正しい年貢の取り立て方
おそらく皆で御揃いといってた奴だろう。ダイ義姉さんのと同じデザインだし。
ただ、それでも十人十色に個性が出ているというべきか……むしろというべきか。
まずブーデリカにしては珍しいスカート姿にエプロンでも、その立派な筋肉は隠せていない。むしろ強調しているまである。
しかし、だからといって女性美から逸脱はしていなかった。
きっと「ああ、美人で強い母親になりそうだなぁ」との感想を抱かせる。おそらく隠れた需要だって高い。
「おお? で、出迎えに感謝をブーデリカ……殿」
「まだ口が悪いのは治ってなかったんですね、ティグレ。久しぶりに従士時代を――性格の捻じ曲がった新米騎士にイジメられていた娘時分を思い出しました」
……珍しくブーデリカにしては辛辣だ。
また驚くべきことに、いわれたティグレの方が冷や汗をかいているし!
「いまのはティグレにしたら礼儀正しい方じゃなかったか?」
「目で失礼なことをいっていたら、同じことじゃありませんか。それと騎士フォコンには、『女が楽しんでいる時は邪魔しない』を教えてあると聞きましたよ?」
……誰から聞いたのさ!? そしてフォコンは誰に習ったの!?
まるで腕組みするブーデリカを前に、ティグレとフォコンは朝帰りを責められる駄目亭主か何かだった。
もしや二人とも弱みを捉まれていたり? 嗚呼、なんたる朗報!
「ありがとう、姉弟子! 凄く助かる!」
「……早くも二人の悪影響を受けてしまった様ですね! 従士リュカ! 姉と呼んではいけないとも言いつけたはずです!」
「いいじゃないか、本当に姉弟子なんだから」
「はあ、本当に……もう! どうとでも若様のお好きなように!」
呆れたブーデリカは天を仰ぐけど、実はまんざらでもないのを僕は知っている。
女騎士への少年趣味疑惑を看過してよいのか疑問はあるも、まあ良かろうだ。僕は利益供与される方なんだし。
……ティグレとフォコンの二人には、交渉材料が幾つあっても困りゃしない。
そんな一幕がありつつカーン教寺院の敷地を案内されていくと、やっと炊き出しの風景が目に入ってきた。
大きな鍋――おそらく中身は大麦か燕麦ベースの粥か雑炊――へ碗を持った人々が並んでいる。
貧者救済を謳うだけでなく、その実践もなのだから、なんだかんだいって聖職というのは尊い。
これは定期的に行われているらしく、日々の糧にも事欠く層――身寄りのない老人や『街の子』、そして最近では戦災難民の生命を繋いでいた。
……人類と飢えの戦いは長く、そして苦戦が続いたという証拠か。
文字通りに数日ごとの食事だけという層もいるらしく、魂は現代人である僕にとっては想像の埒外だ。
が、同時に利用もできる。
『街の子』や不良少年とコンタクトを取りたければ、この炊き出しに相乗りしてしまえば良かった。
それで義姉さん達にアイスクリーム作りと売り子?というか配給役を頼んだのだけど――
義姉さん達の天幕は大盛況だった。
いや予算と赤ん坊への配慮から、安価な水飴を使った氷菓だ。
それを容器も兼ねたビスケット――これも費用の問題で雑穀と水飴で作った安価なもの――へと装って手渡すだけ。
ただ、いつだか配った『炭水化物バー』で、『若様の御配りになる甘味』として話題になってはいたらしい。
なので子供たちの間で噂になっていたみたいだけど――
大きな御友達まで並んでんのは、一体全体どういうことだ!?
なんだろう? 無料の御菓子に大喜びな子供と、推しとの握手に熱狂している……何者というべきなんだ?
そういう観点でみればダイ義姉さんやポンドール、グリムさんの列へは、なんというか年頃の男子が多い。
特にグリムさんの列は顕著だ。……君たち正直すぎだろう!
それに三人とも現代日本的にいったら、まだ女子中学生だぞ!?
……まあブーデリカのらしき列が健全かというと、それはそれで熱狂的なのだけど。
が、なによりも許せそうにないのは、エステルの列に並んでる奴らだ。
無邪気な子供はともかく、ガチ目に高年齢層で占められた大きな御友達は容認しかねる。
まだ幼いエステルが「うんしょ、うんしょ」と姉達の真似を頑張っているのに、行列を作るなんて!
可哀そうに自分の列をみて――その果てない作業量に絶望して、軽く涙目になってるじゃないか!
よし、いま義兄ちゃんが、大きな友達を排除してやる!
まてよ? さすがに排除は面倒か? 揉めるかもしれないし?
でも、子供の為の施しに、稼ぎのありそうな大人が並んでいるのは、どういう――
「はい、甘党のお兄やんから、銀貨一枚の御寄附いただきましたー」
威勢の良いポンドールのコールで事情が呑み込めてきた。
つまりは代金徴収なのだろうけど、大盛とはいえアイス一杯に銀貨一枚は厳しい。
ちなみに小金貨の半分の半分の半分で銀貨一枚だから、あえて換算すれば日本円で二、三千円ぐらいか。
「こちらからは小金貨です!」
次いでグリムさんの驚愕な報告へ、どよめきが生まれる。
大丈夫か? それって住み込み兵士の週給に相当しちゃうぞ? 何か違うものへの対価になってないか?
「本日の寄付金は、次回の炊き出しに使われるんやでー。皆さん、気張っておくんなはれー」
うーん?
おそらくポンドールは、機会が逃せなくて本能的に集金しちゃっているだけだろう。
まあ楽しんでいるようだから、とくに問題とするほどでもない……かな? 次の予算も必要なのは事実だし?
ただ、僕個人が納得のいかないエステルの列を咎めるのに――
閃いた!
少しの間、ティグレに手伝わせよう。もちろん、寄付金の徴収も込みで。
それで過熱しすぎな雰囲気も、かなり冷えるだろうし一石二鳥だ。我ながら名案といえる。
などと自画自賛しながら天幕の裏へと案内されたら、そこでは目論見通りに『街の子』が僕を待ってた。
……なるほど。問題発生中だったらしい。それで義姉さんが、呼びに来たのか。
継ぎ当てなどが多くて苦労も偲ばれるけれど、二人は年頃の娘――おそらく十代のど真ん中といったところだ。
しかし、僕が顔を出すまではお喋りしながらアイスクリームへ舌鼓を打っていたのに、いきなり嘆き始めた。
……溶けてしまっては台無しと、急いで残りをかき込んでから。
嗚呼! そんなに急いで冷たいものを食べるから! 頭が痛くなってしまってるじゃないか!
だけど二人は「頭痛の一つや二つが何だ、へこたれるものか」とばかりに諦めなかった。
「ヴィヴィ! どうやら私達は御終いの様よ……」
「嗚呼、そうねミミ……とうとう悪い王子様に捕まってしまったのね……」
などと妙なテンションで互いの手を取り合ってから、どうだとばかりにこちらの様子を窺ってくる。
「えーと……良く分からないのだけど……とりあえず僕は、王子様じゃ――」
「ないわー。それは無いですわ、若様」
「そうね。いまのは酷いとお義姉ちゃんも思うわ、リュカ」
休憩でも取ったのか、いつの間にやら背後にいた義姉さんとポンドールから駄目を出された。
『街の子』の二人――ヴィヴィとミミの二人も、そうだそうだとばかりに不満げだ。
「わ、若様! 女性が楽しんでいる時、大丈夫ならば邪魔をせぬもの……だとか!?」
御注進とばかりにフォコンは小声でアドバイスをくれるけど……これって、その類の話かなぁ?
「嗚呼、これからは毎日、朝から晩まで酷い目に……」
「そうよ! そして夜には狭い部屋へ閉じ込められてしまうの……」
鉄の意志でもあるのか、さらに二人は続ける。でも、どうやら色々と誤解されているらしかった。
「確かに朝から働いて貰うけど、夕方には終わりだよ? あと割り当ての部屋は狭いけど個室で――」
しかし、弁明へ二人は耳を貸してくれなかったし、もの凄く無念そうな表情だった! 視界の隅では義姉さんとポンドールが無言で首を振ってるし!
でも、なんで!?
とにかく雇用条件での誤解は、即急に解かねば――
「若様! 申し訳ありませんが、御前を失礼せねばならなくなったようです。 ――ポンピオヌス殿! 急ぎティグレとブーデリカに、こちらへ向かうよう伝えてください」
突然に真剣なトーンの言葉で遮られ、場の空気は一転した。
「な、なんであろうと騎士フォコンが良いと思うように。でも、どうしたの?」
よくよく見ればフォコンは、どこか――いや誰か?――を凝視している。
「過日の折、印をつけてやった者が居りました。……どうやら移動する様子! 申し訳ありませぬが私は、これにて! ――ポンピオヌス殿には、戻るまでティグレの指示を仰ぐようにと」
言い終えるかどうかなタイミングで、天幕から走り出していく。




