不思議ある負け
……印? よく分からないけど、問題人物?
戦災難民の流入は、治安の悪化なども引き起こす。
具体的には余所者が目立たなくなったりで、ドゥリトル城下にいてはならぬ者が紛れ込む好機ともいえる。
だけど僕の知っているフォコンの参加した荒事は、ギヨーム大叔父上の謀反だけだ。
あの時に盗賊を装っていた誰かを見かけた? それとも別件の怨恨?
そして大叔父上の一件だとすると、やや面倒臭かった。
臨時雇いか何かだった荒くれ者が、混乱に乗じて城下へ紛れ込んだ程度なら問題ない。……少なくとも大問題には、発展しないだろう。
しかし、変わらず大叔父上の手下として潜入していた場合、現在進行形で何か目論んでいる証拠に他ならない。
色々と忙しくて大叔父上の処分を後回しにしたのが祟って?
でも、御祖母様から穏便に済ますよう頼まれていたし……従叔父や従妹叔母にも関わらせたくない。
つまり、いまこの瞬間までは、物事の風化を期待する方が無難だった。
また大叔父上も、全くの無能ではないというべきか。こちらが一番に困るタイミングを外していない。
「若様、心配には及びません。あれでフォコンは領内の一、二を争う使い手。そうそうは後れを取らぬかと」
考え込んでしまった僕を心配したのか、ブーデリカが励まそうとしてくれたけど……思わず妙な顔で応えてしまった。
騎士フォコンが――『何でもできるフォコン』が後れを取る!? そんなのあり得ないよ!
そして顔に出てしまったらしくティグレの照れ隠しを誘った。
「御曹司の信頼に我ら一同、身に余る光栄と存じまする。しかし、念のために御帰りは兵士を呼び寄せるべきかと。 ――ポンピオヌス殿は、けっして我らから離れられませぬように」
と、やんわり指示も下す。
なるほど。ポンピオヌス君は護衛かつ監視の対象だった。
でも、こちらに人質がいる以上、プチマレ領の関与は考えずとも? いや、だからこそ警戒すべき?
などと色々を考えていたら、いつの間にか女の子達から白い目で見られていた!
視線の主は確かミミにヴィヴィと呼び合っていた『街の子』だ。
「えっと……二人とも紙工房で働いてくれる……んだよね?」
拙い。
なぜか今生では、少なくない回数の修羅場を体験させられている。それで働くようになった感が告げていた。
いまから僕は吊るし上げられる。女の子達全員から!
どうして女の子達は、僕を責め立てる時だけ一致団結して協力し合うのさ! 訳が分からないよ!
「……はい」
「若様に……御雇い頂けるのなら」
まるで氷だ。もう塩対応どころの話じゃない。
それで全てが理解できた。どうしてか理解できてしまった気がする。
先ほどの寸劇めいた何かは、おそらく二人にとっての儀式だったのだろう。
権利を手厚く守られた現代日本人の若者でさえ、懲役五十年の刑と嘯くほどに厳しい……就職は。
『街の子』としての日々と、これからな工房の生活で、どちらが良いとか悪いとかの話じゃない。
ただ数十年は続く――下手をすれば死ぬまでだ!――新生活へ飛び込むために、彼女達には必要だったのだ。
……よく分からないけど、先ほどにやりかけた何かが。
また義姉さんとポンドールが二人に同情的なのも、さらに拙い。下手をしなくても、後で折檻される!
「や、休みの日には! 休みの日には氷菓を振る舞うよ! そうだ! それに華! 一年間を働き切った暁には、華を贈る!」
大譲歩してるのに二人は、もの凄く不満そうだ。
審判めいた感じに事態を見守っていた義姉さんとポンドールも、残念そうに首を横へ振る。
どうして!? もしかして雇用条件が気に入らないとか!? わりと精一杯なのに!
「なんだい、さっきから大人しく聞いていれば! 全く失礼な娘っ子共だよ! まず若様の温情に感謝しなさい! そうしたら、そんな厚かましいことを言えるわけないんだ!」
思わぬ援軍だけど、誰だろう?
……指揮棒よろしく振り回す棒付きタワシで、すぐに予想がついた。おそらく寺院へ実験配備した公衆便所の掃除婦さんだ。
「ちょっと、お婆さん! 大事な話なの! 横から口を挟まないで!」
「そうよ、そうよ! 乙女心の枯れちゃったお婆さんには、分からないかも――」
「誰が枯れているだってぇ!? 馬鹿を言うでないよ、このヒヨッコども! あたしだって若い頃は、ドゥリトル小町と呼ばれてならしたもんさ!」
これは領内の母親世代から支持を集めた結果だ……と思う。
母親達へ給付金を配ったり、身寄りのない老人や戦災未亡人へ仕事の斡旋、さらには糸車の販売などで、かなりの支持を集めちゃったし。
当然に彼女達は家へ帰れば妻であり母でもあるから、隠然とした発言力も持っている。
……手放しで喜んでよいのか謎なものの、支持はありがたく思うべきだろう。いまも支援されてる最中な訳だし。
ただ、若い娘さんに文句を言われ、それを通りすがりのお婆さんに庇ってもらうとか……我ながら色々と思うところはある。
「リュカ! いま、ちょっと良いかい? 話があるんだ!」
どちらかといったら都合が悪いし、できれば後にして欲しいところだけど、さすがに義兄さんの嘆願は無下にはできない。
なんだろうと振り返って見張れば――
サム義兄さんは同世代の子を数人引き連れてきていた。……逃げられないよう強く服を掴んで。
そして彼らのうち幾人かは見憶えがあった。
右手で掴んでいるのがトリストン。
確か義兄さんより一つ上で、本来なら従士として修業に入る頃合いだけど……大叔父上の一件で、いわば部屋住み飼い殺しの憂き目にある。
左手で掴んでいるのがジナダン。
義兄さんと同い年で、そこそこ仲も良かったはずだけど……やはり廃嫡され、いまや不良少年になって街で燻っているらしい。
世が世なら次世代を担う騎士候補生だったのに、えらい落ちぶれようだ。
残りは似たような不良少年か『街の子』といったところか? もしかしたら僕に見覚えがないだけで、似たような出自かもしれない。
そして僕が口を開くより先に、ティグレが声を荒げた。
「従士サムソン? 私は『速やかに合流する』ように申し付けたはず! なぜ勝手な行動を?」
……これは拙い。なによりティグレの叱責は妥当だ。
軍属なのに――それも教育を受け始めたばかりの新兵なのに命令無視なんて、絶対に許されるはずもなかった。
止める間もなくティグレが鉄拳を振るう。
「……何か弁明はあるか、従士サムソン?」
「いえ。勝手な判断、申し訳ありませんでした、師匠」
スパルタすぎると誹られる方もおられると思う。
しかし、厳しい規律を課すことで、騎士達は自らを保ち高めてきた。これもまた乱世を――血と鉄の時代を生き延びる知恵だ。
そんな師弟の様子にトリストンとジナダンの二人は、屈辱と絶望に俯く。
ティグレにとって彼らの逸脱は、いまや叱責にすら値しないと理解してしまったからだろう。
もう従士候補生としての範を求められたりしないし、仮に責められたところで年長の者からの注意程度か。
義兄さんの受けた厳しい指導ですら、二人にとっては喪ってしまった輝かしい世界といえる。
しかし、困った。これだと二人を上手く懐柔できる気がしない。想像の数倍は根深そうだ。
「久しぶりだね! トリストン! ジナダン! ずっと修練場で二人のこと探してたんだよ?」
「……俺達はもう……修練場へは……」
「若様のことは、何やら街でされておられるのを何度か……」
……はい。気さくな年下路線での接触は失敗しました。
もう開き直って直球を投げてしまおう。元々、手管に長けてる訳でもないんだし。
「駄目だよ、城へ顔をだしてくれなきゃ。僕は二人を雇うつもりだったのに」
「はい? 我らをお雇いに? しかし、その名誉は……その……弟めが立派に果たすものと」
「それは君の家が、父上に――僕の家にでしょ? そうじゃなくて僕個人が、二人に仕えて欲しいんだ」
やっと不審そうな顔になってくれた。
……やはり話を聞く態勢になければ説得は不可能だろう。
「若様の仰ることが、よく分からないといいますか……」
「どうか同情は御無用に……」
半ば家出も同然で街をフラフラしてたら、そうそう素直になれるわけもないか。もう道理を説く方が無慈悲までありそうだ。
「よし、決めた! 今日から二人とも、僕に仕える軍団の戦士――は、まだ早いから、戦士見習いね! 決定!」
「若様? そのような無体を申されましても!」
「そうです! 俺達は同意しません!」
「うん? 意見なんて求めてないよ? 僕には君らが必要なんだから、もう決定事項だよ。それに文句があるのなら戦争ね! 戦士らしく剣で裁定をつけよう!」
我ながら無茶苦茶だけど、とにかく衝撃を与えることには成功した。
その証拠に二人は泣き笑いのような――色んな感情が綯い交ぜとなった不思議な表情になっている。
「もちろん僕は父上から軍勢をお借りするし、騎士達にも助勢を乞うし……あー……とにかく、ありとあらゆる力を使う。君らが僕の配下になるって認めるまでね」
ようするに『無理が通れば道理が引っ込む』だ。
我ながら上手いこと横紙を破れたと、ほくそ笑みかけ――
「……なによ。若様、ちゃんとできるんじゃない」
「もしかして男の子が好きとか……そっちの人だったり?」
と再び放置してしまったミミとヴィヴィからガチ目に嘆かれた!
「あー……それ誰もが一度は思うんや。でも、そうやない。そうやないんや……」
「……いまの半分でいいから、女の子にも気を配れないものかしら?」
なぜかポンドールや義姉さんまでもが暴言を! ホワィ!?
「若様は、まだまだ勉強の必要がおありの様だねぇ」
味方のはずなお婆さんまで同情的に!? どうして!?
なんだろう? この試合に勝って、勝負に負けた気分!
炊き出しに便乗して計画通り『街の子』を雇用したり、不良化した元従士候補生を捕まえられた。
なのに敗北感しかない! 屈辱の大敗北だ! でも、なんで!?




