決戦の前夜
いつまでも考えが纏まらない。
どこかで必ず破綻し、堂々巡りだ。
黙って地図を睨み続ける僕を、律儀にルーバンとポンピオヌス君は寝ないで待ってくれている。
もちろん先に寝てしまって構わないと言ってあるけど、さすがに君主を放置で高鼾とはいかないのだろう。
従士な頃からの寝所を分け合う習慣も、これでは役得といえそうになかった。
天幕の外で、衣擦れと風を斬る音が再開される。
どうやら義兄さんも、なにやら思い悩んでいるようだった。
しかし、自省を促す為の鍛錬なんて、かなり懐かしい。まるで子供の頃へ戻った思いがする。
……義兄さんも義兄さんなりに、考えることと折り合ってきた証拠か。
が――
「おい、サム! そろそろやっとうは終わらせて、こっちこい! 戦利品があんだよ!」
我ら盾の兄弟が誇る悪知恵袋殿は、鰾膠もなかった。
さらに義兄さんが戻るのも待たず、私物の袋からコルク栓された瓶と幾つもの盃を取り出す。
「そ、それは! 師匠秘蔵の!」
「よく分かったな? 騎士フォコンのところから、ちょろまかしてきた」
おそらく蒸留酒の試作品を、なにかの折に下賜したものだろう。
そして当然にポンピオヌス君は、止めると思いきや――
「我ら兄弟、いかなる苦難も――先達に叱られる時をも共に」
と空の盃を手に取る。……いつの間にやら砕けたなぁ。
「ささ、兄弟リュカも!
騎士フォコンは、数年ほど寝かすとか妙なことを仰ってたけど……酒が寝る訳ないんだ。酸っぱくなっちまう前に、俺らでやっつけちまいましょう!」
これで共犯とばかり僕の手へ盃を握らせ、有無を言わせず酒を注ぐ。
次いで天幕へ戻ってきたばかりで事情を呑み込めてない義兄さんにもだ。
……まあ、いいか。フォコンへは僕が、同じようなのを返しておこう。
苦笑いをしつつ、なんだか楽しい気分で皆と献杯する。
「で、なに悩んでんだよ、サム?」
全員が口を湿らせたのを確認し、ルーバンはズバリと切り込んだ。
さすがに義兄さんも呆気にとられたようだけど、それでも同意の印に肯き返す。
「昼間、リュカが西部へ使者の志願を募っただろ? あれに応じようと思ったんだ」
なるほど。義兄さんの肩書――君主の乳兄弟――は重すぎず軽すぎず、使者に絶妙だったか。
「ですが御使者は、すでに騎士エロンが向かわれたのでは?」
「……うん。名乗り出ようとした寸前、エロン殿が……――
卑怯卑劣なことに俺は、躊躇ってしまったんだ」
……分からないでもない。
そもそもが命懸けの任務だったし、事実としてエロンの安否は不明だ。
使者に応でもなく、否でもない。ただ留め置く。
それはそれで一つの答えといえ、すでにエロンは任務を果たしてくれた訳だけど――
引き換えに敵陣へ囚われの身だし、もう活躍の機会なんて回ってこないだろう。
それは剣匠の高弟と名を馳せつつある義兄さんだろうと同じで、剣すら抜かず終わりだ。……この歴史へ残りそうな大戦争で。
「恥入る俺に、エロン殿は『ただ順番に過ぎない。また自分は王家の遠縁だから、配慮もされよう。いわば適所適材の結果に過ぎぬ。……貴殿には、俺では及べぬ才もあるしな』と仰って……――」
……第一功は騎士エロンだ。それと並ぶに足る、忠と功を見せてくれた。
しかし、なのにルーバンは、項垂れる義兄さんへ――
「騎士エロンは、なにも間違ってないだろ? 同じ立場だったら、俺でも同じことをした。
いいか、サム? お前の剣は、もうお前ひとりのものじゃない。
俺達を――北王国を代表してるんだぜ? かの剣匠ティグレに次ぐ者としてな」
と首を捻ってみせた。さらにポンピオヌス君も――
「御身が陛下に代り剣を振う為ならば、喜んで命を懸けましょうぞ」
と請け合う。
ここ一番で頼りになるのは数じゃなく『個』だ。その結論に揺るぎはない。
だが、しかし、どんなに優れた『個』であろうと、限界はある。神ならぬ身であれば、むしろ当然至極だろう。
また、そうであるからこそ『個』を支える『集』も重要といえた。
腹の中へと呑み落とすように義兄さんは杯を乾す。
「騎士エロンの分も剣を振うと、俺は誓う!」
そんな義兄さんの様子をポンピオヌス君は、頼もしげに見ていたけれど……同時に何か鬱屈もあるようだった。
「どうしたのさ、ポンピオヌス君?」
「いえ……ポンピオヌスめは、いつまでも至らぬなぁと……」
どうやら自信喪失中らしい。それなりに頑張っていると思うけどなぁ。
前世史でいうところのオランダ領――今生だとポンピオヌス君家領の軍団は、その総領息子が指揮するべきだった。
が、まだポンピオヌス君自身は、叙任されたばかりの新米騎士に過ぎない。
本人の資質云々の以前の話で、もう圧倒的に経験が足りなかった。
もちろん、譜代の家臣団が派遣されてたり、僕からも師匠のフォコンをつけたりと配慮されてはいるものの――
本人的には、満足できてなさそうだ。
「いきなり将軍職だもの……やれてる方だと思うよ?」
「……それを兄弟リュカに言われたところで、兄弟ポンピオヌスの慰めにはならんでしょう」
ガチ目のトーンでツッコまれた!? なぜに!?
「な、なにを言い出すかなぁ……僕だって将軍職となれば、手が回らないと思うけど!?」
「……御立派に御務めだと思いますよ? なあ?」
「確かに。ポンピオヌスめとは、比べ物にならぬかと」
「残念だったね、ルーバン! そしてポンピオヌス君! 僕の職責は将軍じゃない! 新米は新米でも、新米君主なのさ!」
二人は乾いた追従笑いで応じ、それから僕を慰めるかのように酒を注いでくれた。
お、おかしい! ど、どうして僕が、まるでスベッたかのような扱いを!?
「焦らず一つひとつ習得していく他ないと思うよ、兄弟ポンピオヌス」
そして義兄さんの、まるでフォローのようなアドバイスに、二人は納得の声を漏らす。
まあ僕ら世代のドゥリトル修練場上がりなら、その言葉を疑わないだろう。
……誰もが義兄さんの弟子時代を――頑張りを目の当たりにしているからだ。
「お前……そんなこと考えてたのか、あのシゴキの最中!?」
「シゴキなんて大袈裟すぎだろ。人聞きも悪いし。話を戻すけど――
聞けば必ず、師匠は悪いところを指摘して下さった。でも、そんな一度に沢山を言われたって覚えきれやしないから――
『まず最初に直すべきところを御教え下さい』
と願い出たのさ。一度に一つなら、俺でも出来そうだったからな」
い、いい話……なのかなぁ?
それこれ『力こそパワー』のように意味は通るけど、やっぱり脳筋な解決法に思える。
ただ当のポンピオヌス君は、良いアドバイスを貰えたと明るい表情になったから……まあ、いい……のかな?
適切な回答より、何処でリンゴを買ったか聞くべきともいうし……またポンピオヌス君が思い悩むようなら、その時は盾の兄弟で酒盛りでもしよう。
この分なら眠れそうだし、明日は明日の僕が何とかするだろう!
しかし、この『酒飲んで寝る』という人類伝統の現実逃避は、良いサイコロの目が出た。
朝はスッキリと起きれたし、なんとなく考えも纏まっていたからだ。
もしかしたら一連の出来事で一番の被害者は、朝早くに叩き起こされ、作戦検討に付き合わさせられたシスモンドかもしれない。
……それとも秘蔵の酒を僕ら四人に呑まれてしまったフォコンか?




