カタラウヌムの戦い(二)
東部・フン族同盟軍が混乱から立ち直ってしまう前に、できるだけ布陣を整えねばならなかった。
「ポンピオヌス殿! 貴殿の手勢で東部の攻勢を受け止めて頂きたい」
……緊張のあまり蒼白となっている。
騎士フォコンを窺い見れば、微かに肯き返してくれた。ならば大丈夫か。
「ブラt――陛下! 南部の奴ら、東部の退路を塞ぐように! いいんですか、これ!?」
本陣へ仮設された物見台からルーバンが注意してくれた。
なるほど。ややセオリーから外れる。でも――
「……さすがだね。そう動いてくれなかったら、僕から頼むようだったよ。テオドリック殿かな? とにかく勘所が良い。
誰ぞ、伝令! 南部には、そのまま包囲を維持と!
シスモンド! 南部との連携は密に! 隙間は開けないで!」
北王国という楔で東部・フン族同盟軍を分断し、その半分――東部軍を南部・ゴート連合軍とで囲めた。
なによりのポイントは退路――東部領への道を、南部・ゴート連合軍で塞げたことだろう。
これで東部は、ガリア中央部方向にしか進路を取れない。……撤退や転進を試みるのであれば。
「アンバトゥス殿! 共にフン族を――アッチリアと名乗る馬賊共を止めましょうぞ!」
「御下命のままに、陛下」
そう選帝侯アンバトゥスが鷹揚に頷くと、その腹心たる騎士トフチュが陣幕から出ていく。どうやら現場指揮は委任らしい。
「ジナダン! 最低限の儀仗兵だけを残し、全金鵞兵でフン族に! 防衛柵などの設営も許可します。子細は、この地図に!」
しかし、この指示に本陣は騒めいた。
まあ初手が全軍突撃で、二手目が懐刀を投入なら、誰でも驚くか。
でも、北王国の軍団兵――シスモンド旗下の職業軍人達は、この広がり過ぎな戦場維持で手一杯だったし――
北王の槍たるベクルギ騎兵は、やっと突撃からの復帰を始めたばかり。当然に、すぐは動けない。
さらに元ドゥリトル所属の兵も、半分はフォコンが連れて行ってしまっている。
残る半分はティグレの指揮下で温存中といえど、もう直轄な後詰としては、少な過ぎる程だ。
つまり、金鵞兵しか余剰兵力がなかったし、その意味では窮地といえる? 二手目にして切り札投入的な?
「ここまでは、見事な御点前だったと称えるしかあるまい。
だが西部が――王太子が動いたらどうする? 我らの後背を突かれたら東部にフン族、西部とで――
完全な包囲網だ! まさしく袋のネズミだぞ!」
選帝侯ベリエがシスモンドと同じことを蒸し返してきた。
……というか当の参謀長も、そうだそうだとばかり肯いてるし!?
「畏れ多くも陛下にあられては、そうならない確信がおありと御見受けした。
しかし、ベリエ殿や参謀長の指摘にも、道理があろう。
西部に――王太子にとって我らと東部は、どちらでも構わぬ格好の餌食といえぬか?」
アンバトゥスは反対意見に同調するようでいて、その実は楽しんでいるようにしかみえなかった。
「実のところ、まったくの逆なのです。
彼の御方が、この期に及んで躊躇っての傍観を選んだり――
損得勘定に基づいて、我が身を討ちに来られるようならば――
なんの杞憂も感じません。むしろ――
そうであれば楽とすら?」
論拠が個人の感想と知りベリエやシスモンドは、顔を引き攣らせたのだけれど――
アンバトゥスは満足の笑みを漏らす! ……これだから世捨ては!
生きるのに目的は要らない。ただ死にたくなければ、それだけで生きていける。
しかし、戦うともなれば別だ。
目的無く争うのは難しいし……そうである者は、狂人とも呼ばれる。
なるほど王太子は、冷酷なのだろう。
でも、それは彼に理解のできる者や価値を認められる者が、この世界に数えられるほどしかいないからだ。
決して狂気が故ではない。
反旗を翻したのだって彼の御方なりの理由があったし、それは万人に理解し得るものでもなかったけれど――
少なくとも筋は通っていた。
また、それを目の前の損得で捻じ曲げるようであれば、この戦争に負けても策は残されてる。
実は凡庸だった王太子を討ち取って西部を併合し、ガリアの半分を統べる王として捲土重来を計れば済む。
だが――
「へ、陛下! 西部が! 西部が動いた! 東部だ! フィリップ王軍の包囲を始めてる!」
思わずといった様子なルーバンが、物見台の上で叫ぶ。
「ありがとう、兄弟! でも、いまは任務を優先して!」
思わず苦笑いが漏れる。ルーバンにではなく、王太子に。
肉親であろうとも王を討つと立った御方が、ここまで御膳立てされ日和る訳もないか。
どうやら想定通りの人物で、楽はさせて貰えそうにない。……ブレブレな小物の方が、まだ対処し易かったんだけどなぁ。
「これこそ|英雄は英雄を知る《優れたる者は、同じ様に考える》か! 我らは素晴らしき王を戴いた!」
アンバトゥスは感動しちゃってるけど……無言で仏頂面なシスモンドの視線も刺さる。
西部軍が僕らを包囲に動かないとの読みは当てれた。どころか東部の包囲に参加すら。
しかし、では、どうなる?
東部軍の立場で考えると、完全包囲網を布かれちゃってる。史上でも指折りに数えられちゃうほど稀な、絶体絶命の危機だ。
もう残された方策は少なくて、その中でも現実的なのは、ただ一つ、全軍による強行突破しかない。
その場合、どちらへ向かっても同じなようで、やはり選択肢も一つしかなかった。
北王国軍側だ。
そちらから抜ければ友軍のフン族と合流できるし、すでに彼らは北王国軍との交戦を始めている。
つまり、局所的に挟み撃ちとも見做せた。つけ込まない理由が無いというか……それ以外に勝機もない。
ただ、それだと北王国軍は、命懸けで包囲網を抜こうとする東部軍と、やはり友軍の窮地を助けようとするフン族軍と――両軍を相手取らねばならなくなる。
……『囲師には必ず闕く』ぐらい理解しているだろうに、意地の悪い御方だ。火中の栗なんて拾おうとするんじゃなかった。
「シスモンド、全軍に通達。すべての矢を、今日中で使い切るように」
「へ!? そんな……明日からは、どうするんです!?」
「明日のことは、今日に生き残ってからで間に合うし――
万が一にでも備蓄を捕られたら、ここまで持ってきた僕らが馬鹿みたいじゃないか」
遠回しな本日決着の意向と受け取ったのか、本陣内は静まり返った。
あれ? また、なんかやっちゃったかな?
「このまま僕らが崩れなかったら、確実に東部軍は終わる。なら頑張らない理由はないし――
兵士の損耗と引き換えなら、矢なんて安いものだよ」
なにより現代科学で北王国軍の矢は潤沢だった。さらに使い切る覚悟となれば、これだけで一つの切り札にすらなる。
……きっと僕は、戦争が下手だ。
しかし、だからこそ出し惜しむつもりはなかった。




