指揮系統だ。
それでも全く協力しないなんて、普通はあり得ないことだけど……実は帝国の政治的な思惑が絡んで?
もし敵が内輪揉めしているのなら、つけこむ好機だろう。
しかし、藪を突いて蛇出すこともある。
下手に交渉をした結果、帝国側へ加担でもされたら最悪だ。
スペイン内の親帝国勢力が国内をまとめ上げ、対ガリア戦線へ参加となれば……もうドゥリトル単独での降伏すら視野に入ってしまう。
またドイツとイギリスは同じく、このまま蚊帳の外でもよかった。
というのもガリアのようにカエサル=カサエーの侵攻で壊滅寸前とまではいかなかった為、いまだ部族単位の連合国家に止まっているからだ。……これはローマ化されなかった弊害というべき?
とにかく『その時その時に一番強い族長で王を持ち回り』と『世襲な王の国』を比べれば、その権力基盤――国力は天と地の差となる。
さらに集団として一致団結させるのも、それこそ大英雄ハンニバル並の弁舌が必要だ。
……彼はスペインとフランスの部族へ呼びかけ、かの有名なローマ侵攻軍を編成した訳だし。
しかし、それなら部族単位での助力を求める手がありそうで、これも良くなかった。
前世史でもイギリスやドイツ、フランスの各部族では、よくあった話らしい。他部族の戦士団を傭兵として招くのが。
現代人なら察せると思うけど、もちろん上手くいかなかった。
あの仲が悪く互いを信用しない三国間で、そんな都合の良い関係が成立するはずもないというか……そうして積み重ねられた結果が、御承知のあり様というべきか。
助勢に呼んだ戦士団が、事が終わっても帰らない。どころか女房や子供を呼び寄せ本格的に住み着く始末なんていうのもあったそうだ。
……なぜだろう? 絶望的に何処とも手を組みたくない。
そんな近隣情勢とは別に、中つ海――地中海情勢というのもあった。
といよりも西洋史とは「誰が地中海の主となったか?」な学問ですらある。
まず地中海沿岸の北側に西からスペイン帝国属州、フランス南部、イタリア半島、ビゾントン帝国と並び最後の真東に――
ペルシア帝国か!
この時期なら中東はイラン帝国サーサーン朝ことペルシア帝国の創成期が終わったばかりで、まさに日の出の勢いだったはず。
かの国はビゾントン帝国と互角の勝負をし――
そうだ! ちょうど長き和平を破って対ローマ侵攻を始めた頃だ!
やはり考えてみるものだった。
どうやら帝国は背後に強敵を抱えているか、いま正に戦端の開かれるところだったらしい。
でも、どうしてペルシア帝国はビゾントン帝国に喧嘩を売ったのだろう?
確か色々と難があったような?
しかし、敵の敵は味方理論に則れば、手を組むに値する相手だ。なによりも地力を持っている。
そして地中海の南側へ話を戻せば、西の端から半ば辺りまで帝国属州アフリカだ。
この地はポエニ戦争後、属州として併合された経緯を持つ。
特に旧カタルゴ首都は、西ローマで二番目の都市と評されるほどな再建を果たしたけれど――
これもカエサルが計画してアウグストゥスが完遂のはず!
つまり、今生のアフリカは、ローマによる復興の失敗した微妙な感じ?
いや、さすがに放置はしてない? そんなことしたら反ローマ分子の温床となってしまうし?
残る沿岸は東部までサハラ砂漠に浸食され、ナイル川で、やっとエジプトとなる。
前世史のエジプトはカエサルが傀儡的同盟国に、継いだアウグストゥスが皇帝直轄領として吸収した。
そう、ここでもカエサル計画と補完したアウグストゥスだ!
しかし、この世界でカエサル=カサエーはローマに帰れなかったので、必勝の継投リレーは不可能だ。
そしてエジプトのプトレマイオス朝は現存しているらしい。根拠は僕に――
クレオパトラ十三世ちゃんから手紙が届いたから!
あの歴史的に有名なクレオパトラが七世というから、少しヘビーローテーション過ぎる? それとも歴史あるエジプト王朝なら当たり前?
いま現在の僕が生きる時代に、やっとローマは千年帝国に。ペルシア帝国なんて、たったの百年でしかない。
対するにエジプトは軽く三千年を経ているから、まあ誰も彼もが新参者扱いだろう。
西ヨーロッパ征服を果たし、当時では空前絶後な版図を切り拓いた、もはや生きる伝説レベルのカエサルですら――
「いなかから、はるばるようおこしやした」
と迎えられた逸話が残っているとかなんとか。
もう僕なんて「遠い西の果てには、ガリアという名のオバケが棲んでいる」ぐらいな認識かもしれない。
いや、さすがに人間扱いはしてもらえる? 手紙を取り次いだ女商人ミリサにも謁見ぐらい許しただろうし?
しかし、ミリサにはSランク戦略資源の調達を頼んだはずなのに、なんだってエジプトまで!?
もっと手近で入手可能なはずだし、本人もいつになったら帰ってくるんだ!?
でも、これでエジプトの権力者に伝手ができたし、いわば瓢箪から駒か。
あの国はビゾントン帝国やペルシア帝国を相手にした――超大国を相手の綱渡り外交がお家芸だろう、この世界でも。
それは隠然とした政治力とも言い換えられるし、どこだろうと外国とのパイプは心強い。ゼロから構築と比べたら、それだけで千金の価値がある。
さらに世界有数の大金持ちだ。尋常じゃない富を蓄えている。
そんな名家の王女が追加の鏡を御所望とあれば、能う限りにこたえるべきだろう。
しかし、ここまで読んでエジプトに足を延ばしたのなら、やはりミリサは油断ならない相手か。自分を高く売るのに長け過ぎている。
もうエジプト販路から除外できないし、一定の発言力さえも認めねばならない。ミリサにしてみれば破格の大出世だろう。
どうにも意識の高い者は有能な分だけ、傘下に置くと気を休められないようだ。
まあ、その野心が僕へ向けられないのなら、いくらでも励んでくれて構わないけど。
とにもかくにも我ながら簡潔に世界情勢を整理できた。
今後はエジプトとのパイプ強化に注力する。
そして近所の隠れた火種っぽい北部スペインとイギリスを調査だ。
などと決断しかけて、奇跡的に見落としに気付けた。
あれ? ガリア海軍が地中海で暴れているはずなんだけど……どうやって?
皇太子によってフランス南部の海岸沿いが焼き払われたのなら、海軍はどこを活動拠点――母港に?
地中海沿岸には独立都市国家が点在するけど、そのうちのどこかをガリア陣営に引き込めた?
それだけでは足りない気もするし、なにかカラクリがある気もする。
……どうやら一般には開示されてない情報がありそうだし、事態は予想より進行しているらしい。
この情報格差は命取りになりかねないし、なにか手を――
時ならぬ大轟音で、思索から現実へと引き戻された!




